シスコン

 病室を出るとき「送っていく」とかなとがついてきた。

 夜の道は暗くて、さすがに女子高生一人で歩くのは目立つ。

「父さん、仕事に戻っちまったな。」

「うん。」

 ぼくらを入り口で見送ってすぐに、車に乗ってどこかへ行ってしまった。かなえがお父さんにどんな感情を持っていたのかよく知らないから、かなととうまく会話が続けられない。

 この間の電話の件もある。

 家まで十分。気まずい沈黙をあっさり破ったのはかなとのほうだった。

「お前、かなえじゃないんだろ。」

 何も考えず、かなとを見た。

 疑うような目で見下される。


 ぼくは――一瞬冷静になって――にやり、と笑った。


「なんでわかったの?」

「この間の電話だよ。」

 やっぱり。予想外すぎてぼろが出ていたか。

 かなとはなぜか、手で顔を覆った。

 ……うん?

「かなえはあんなに早く電話に出ないし、俺の話を素直に聞くこともないし、俺の事をお兄ちゃんなんて可愛く呼んでくれない……!」

「まって、最後のだけなんだか変だよ! なんで涙ぐんでるんだ!」

「いや、思い出したら……なんで録音してなかったんだろうなあ。」

 ぼくは一歩後ろに引いた。

 兄じゃなかったら――いや厳密には実の兄じゃないんだけど! こんな唐突に変になったら今すぐ逃げだしたいところだ。でもこんなところで家族に恥をさらされても困る。

「ほら、涙拭いて! 天をあおがないで! 上を向いて歩いたら絶対どっかで転ぶから!」

「うん……知ってる……。」

 やったことがあるのか。

 かなえの声だったから(だろう、)すぐに涙を拭い、かなとはぼくを見る。

「もっと前から一方的に心配はしてたんだけど。俺もちょっと前までは反抗期でツンツンしてたから、親の前では硬派な感じでいかないといけなくて……。それでこの間の電話だろ? いつも俺より勇ましいかなえがあんなに女の子らしい対応をしてくれるなんて思ってなかったから号泣したわ。」

「はあ……。」

「でも、後で頭を冷やして考えたんだ……ちゃんと熱さまシート買ってきてな……? で、結論に至った。あれはかなえじゃなかったんだって。」

 まあ、当たってるんだけど。

「それにかなえは超日和見だからな。自分から問題を解決しようなんて考えたこともないだろうさ。それが今日のあれ! 結論が確信に変わったね!」

「あはは……。」

 そんなことで判断しないでほしい。

 だんだん真面目に考えるのが面倒になってきた。最初ははぐらかしてさっさと消えようと思ってたのに。

「……あんたなら、まあいいか。」

「え?」

「本当のことを教える。信じる信じないはあんた次第だ。――そのうえで、手伝ってほしいことがある。」


 かなとに、影について教えてみた。


 少しも考える時間もなく、かなとは「それで?」とぼくに訊く。

「信じるの?」

「まあ、実際別人としか思えない妹が目の前にいるわけだし。――それで、協力してほしいことって?」

「ぼくがかなえになることを、邪魔しないでほしい。」

 ここまで来てラスボスがお兄ちゃんなんてシャレにならない。

 ところがこの男は、ぼくの予想通りに動いたことなどないのだ。

「いいよ!」

「本当に!?」

「ああ!」

 かなとはぼくに拳を突き出す。

「俺の理想の妹でいてくれるかぎり!」

 ぼくはしばらくその拳を見て、しぶしぶ、細くて小さな手をグーにして、ちょん、と合わせた。

 かなとはとてもうれしそうだった。


 そんなこんなで、気がついたらとっくに家は過ぎていて、慌てて引き返した。

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