第9話 五時間目(数学)

 五時間目は数学だった。

 数学も英語と同様、何も冒険をしない先生だった。

 だから淡々と、因数分解の解説が続く。

(今日は本当に疲れたぁ〜)

 午後の数学。

 ひたすら因数分解。

 食後にやられるとマジヤバい。

 そもそも今日は授業中に全然寝てないから眠気がハンパない。

(どうせ因数分解やるなら、初目ニクの因数分解の唄を歌いながらやってくれたらいいのに……)

 ジャス◯ックからヨクナイネが飛んでくるところを見てみたい。

 そしたら、こんな眠気なんて吹っ飛んでしまうのに……。

 自分で鼻歌を歌うという手もあったが、そんな胸のない、いや度胸のない私は睡魔に負けてコクリコクリと頭を垂れてしまう。

 その時だ。

 ビビっと脳が震えたのは。


 ――ヨクナイネ1


(マジかよ……)

 もらってしまった。今日、初めてのヨクナイネを。

 ていうか、これ、私は全然悪くないよね? 冒険心のない眠くなる授業をする方が悪いんだから……。

 必死に開き直っても、すぐにまた眠気がやってくる。

 ――ビビ、ビビ、ビビ。

 ついにヨクナイネは4になってしまった。

(なによ、全然集中して眠れないじゃない!)

 頭に来た私は、気分を変えるため窓の景色を見る。

 そこで目に飛び込んできた光景に、思わず心を奪われた。


 冷川令菜(ひえかわ れいな)。

 窓際の席に座るクラス一の美女が、髪を揺らす窓からの風にも目もくれず、瞳を輝かせて授業に集中している。

 その姿は、女性の私から見ても本当に美しかった。

 ブレザーを着ていながらも存在を主張する胸のふくらみ。私自身もまんざらではないと思っているが、ブレザーを着るとどうしてもぺったんこに見えてしまう。ということは、中にはかなりのボリュームが隠れているはず。

 それよりも素敵だったのは、サラサラとしたセミロングの黒髪。あんなにもナチュラルに風になびくのは、相当丁寧に手入れをしているからに違いない。

 すっきりとした鼻筋。キラキラと輝く二重の瞳から溢れる集中力。食後の因数分解だというのに。

(ああ、私も令菜になりたい……)

 心からそう思った瞬間、ピコピコと音が鳴る。


 ――ヨイネ(ホプロリ)


(ええっ、マジ!?)

 嘘っ!? 芸能プロダクション!?

 あの有名な!!??

 それってどういうこと? スカウトされちゃったってこと?

(マジ、マジ、マジ、マジ!?)

 私は今起きていることがにわかに信じられなかった。

 そして次第に興奮が身体中を駆け巡る。

 だって、もしかしたら我がクラスから美少女アイドルが誕生するかもしれないんだから。しかも、私が配信した動画がきっかけで。

 ――デビュー、CM、ドラマ、映画、朝ドラ、紅白、大河、政界、知事、まさかの大統領……。

 全くもってお節介なことに、私の妄想は暴走する。

 ――デビューのきっかけは、美鈴さんという可愛いクラスメートが配信した動画なんです。

 いやぁ、照れますね。

 まあ、それだけ見る目があったということで。

 おバカな妄想は、グルグルと私の中を回り続ける。

 すっかり目が覚めたところで、数学の授業の時間は終了となった。

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