第10話 六時間目(地理→自習)
六時間目の地理は自習になった。先生は休みという知らせが急に入ったからだ。
仕方がないので、私はパラパラと地理の参考書をめくり、面白そうな地図を眺める。
自習ということで、視聴者も一桁台に下がっていた。きっとその人たちも同じ地図を眺めているのだろう。そう思うと、ページをすぐにはめくってはいけないような気分になるのは不思議だった。
先生がいないということでスマホを見ている生徒もいて、視線の隅にチラチラと写る。でも、その生徒を見るわけにもいかない。だって、隠すべき自習の実態が世界中に配信されてしまうから。私は顔を地図から離さずに、視線だけで周囲を伺った。
こんな自習は嫌だ。一人だけ緊張感に包まれているなんて不公平じゃない?
なんでこんな日に限って、みんなスマホを見てるのよ!
せっかくの自習なんだから、私だってスマホを見ていたい。でも、配信者としてはさすがにまずい。我がスマホの中身を世界中に晒すわけにもいかない。
諦めた私は参考書に視線を戻す。
そして面白そうな内容を見つけて、小声で読み上げてみる。
「へぇ~、原油産出量世界一ってアメリカなんだ。中東とばかり思ってた。すごいね、アメリカ! U・S・A、原油ナンバーワン~」
危ない危ない、思わず歌っちゃうところだった。
でも、こんな風に宣伝してたら大統領から公式ヨイネをもらえたりして。そうなったら本当にビックリしちゃうけど。
とそこで私は思いつく。
もっと小さな小さな市町村だったら、もしかしたら公式ヨイネが付くんじゃないか――と。
私は参考書をめくり、日本の統計について調べ始めた。
なになに、日本一小さな市は蕨市という市で、羽田空港よりも小さいんだって!?
(マジか。そんな市があるんだ……)
よし、この衝撃を小声でつぶやいて公式ヨイネをもらおう。
が、私にはそれができない悲しい事情があった。
「この市の名前、なんて読むの? いばら? やぶ? #@%$!? わかんないよ。ていうか、どこにあんの? まさか、口にできないのは市の名前だけじゃなくて県名も……」
その時だった。
斜め前に座る和諸が私の方を振り返ったのは。
「なあ、美鈴」
あともう少しで放課後。
すっかり気が緩んだ和諸は、スマホ片手に馴れ馴れしく語り始める。
「朝からずっと不思議に思ってたんだけど、なんでお前が委員長代理なんだ?」
同時に周囲から視線が集まるのを感じる。
ということは、クラスのみんなは同じ疑問を持っていたということ?
しかしその真相を明かすわけにはいかない。私一人だけが適格者だなんて。
そんなことバラしたら、私もゾンビにされちゃうじゃない。
「急だったの。夜中に委員長から電話があって。きっと電話番号を間違えちゃったんだと思うよ」
適当に答える。
信じてもらえるかどうかは分からないけど。
すると和諸は、あからさまに怪訝な顔をした。
「だってお前さ、委員長のこと良く言ってなかったじゃん? それがいきなり委員長代理だろ。何かあったと思うのが普通じゃね?」
その言葉を聞いて、ふつふつと怒りが湧いてくる。
――な ん で そ れ を 今 言 う !
良く言ってなかったって、新入生になって委員長が決まった時にちらっと和諸に漏らしただけじゃん。「あの子、ちょっと恐い」って。
だってこのクラスで中学が一緒だったのって和諸だけだったから。私は不安だったんだよ。
すると、和諸の近くに座る男子が声を掛けてきた。
「へえ、美作さんもそう思ってたんだ。確かに委員長って変わってるよね?」
たわいもない一言。
一見すると何の罪もないように見える。
しかし、こういう言葉こそが危険なのだ。
現に、この発言をきっかけとして、クラス中の男子から不満が溢れ出すこととなった。
「なんか恐いんだよね。挨拶してもあまり返事してくれないし」
別の男子も次々と参戦してくる。
「つんとしてて、スカート長いし」
いいんじゃない、委員長なんだし。
「ライブカメラを付けると、眼鏡の上にメガネで、とっても変だよね」
そうだっけ? それは確かに変だ。
「ぺったんこだしね。いひひ」
それセクハラだから。気味悪い笑いもやめろ。
「この間、拙者が行くアニメショップで見かけたでござる。腐女子であると思われ」
お前が言うな。
「僕より数学できるの許せない」
はいはい、頑張って。
「ハヤブタ参号機の小学生探査ミッションについて意見の相違が見られ」
スマホ見ながらの言葉は説得力ないよ。小学生探してどうすんのさ。
「とにかく何もかもが気に入らないんだよ、あの女」
みんな勝手なことばかり。
本人がいないからって!
ついに頭に来た。
好き勝手なことを言う男子に。
そしてそれに対して何も反論しない女子に。
私は立ち上がる。
「ちょっとみんな、何言ってんの?」
クラス全員が私に注目する。
負けない、私は負けない。だってみんなゾンビなんだから。クラスを救うって約束したんだから。
「卑怯だよ。本人に直接言えないからって」
そういうことは面と向かって言うべきなんだ。
「それになんで女子は誰も反論しないの? 未希だって委員長と仲良かったじゃん」
私の前に座る未希は、前を向いたまま静かにうなだれたままだ。
「人がいないところで陰口を叩かないでよ。ねえ、みんなホントにゾンビになっちゃったの? 私が寝ている間に。これっていじめじゃない。それを止めない人も同罪」
最後の言葉でふと考える。
もし自分が逆の立場だったら?
もし未希が委員長代理だったら、そのカメラの前で私は立ち上がって男子に反論できる?
陰口を言うことは止めようって、言うことができる?
そんな自信は無かった。
そんな勇気も無かった。
きっと逆の立場だったら、私は頭を垂れて沈黙を守り続けていただろう。目の前の未希のように。
そんな自分が悔しかった。
「私ね、今日委員長代理をやってみて、委員長の大変さが分かった。昨日までの私は委員長のこと何も知らなかった。委員長が悪口言われても、反論する勇気も出なかった」
なんだか涙が出てきた。
やっぱり自分は弱いんだ。
クラスなんて救える人間じゃなかったんだ。
いや、違う。そうじゃない。みんなの行動で私は直感した。
今日のみんなは明らかにおかしい。私が寝ている間に、本当におかしくなっちゃったんだ。
だったら私が立ち上がらなくちゃダメじゃない。思っていることを言わなくちゃダメじゃない。
だって今の感情は本物なのだから。そしてそれを言葉にしてちゃんと伝えるんだ。それだけがクラスを救える唯一の方法なのだから。
「でも今は違う。委員長はすごいと思う。だから陰口だけはやめよっ。本人の前で何でも言えるクラスになろうよ……」
次から次へと溢れる涙。
その時だった。
ピコピコと音が脳に響く。
――ヨイネ(教育省)
それは私がもらった初めての公式ヨイネだった。
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