騎士と姫と竜

 むかしむかしあるところに平和な城下町がありました。街中は緑が生い茂り、色とりどりの花は咲き乱れ、小鳥が歌い、畑には麦の穂がたなびき、牧場には家畜たちが踊り、人々は笑顔を絶やさず暮らしていました。しかし、ある時、空の彼方から、赤い竜が舞い降りて来て、人々の暮らしは一変しました。竜は緑を吐息で焼き払い、花を羽ばたきで吹き飛ばし、小鳥を睨みつけ、畑を踏み荒らし、家畜を喰い荒らし、人々を恐怖のどん底に突き落としました。王様はすぐに騎士団を派遣しましたが、竜の強さには誰も敵いませんでした。竜は去り際に言いました。

「この城で一番美しい姫を寄越せ。そうすれば、これ以上の乱暴は止してやろう。あの丘の向こうにある廃城で待っているぞ」

 成す術が無かった王様達は、泣く泣く城で一番美しいお姫様を廃城へと送り出しました。これ以上に町を荒らされては、よその国の治安が良くないここいらでは、もう誰も暮らしてはいけないからです。さて、それから数日が経った頃、一人の騎士が流れ着いて来ました。武勇を上げるべく、各地を巡っているツワモノでした。そこで王様のお触れを知ります。それは竜を退治した者に、この国を任せる、というものでした。早速騎士は王様にお目通りをし、許可を得ると、愛馬を駆って、丘の向こうの暗雲立ち込める廃城へと向かいました。

 騎士が辿り着いた赤茶色の煉瓦の城には、暗雲に見えた黒煙が立ち込めていました。竜の吐く煙でしょう。騎士は自分と馬の口元に、すり潰した薬草を付けた布を巻くと、城の中に突入しました。四方八方から飛び交う火炎放射を抜けながら、螺旋階段を昇って、騎士は最上階へと登り切りました。広い天井の最上階には赤い竜が待ち受けていました。竜が溶岩流を吐き出しながら跳びかかる際、より速く跳びかかった騎士は馬の蹄で竜の頭を踏みつけると、壁を貫いた竜の頭には目もくれず、尻尾を傘状長槍で突き刺しました。竜は驚いて跳び上がりました。

「痛いっ、参った! やめてください! もうしませんから、どうかお許しを。これには訳が有るのです……何故ならば、私の正体は」

 竜は一瞬で姿が縮むと、なんと城下町から送り出された一番美しいお姫様になっていました。驚く騎士に、お姫様はこう語りました。

「ごめんなさい。実は私、どうも竜になって暴れる体質なのです。このままでは皆を傷つけてしまうと思い、廃城に潜んでいました」

「お姫様、それは大変でしたな。だがもうご安心ください。この異国の騎士めは、変化に効く妙薬を調合出来るのですからね。ささ……」

 こうして、騎士の用意した薬のお蔭で、お姫様の竜変化の病は治りました。騎士はお姫様を連れて城下町に帰って来ると、人々から拍手喝采が沸き起こりました。それから、騎士は王様のみならずお姫様たっての願いでこの城を受け継ぐことになりました。お姫様は自分を救った騎士をたいそう気に入り、生涯愛したといいます。ただ、時々上手くいかないことがあると、またうっかり火を吹いてしまったんだとか、言われていたそうですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る