騎士と姫の竜

むかしむかしあるところに、緑豊かな王国が有りました。王国には真っ白いお城に花園も敵わないほど美しいお姫様がおりました。お姫様は父親である王様からはたいそう大事にされており、滅多なことで外には出してもらえませんでしたが、お姫様はもう充分大人だったので、勝手に外に遊びに行くこともしばしばありました。そんなお姫様には決まってお気に入りの場所がありました。それは山の麓の洞窟でした。

 洞窟には竜が棲んでいました。竜はお城ほど大きかったため、民には嫌われていました。しかし、お姫様は竜が穏やかな心の持ち主だということを知っていました。何故なら、お姫様が初めて竜に出会った時、彼は獣を喰うどころか、餌の果物を奪いに来た鼠にも怯えるほど臆病で、野に咲く花を愛でるだけで一日を過ごしていたのです。姫と竜は風の囁きに包まれながら、二人でよく季節の花を愛でて、頬が落ちるほどの甘い果実を食し、空の美しさを歌い、日々を豊かに暮らしていました。

 しかし、ある時、お姫様が竜のもとによく通っていることが、とうとう民の口から王様の耳へと入ったのです。お姫様を他国の王子と結婚させて幸せにしたいと思っていた王様は、よりにもよってお姫様が醜い竜と楽しく暮らしているなど、許し難いことでした。故に、王様は城の騎士達を押しかけさせて、竜を退治させました。お姫様は竜を守ろうと騎士達に立ち塞がりましたが、竜は逆にお姫様を制し、首を横に振って、涙に潤んだ瞳で見つめました。その瞳の奥にはダイヤモンドの涙をポロポロと流すお姫様の姿がありました。

「お姫様、残念ながらこれまでです。孤独な私に楽しい日々をありがとうございました。私のことは忘れて、どうかお幸せに……」

 竜は二人で見つめたあの青い空の彼方へと飛んで行ってしまいました。お姫様が泣き崩れ、どれだけ涙を大地に流しても、竜は帰って来ませんでした。竜はお姫様の知らない遠くの土地に引っ越しました。誰もいない、じめじめした、草もロクに生えていない山肌に伏せて、青い空を見つめて、毎日泣きながら暮らしました。その内、涙が湖となって、魚が泳ぐものですから、釣り人が来るようになりました。すると、釣り人達は口々に話しました。あのお姫様が、隣国の王様に狙われていて、その軍隊には王国の騎士達が全滅させられてしまったことを。

 竜はいても経ってもいられず飛びました。眼下の城下町で次々と民を襲う軍隊を翼のはためきで吹き飛ばし、城へと辿り着きました。燃える城では、お姫様は隣国の王様に殺された父親を抱きしめたまま泣いていました。猛毒の剣を掲げた隣国の王様がお姫様に手を出そうとした時、突如城壁が打ち砕かれ、竜が顔を出しました。竜は唸り声を上げ、吐いた炎で隣国の王様を焼き払いました。喜んだお姫様は竜に駆け寄りましたが、竜は頬に刺さった剣の猛毒が身体を周り、息を引き取って大地に崩れ落ちました。その身体は花びらとなり、空へ帰りました。

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