2章
1 柊かなえ
「じゃあ、お願いする。」
「君を手伝ってあげる。」と話を持ち掛けてすぐ、なんの質問もなしに返ってきたのは快い承諾の言葉だった。
怪訝な声音も胡乱げな目を向けられることもない。ぼくは拍子抜けして逆に問いかけてしまった。
「いいの?」
「え。」
女の子も困惑顔だ。
「そっちから言ってきたんじゃない。」
「いや、そうなんだけど……。」
この少し前、ぼくは彼女の目の前に突然現れた。
「こんな怪しさの塊みたいなもの、すぐに信じるの?」
「……それ、聞く?」
うろたえるぼくを見て、彼女は平静だ。
「もう一人ぼくがほしかったのは、本当。」
柊かなえはそう言って、屈託なく笑う。
かわいらしい(が、目元にはくまがある)顔で、「ぼく」? 絶対に「わたし」って言ったほうが似合いそうなのに。
「ぼく」呼びと呼応するように、パッと見ただけでもかなえはどこか男っぽかった。豪快に足を組んでいるところとか、夜中ぶっ通しでゾンビ倒すゲームやってたところとか。様子を見ているうちに明け方になってしまって、話を始めたころには日が昇っていた。
カーテンが開いていないから直接は見えないけれど、きれいに晴れた空に太陽の光が暖かく差しているのだと思う。
部屋着も動きやすさ重視なのか、ジャージのズボンにTシャツ、その上からポケット付きの黒いカーディガン。髪は肩のあたりで切られている。
制服姿ならまた変わるのだろうけど、今のところは高くて細い声のほうがミスマッチだ。
ぼくは――
これから彼女を演じるにあたって何が必要になるかわからないから。
まあ、ファーストコンタクトから突拍子もなかった分、ペースは崩されてしまったけれど。
かなえはぼくの手をとってなでたりさすったりしている。怖がったりしないものなのだろうか。本物の人間の手だと納得したのか、嬉しそうにこちらを見上げる。
そうしていればかわいいのに。
「そんなに自分の代わりがほしかったの?」
「うん。神様がいるなら、今だけでも拝み倒してもいい。」
ぼくは苦笑いで答えた。
上から目線で言っていることに気がつかないぶん、どんなに拝んでも敬いの念は伝わらないと思う。
「……変な子。」
「どこが?」
「ぜんぶ。なんで夜通しゾンビ倒してたの。」
「止まらなかったの。」
かなえはゲーム機を操作して、電源を落としたそれをベッドに放る。今は首にかけられているヘッドフォンのコードがのびきって、ゲーム機はさほど遠くまでいかなかった。
制服姿のまま、かなえの前に座る。部屋に敷かれた絨毯はもこもこしていて座り心地がいい。
「さっきも言ったけど、ぼくはきみの命令で動く。何もないときは消えてる。呼び出せばどこでも行けるから安心して。」
「本当に、なんでもしてくれるの?」
ぼくは胸に手を当てた。ぼくの通っていた高校の女子制服。今までなかった胸のふくらみに男子高校生ならば興奮するべきなんだろうけど、今のぼくは女子高生なのだから、当たり前のことには感慨も浮かばない。
「うん。――ただし、ぼくはこの姿だからね。ぼくがやったことは、自動的に柊かなえがやったってことになる。」
「別にいいよ。」
かなえは妙に嬉しそうだった。口数は少ないけれど、明るい表情がそれ以上のことを語っていた。そんなに嬉しそうな顔をされても、こっちの気分はそんなに良くない。
ごめんね。ぼくは今、君を騙しているんだ。
『影』の説明をすると、どうしても、秋孝の顔がちらつく。それも元の秋孝の顔ではなくて、ぼくとそっくりな顔をした「やつ」としての姿で。
あいつもいろいろ考えながら、ぼくに声をかけたのだろうか。
「名前は?」
唐突なかなえの言葉に、ぼくは思わず「は?」と返した。
「名前。なんて呼べばいい?」
「……ぼくはきみなんだから、柊かなえだよ。」
よかった、うまく返せた。ほっとするぼくの前でかなえは渋い顔をする。
「自分のことを呼ぶの、変。」
確かにそうだ。
そういえばぼくはあいつのこと、「おまえ」とか、心の中では『影』って言ってたっけ。
「名前、つけていい?」
かなえばベッドから滑り降りて、ぼくのすぐ前に座った。
「……うーん。」
かなえはぼくについてちゃんと理解できていないのだろう。名前を付けてしまったら、それは他人だ。自分自身ではない。だからといって、懇切丁寧に真実を告げるつもりはないけど。
しばらく目を泳がせていたかなえは、壁のほうを見て、パッとこちらに目を向けた。
「かなたがいい。かなたでいい?」
「かなた?」
なんとなく、かなえに似た名前。「いやだね。」と言いかけて、やめた。名前を付けること自体には納得していないけれど、こんな初っ端から揉めて、やっぱりやめると言われるのも困りものだ。ぼくが乗っ取るまで、ぼくはかなえにとって都合のいい存在でいなくては。
だから、ぼくにいやだと言う選択肢はない。
「いいよ、かなたね。ちなみに由来は?」
「小さいときに死んじゃった、双子のお姉ちゃんの名前。ほとんど覚えてないけど。」
縁起でもない名前を付けられたもんだ。
自分がどんな顔をしていたのかはわからない。ただ、かなえは「そんなに嫌そうな顔しないで。」と眉間にしわを寄せている。
よくよく考えれば、幽霊につけるにはこれ以上ぴったりな由来はないかもしれない。と、自分を無理矢理納得させる。
「よろしく、かなた。」
かなえはぼくの手をとると、ゆっさゆっさと上下に揺らした。
結果はどうあれ、つかみはばっちり……だと思いたい
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