自己満足なマリオネット

みなづきあまね

自己満足なマリオネット

耳から聴こえてくる音楽が、サビになった。寒いシーズンにぴったりな、切ないラブソング。普段聞かない歌手だけど、なんとなくシャッフルしたら流れてきて、良い曲だと思い、リストに入れた。


狂おしいほどの想いを助長するかのような、短調のメロディーが流れた途端、私はキーボードから目線を上げ、通路を挟んで向かいの席を見た。誰もいない。


いつもならそこに座っている人の姿はなく、椅子の背もたれに黒いスーツだけが見えた。1週間、会社を離れている。あと2日後には会えると分かっている。しかし、彼に会えないことは辛すぎて、毎日出勤しては、彼を作り上げようとする自分に気付いて、ハッとする。


今もだ。他の人に気づかれないか一度警戒し、彼の席を眺める。誰もいないそこに、彼の姿を求めるのだ。出勤して荷物を置き、ネクタイを結ぶ姿、スマホを眺める姿、近くの同僚と笑い合う姿、真剣な眼差しでパソコンに向かう姿、昼にお味噌s汁をすする姿・・どれでも良かった。


一瞬でいいから、彼の幻が見たい。その一心で、私は目の前の空間を凝視した。日に日に彼の姿がぼやけ、本当はどんな姿で、声だったのか、不安になる。


私は手近にあったスマホの画面を見た。何の通知もない。LINEを起動し、彼とのトークを開いた。先週末、偶然したやりとりを一から読み返す。


彼のアイコンやLINEミュージックを見たり聞いたりしては、胸が苦しい。早く会いたい。たとえ彼が私をどうとも思っていなくとも、私の気持ちは変わらない。


自己満足にしかならないように、頭の中で彼の幻を描き、踊らせ、今日も一日を終える。

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自己満足なマリオネット みなづきあまね @soranomame

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