姫になった竜と騎士

 むかしむかしあるところに凶暴な竜がいました。竜は山の洞窟に暮らし、近くの森に棲む熊や平野の牛、村の家畜の羊達を餌にしていました。竜退治の為に各地から勇敢な騎士達が挑んできましたが、どれも全くと言っていいほど歯が立たず、近くに住んでいる人々は頭を抱えていました。そんな時、世界の果てから名を轟かせる優秀な騎士がやって来ました。騎士は竜の噂を聞いて、退治のためにはるばる海を越えてやって来たのです。これに竜はなんと大喜び、今までの退屈な騎士達よりきっと楽しませてくれるだろうと興奮を隠せませんでした。

 ところが、竜の思惑は外れました。といっても、騎士が弱かった訳ではありません。むしろ強過ぎて、竜自身がまったくもって話しにならないという有様でした。村に入れば槍を突かれ、平野に入れば弓を射られ、森に入れば剣で刺されました。そりゃあもう痛いのなんのって、今までの騎士とは大違いです。竜は策を練らなければこの騎士には絶対に勝てないだろう、と理解しました。一晩、洞窟に籠って、作戦を考え抜いた明くる日、竜は魔法を使って騎士を騙してやろうと思いついたのです。早速、竜は自身とその住処の山に魔法をかけました。

 するとどうでしょう、竜は燃える星々のような輝きに満ちた美しいお姫様に、山は濃霧に囲まれた白亜の城に変わりしました。さて、騎士が竜退治の大詰めに、と山の方角へやって来ると、濃霧の中に立派なお城が建っているから驚きました。早速騎士が中に入ってみると、竜が化けたお姫様は騎士を歓待し、「竜に家来や家族を奪われて一人ぼっちだったのです」と涙を流して彼の同情を誘うと、そのまま城の中に閉じ込めてしまいました。竜のお姫様は騎士が竜退治に行こうとすると、何かと理由をつけて騎士を止め、食べられるほど弱るのを待ちました。

 ところが、竜のお姫様には誤算がありました。竜のお姫様に対して騎士が親身になって優しく接してくれるので、心が満たされる日々が続いたのです。たとえば、竜のお姫様は、怪しまれないために、騎士に慣れない手料理を差し出していました。竜のお姫様は料理人に普段作らせていたから上手くないと言って出すのですが、騎士は流浪の身の自分にお姫様自らが心からのおもてなしをしてくれるのが嬉しいと大喜びして食べてくれるので、段々楽しみになってきました。竜のお姫様は騎士のために語らい、時にして歌い、生きることが喜びになったのです。

 しかし、とうとう竜のお姫様は決断しました。騎士をこれ以上騙し続けるのは心苦しかったのです。お姫様は騎士に自分の正体が竜であると明かし、騙していた償いとして倒して欲しいと願いました。すると騎士は首を横に振り、竜の手を取り、瞳を見つめて言いました。

「お姫様、ご安心ください。竜なら私が既に退治しました。もう愛の無い暮らしに怯えなくていいのです。これからは二人なのですから」

 騎士が竜に口づけすると、本当のお姫様になりました。こうして、竜だったお姫様は騎士と霧の晴れた城でいつまでも幸せに暮らしました。

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