“せい”なる夜の冴えないクリスマスパーティ

園田智

“せい”なる夜の冴えないクリスマスパーティ


「メリークリスマスッッ!!」


 世の中がクリスマスイブで賑わう中、その賑わいに便乗するかのようにあるクリスマスパーティがここ澤村邸で行われていた。机の上にはそれは豪華な食べ物や飲み物が置かれていた。


「やっぱりクリスマスはケーキとケン○ッキーだよねぇ」

「何言ってんの。クリスマスはケーキと七面鳥でしょ?」


 クリスマスに何を夜の食卓で囲うかで討論しているのは、某有名店の鶏肉を支持する今大人気シンガーであり、某ゲーム会社の音楽担当。


 氷堂美智留


 そして、クリスマスには鳥は鳥でも七面鳥だと訴えているのはこれまた大人気イラストレーターにして、今は音楽担当と同じゲーム会社の絵師。


 澤村・スペンサー・英梨々


「確かに、○ンタッキーもいいですが、七面鳥も捨てがたいですよね。でも、私はケンタッ○ー派ですかね」


 そんな二人の対立を横から謙虚な言葉遣いでいながら、それでも自分の意見をしっかり言う人気イラストレーターにして、今も昔もずっと某ゲーム会社の主軸となっている絵師。


 波島出海


「まぁ、所詮二流イラストレーターは二流のものを口にするってことね。私みたいにイギリス人とのハーフとして生まれた大人な女性であり、大人気イラストレーターともなれば、本場の七面鳥を幼少の頃から食べてるのよ」


 その佇まいがすでに全く大人な女性ではない金髪美少女は偉そうに胸を突き出し、後輩を大人げなく罵倒する。


「偉そうなことを言っているけど、七面鳥の本場はアメリカなのはわかっているのかしら、ポンコツ貧乳残念金髪ツインテールさん?」


 そんな大人気ない金髪と後輩少女の争いにこれぞ大人な発言のようでその実、ただの毒舌を言い放つのはいくつものラノベを世に出し、今ではラノベ界では知らない人のいないほどの人気を持つ大人気小説家。そして、今は某ゲーム会社のシナリオライター。


 霞ヶ丘詩羽


「そ、そんなのわかっているわよ。ていうか、金髪以外のワードが一つも当てはまっていないわよ、詩羽っ!」

「ねぇ、もう一個食べていい〜?」

「大丈夫ですよ美智留さん」


 クリスマスパーティとはなばかりのその女子会は平常運転で時が流れていた。


「ところで、いつになったら彼女は来るのかしら?」


 詩羽が言う彼女と言うのは、この女子会にまだいないあと一人の女の子のことを言っていた。


「あぁ、もうすぐ着くって」

「本当に来るのかしら。だって、今ってあの時間でしょ?」


 そう言いながら詩羽が携帯の時間を見ると九時半を回っていた。


 クリスマスイブの聖なる六時間。あれ、漢字が違う? そんなことはないはず……


「来るに決まっているでしょ。だって、一ヶ月も前から決まってたのよ?」


 そんなここにはいない一人の女の子はメインヒロインにして、某ゲーム会社の副社長兼、ディレクター。


 加藤恵


「にしても、やり方が汚いというか、未練がましいよね〜 先輩も澤村ちゃんも」

「あなたに言われたくないわ氷堂さん。あなたなんて恵に一週間くらい前からクリスマスに恋人で過ごすとかありえないとか言ってたらしいじゃない」

「いやだってさぁ。たかがクリスマスってだけで恋人同士でイチャイチャしてるのって少しバカらしいと思わない? お互いが好きなら、そんな日に限らずいちゃいちゃすればいいじゃん」

「だからって、仕事中はやめてほしいとは思いますけどね……」

「と、倫也って仕事中に恵といちゃいちゃしてるの!?」

「あら、英梨々気づいていなかったの? それはそれはとんでもないわよあの二人」

「と、倫也〜〜〜。め、恵〜〜〜〜〜」


 そんな怒りに満ちたオーラを英梨々が出していると、英梨々の部屋のドアが開かれる。


「ごめん、おまたせ〜。あれ、なんかタイミング悪かった?」


 開かれたドアには噂をされていた当の本人がいた。そして、そんなみんなから向けられているなんとも言えない視線を感じ取り、いち早く場の雰囲気を把握する恵。


「えぇ、ちょうど今加藤さんが誰かわからない人と“せい”なる夜を共にしているのか噂をしていたところよ」

「えっと、なんである部分を強調するかは聞かないでおくとして、しっかり事前に仕事で遅くなるって言ってありましたよね?」


 詩羽の言葉を体に染み付いたフラットな対応で受け流し、着ていたコートを綺麗に畳んで、女子会の輪の中に加わる。


「恵さん、何飲みますか?」

「ありがとう出海ちゃん。じゃあ、オレンジジュースもらってもいいかな」


 そう言いながら、出海ちゃんは近くにあったコップにオレンジジュースを注ぐとそれを恵に渡す。


「やっと、始められるね〜」

「あんた、もう食べてたじゃない」

「えぇ、やっと始められるわ。悲しい独り身たちのクリスマスパーティが」

「えっと、私は独り身じゃありませんよ詩羽先輩」

「最初から殺伐としないでください。みなさん! とりあえず乾杯しましょう! それじゃあ、乾杯!」


 この中で一番年下のはずの出海ちゃんが音頭をとって独り身?の女の子たちのクリスマスパーティ女子会がスタートする。


「それじゃあ、さっそく渋谷のスクランブル交差点のライブでも見ましょうか」

「先輩、そんなの見てどうするのさ〜」

「そんなの決まっているでしょう。ただの平日にいちゃいちゃしているカップルを見て、笑ってやるのよ」

「そんなんだから、いつまでたっても一人なんだよ先輩は」

「あなただって一人じゃない、氷堂さん」

「私はいいんだよ。別に付き合いとか結婚したいとか思ってないし」

「あら、いつ、誰が付き合いたいだの結婚したいだの言ったかしら」

「じゃあ、一体何がしたいのさ〜」


 詩羽はシャンパンの入ったグラスを片手にしながら、手元のスマホでライブ映像を見ながら、シャンパンを呷る。


「それにしても、大丈夫だった恵? 今日も相手側との打ち合わせだったんでしょ?」

「うん。まぁ、確かに大変だけど大丈夫だよ」

「それってやっぱり、大好きな彼のためならがんばれるってこと……?」

「えっと、英梨々。全然そんなことじゃなくて、仕事として大変だけど、うまくいってるから大丈夫ってだけだよ?」


 英梨々は自分で言って、ダメージを負いながら目の前にある自分の皿に乗っているケーキをつまんでいる。


「それよりも、出海ちゃんは大丈夫だった? たしか昨日までのイラストがあったでしょ?」

「はい、大丈夫です! 今日のために死ぬ気でがんばりましたから。おかげでお腹ペコペコですよ」

「えっと、一応聞くけど出海ちゃん。しっかりご飯は食べてたよね?」

「えぇ、食べてましたよ?」

「よかった。今の時期に体壊すといけないから──」

「ただ、流石に二日間カロリーメイトだけってのはやっぱりお腹すきますね」

「ねぇ、それって全然大丈夫じゃないよね? というか、ご飯であって、ご飯食べてないよね出海ちゃん??」


 みんなは「しっかりご飯食べてる?」って聞くんじゃなくて、「しっかり栄養の取れたご飯食べてる?」って聞こうね。

 恵は栄養が偏ってしまっている出海ちゃんのためにサラダを皿によそう。すると、カバンの中で携帯が鳴る。


「ちょっとごめん」


 恵は携帯の画面を見ると、表情を一切変えることなく携帯を持って、そのまま廊下へと出て行ってしまった。


「倫理君ね」

「倫也……」

「倫か〜」

「えっと、なんで皆さんわかるんですか?」


 決して表情を変えたようには見えなかったし、何かそれらしい要因はなかったはずなのに目の前の三人は恵に電話をかけて来た主をここにはいない人だと確信する。


「いい波島さん。加藤さんだって人間よ。仕事の電話なら少なからず拒否反応を示すの。例えばため息とかね。そういう類でいうなら親族とかね。なんで今? ってかんじで。ただ、加藤さんは今何も反応がなかった。つまり、それはかかって来た相手がわかっていたということ。もっと言えば、かかってくることを予期していた相手ってことなの。詰まる所倫理君しかいないってこと」

「へ、へぇ〜」

「恵があれだけ早く反応するのは倫也しかいないわよ。仕事だったら、後から折り返すだろうし、家族なら無視するわ。そのほかでもほとんどが無視するはず。なのに出るなんて言ったら、出ないといけない相手。答えは倫也しかいないのよ」

「す、すごいですね……」

「倫ぐらいでしょ、この時間にかけてくるのなんて」

「美智留さんの予想はだいぶアバウトですね……」


 三者三様の見解が繰り広がれていると、恵が部屋へと戻ってくる。


「ごめんね、みんな」


 部屋に入って来て、みんなへ謝罪をする恵に対し、誰一人として了承の意を返そうとしない。


「えっと、仕事の電話ですか?」

「そんな感じかな」

「そ、そうなんですね。やっぱり大変ですね副社長って」

「そうだね。色々としないといけないからね」


 そう言いながら先ほどからよそっていたサラダを出海ちゃんへと渡す。


「そういえば、加藤さん。今日はもちろん朝までいるわよね?」


 いつの間にかライブ中継を見ていたスマホを充電器へとさして、食べ物のある机の場所へと来ていた詩羽が恵に問いかける。


「えっと、それは難しいですね」

「え?! 恵帰っちゃうの?」

「うん。明日も仕事で大阪に行かないといけないから」

「そうなんですね。それならしょうがないですね」

「ごめんね、英梨々」

「ううん。 しょうがないわよ。今はそういう時期だってわかってるから」

「ありがとう英梨々」

「異議あり」


「『えっ?』」


 せっかくの久しぶりの恵と英梨々の友情を目の当たりにしていると詩羽の横槍が入る。


「加藤さん。大阪に行くのはいつかしら?」

「えっと。だから明日です」

「明日の何時?」

「それはまだ決まってないですよ。でも、はやく行くことには越したことはないですから、午前中には──」

「ここで証人をよびます」

「詩羽先輩?」


 いつのまにか○転裁判ごっこがはじまり、詩羽先輩は証人と言いながら、隣に座っている。いや、今絶賛チキンを食べている美智留に対して、質問を投げかける。


「氷堂さん。加藤さんは明日。何時に大阪に行くのかしら?」

「んん? それは倫と一緒に行くからお昼からでしょう?」

「なんで、そうだと言えるのかしら?」


 綺麗に食べたチキンを皿の上に置いて、口元をティッシュで美智留は拭いて、言葉をはき捨てる。


「そんなの、倫の手に加藤ちゃんと一緒に大阪に午後行くって書いてあったからだよ」


 その言葉を聞いて、詩羽は恵のことをじろりと見る。


「被告人。何かいうことはありますか?」

「め、恵……。もしかして、本当は……」


 目の前の食べ物に注意がいっている美智留を除く、三人の視線が恵へと注がれる。そんな視線を受けながら、表情一つ変えることなく、恵は言葉を発する。


「女の子には色々と準備が必要なんですよ」

「あくまで言い逃れするのね、加藤さん」

「詩羽先輩が何を言いたいのかなんとなく分かりますが、もしもそうだとしたらどうなんですか?」

「め、恵?」

「め、恵さん?」


 恵は目をつむったまま目の前の詩羽と対立する。


「いえ、何か私たちに隠していることがあるのなら、素直に言うべきだと思っただけよ」

「人には言えないことや、言いたくないことなら誰にだってあると思いますけど」

「確かにそうね。私にだってあなたには言えないことはあるわ。でも、この場において私が言おうとしていることはもうみんな分かっていると思うけど?」

「それなら、言う必要がないんじゃないんですか?」

「そう。あなたがそう言うのなら、あくまでこれからそういうことが“ない”ってことでこの場は通るわよ?」

「えっと、それってどういう──」


 恵が詩羽の方を見て、確認を取ろうとすると、詩羽は充電していた携帯を取り、操作して耳元へ携帯を近づける。


「もしもし、今大丈夫かしら。倫理君」


「『“!?”』」


 詩羽が電話した相手はここにはいない某ゲーム会社の社長にして、この話題の台風の目。


「そう。なら、手短に済ませるから少しだけ話を聞いてくれるかしら」


 詩羽が電話しているところを恵や英梨々。そして出海ちゃんがじっと見守る。

 なお、もう一人は食事に励んでいます。


「実は、今日の夜に会って欲しいの。今度のゲームのシナリオでどうしても相談したいことができたから」


 恵たちには詩羽の声だけが聞こえ、電話の相手である倫也の声は聞こえてこなかった。だから、彼がどんな返事を詩羽にしているかは詩羽の答え方から考えるしかなかった。


「そう。分かったわ。じゃあ、そういう手筈で。それじゃあ……」


 そういって、電話の通話を切ると詩羽は恵の方を見る。


「私はこれから倫理君と予定があるわ」


 そう高らかに宣言すると、詩羽は近くにあったシャンパンを開けて、グラスへと注ぐ。


「英梨々。私も今日は早めに帰らせてもらうかもしれないわ。なにしろ倫理君と予定ができたから」

「ま、待ちなさいよ! そ、そんなのってあり!?」

「ありもなしも、倫理君がそう言ったのだからそうなのよ。まぁ、何があるかはわからないわ。何しろ今日は聖なるクリスマスなのだから」

 意味ありげにそう呟くと、一気にグラスに注いだシャンパンを呷る。

「出海ちゃん。ジュースもらっていいかな?」

「は、はいっ!」


 入れろと言われたわけでも、注げと言われたわけでもないけど、自ずと出海ちゃんは恵のグラスへジュースを注ぐ。


「別に構いませんよ」


 自信ありげ恵がそう呟くと、場の視線が全て恵に集まる。食事に集中していた美智留の視線までもが、恵に向けられる。


「これから倫也君と会う約束してるので」

「めぐみっ!?!?!?!?」

「恵さん!?」

「ひゅーーー」

「ついに本性を現したわね、加藤さん」


 待っていたと言わんばかりに敵の強キャラのようににやりと詩羽は笑う。


「これから会うって、つまりクリスマスだから、その二人でせいなる夜をふたりで……」

「ちょっとちょっと! 食べ物がのってる机の上に倒れ込まないでください英梨々先輩!」

「なんだかんだ、済ませることは済ませてるんだね加藤ちゃん」

「えぇ、ほんとに。いつそんな約束を交わしていたか知らないけど、よくもまぁ、はっきりと言えたわね加藤さん」

「詩羽先輩が言わせたんじゃないかってことは、おいておくとして。もう言えますよ」

「もう?」

「だって、正妻ですから」

「め、め、めめめめめめぐみぃぃぃぃぃぃぃ?!?!」

「英梨々先輩、飲み物が溢れてますって〜〜!」

「七面鳥もたーべよ」

「せ、正妻って。確かに今はそうだけど来年の今頃にでもなったらどうなっているかしらね加藤さん。やるだけやってそのあと別れるカップルなんてごまんといるから──」

「そうですね。とりあえずやるだけやっておきますね」

「ぷしゅぅぅぅぅ……」

「もう、これ以上はやめでください二人とも!」


 新旧?腹黒ヒロインの一人の男のことを巡る聖戦は出海ちゃんの降伏宣言によって幕を閉じた。




「それで、何時頃に抜けるの恵〜?」


 お酒の入ったグラスを片手にすっかり酔いの回っている英梨々は隣にいる恵にもたれかかりながら話しかける。


「もうそろそろかな」


 そう言いながら恵が携帯の時刻を確認するとすでにクリスマスイブからクリスマスへと変わっていた。


「ねぇ〜、今日はこのまま私たちといっしょにクリスマスを楽しもうよ〜」

「ごめんね英梨々。どうしても来て欲しいって言われてるから」

「なぁに、加藤さん。倫理君から今日のこと誘っているの?」

「そうですよ詩羽先輩。それで、そろそろ離してもらえますか?」


 詩羽は右腕でがっしりと恵の左腕を掴み、ここから動けないようにしていた。


「倫のバカ〜」

「倫也先輩……。ぐすっ……」


 ちなみに、美智留と出海ちゃんは少し前に先に眠りへとついていた。


「それで加藤さん。本当に今日するの?」

「先輩に言う必要がありますか、それ」

「あるわ。答え次第ではここから出すわけにはいかない」

「それは困りますね。ただ、わからないってのが本音です」

「そんなこと言って、あなたのカバンの中にブツがあったら許さないわよ?」

「いいですよ、探してもらって」

「いい。手を離したら、その隙に逃げられるから」

「詩羽先輩ってめんどくさいですね……」


 この場で恵だけお酒が入っていなかったため意識はしっかりとしており、もうすぐで電池が切れそうなこの二人の相手は相当くるものがあった。


「めぐみするの〜?」

「えっと、なんのこと?」

「そんなの決まってるでしょ! せいなる夜なのよ! やることなんて一つしかないじゃない!!」

「とりあえずもう夜中だから静かにしよう英梨々」


 英梨々の頭を優しくたたきながら、恵は答える。


「えっとね。さっきも言ったけどわからないよ。だって、ほら。倫也くんだから……」

「『あぁ〜……』」


 恵の言葉に詩羽と英梨々はそう言う経験はないものの、倫也との長い付き合いの中のそれっぽい経験から納得する。


「確かに、今日呼び出したのも徹夜でゲームをするだけかも」

「それか、クリスマスに○chool○aysを見るかもしれないわね」

「さすがに、それはないと思いますけど、そういうことです」


 詩羽は恵を掴んでいた右腕をほどき、机の上にあった何杯目になるかすっかりわからなくなるほど飲んでいたシャンパンのグラスを口元へ運ぶ。


「あなたも大変ね」

「えぇ、まぁ。そうですね……」

「倫也って、そういうところオタクだから」

「そうなのよね。結局キスも私からだったし」 

「私の時は一応あっちからでしたけど」

「うぅぅ。ともやぁぁ〜〜」


 三人の淡い。一人は辛い記憶を回想しながら、クリスマスの聖なる夜に彼のことをそれぞれで想いを馳せる。


「これで、彼のことを想うクリスマスは何度目かしら……」


「小さい頃は一緒にプレゼント交換なんてしたっけなぁ〜」


「来年もおんなじようにいられたらいいかなぁ」


 それぞれの言葉に誰もいちゃもんをつけたりはしない。

 だってそれはただの独り言で、ただの妄想に過ぎないのだから。


「それじゃあ、そろそろ行きますね私」

「め、めぐみ〜……」

「おやすみ、英梨々」


 英梨々は最後の独り言を言うと同時に電池が切れたかのようにすぅっと眠りについていく。


「それじゃあね加藤さん」

「止めないんですね」

「それ、あなたが言うのかしら?」

「そう、ですね」


 もう何も入っていないグラスを指で弾くと静かな部屋の中にかーんという高いガラスの音が響く。


「私はすっかりふられちゃったから今日のところは引いてあげるわ」


 詩羽は携帯を少しいじると、倫也に対して一通のメールだけ送る。


「それじゃあ、お先に失礼します」


 詩羽に軽く会釈をして、恵は英梨々の家を後にする。


「はぁ〜」


 詩羽は大きく後ろに寝そべり、大の字になって天井に視線を送る。


「いいな。クリスマスと大切な人と過ごすなんて……」


 誰も聞いていないからこそ、吐けるそんな乙女チックな弱音を静かな夜の空間へと投げかける。




「おまたせ、倫也君」

「大丈夫だったか?」

「うん。お酒とか飲んでないから」

「そっか。どうせなら迎えに──。恵?!」

「なぁに?」

「な、なんでいきなりだ、抱きついてくるの……?」

「そんなの決まってるじゃない」

「えっ?」

「“せい”なる夜だよ。倫也くん」


 ドサッ……

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