第1話 初めての従者契約
そこは、まるで教会の中のようで。
一種の宗教的な施設なのではと思ってしまうぐらい、荘厳な雰囲気だった。
僕たちは図書館に来ていた。
と言っても、現実世界の図書館ではない。
『ラプラスの庭』というゲームの中の図書館である。
――『ラプラスの庭』。
まるでゲームの世界に入り込んだかのような
実はこのゲーム、地球のゲーム会社が作ったものではない。地球よりはるかに文明が進んだ宇宙の超文明が作り出した、宇宙的傑作VRゲームなのだ。
僕は樫宮先輩に誘われて、このゲームを始めたのだけれど……。
それにしても、このゲーム、作りこみが半端じゃない。
僕たちがいるのは、ミネルヴァさまがいた部屋の階下、『不滅の塔』の図書館部分である。せっかく図書館があるのだから、『精霊王の試練』を受ける前に情報収集をしておこう、という話になったのだ。
最上階にあるミネルヴァさまの部屋に向かう途中に、階段からちらりとは見えていたのだが……実際に中に入ってその目で見てみると、圧倒されてしまった。
まず、天井が高い。そしてその高い天井に合わせて本棚が置いてあるので、リアルでは見たことがないような高さの本棚が、壁一面にずらりと並んでいるのだ。
これは、本棚と呼んでいいものだろうか……。
まるで一流の家具のように、洗練された美しいフォルムをしている。
柱だと思っていたものが、近づいてみると本棚なんて経験、初めてだ。
そういうデザインです、と言われたら納得してしまうかもしれない。
本棚の上の方に置かれている本を取るには、梯子に上らなければならない。その梯子が、とんでもない高さになってしまっていた。
司書の全員が天族で揃えられているのも納得である。
それに、縦だけじゃなくて、横にも広い。
幾つものフロアが数珠つなぎで繋がっており、まるで巨大な迷路のようだ。
……いやいや、それはちょっとおかしいのでは?
縦に高いのは、塔なのだから理解できなくはない。
しかし、横にまで広いのは明らかに変だ。
「それはですねー、この図書館は、ミネルヴァさまの作った魔法の空間なんです」
僕たちを案内してくれた天族の少年、ミーシャが、そのからくりを教えてくれた。
「【領域拡大】? の魔法だったかな。その魔法で空間を広げているんです。こんな大規模な魔法を維持できるなんて、ミネルヴァさまくらいですよ!」
そう口にするミーシャは、誇らしげだった。
そして、そんな図書館の中を、僕はしおりんさんと二人で散策していた。
なぜこの組み合わせなのかというと、図書館の本を読むためには、『古代文字解読』のスキルが必要だったからだ。
この『古代文字解読』というスキルは、魔術師系の職業なら誰でも持っているスキルである。しかし、
そこで僕たちは、情報収集を
鎧を着た騎士と、くのいち忍者。側から見たら、まるで場違いな二人である。
しかし……。
「あのー……よろしくお願いします」
しばしの無言。
しおりんさんの方は、あまり気乗りしていないようなのだ。
「お嬢様の指示だから従っていますが……私は、あなたのことを認めたわけではないですからね?」
そんなしおりんさんは、ツンツンした態度である。
……このままじゃいけない。僕が何とかしないと。
「でも、すごいですよ。なんだか宮殿みたいで、憧れちゃいますね」
場を和ませるために、僕はしおりんさんに話を振る。
天井を見上げると、そこには美しい絵画が並んでいた。
一つ一つが何かの宗教画のようだ。なんとなく、厳かな雰囲気を感じる。
もし現実に存在すれば、観光地として通用するレベルじゃないだろうか。
「私にはあまり……お嬢様のお屋敷で慣れてるからでしょうか」
「……そうですか」
しかし、残念ながらしおりんさんの反応は芳しくなかった。
そう言われてみれば確かに、彼女は
普段から樫宮先輩のお屋敷で働いているのだ。あのお屋敷に慣れてしまったら、この程度じゃ何も感じないのかもしれない。
マズイ……しばらくの間、気まずい空気が流れていたのだが。
「……ん?」
僕がふと目にした本棚の一角に、違和感があった。
そこにあったのは、一冊の本。
その本だけが、周りの本とは違って、集中すれば読めそうな感じなのだ。
「これは……昔のプレイヤーが書いたプレイ日記みたいですね。これとかはスキルがなくても読めそうですよ! えっーと、タイトルは、『ヒミコちゃん観察記録』……?」
なんというか……プレイヤーの闇が垣間見えるタイトルだ。
どんな内容かは想像もつかないが、どうせろくでもない内容だということは僕にも察することができた。
変態プレイヤーというものは、いつの時代にも存在する、ということか。
僕はスッと本を元の位置に戻した。
この本は、ここに封印しておくとして……。とりあえず、突破口は見つかった。プレイヤーの記した書物ならば、僕たちでも読めるみたいなのだ。
それから僕たちは、同じような本を探し回った。
そして確かに、プレイヤーが書いた本はいくつか見つかったのだが……。
『【完全版】ここが美味しい! イースティティア・グルメガイド』
『【検証】全裸の冒険者、何人いれば古代竜に勝てるのか』
『【インテリ】本当に怖いNPC一覧【ヤクザ】』
そのどれもが絶妙に、必要な情報を外していたのだ。
そもそも僕たちは、これらの本を書いたプレイヤーがいた時代から、遠い未来の世界でプレイしているのだ。その間に、ゲーム内の環境も激変してしまっている。
美味しいレストランもなくなっているし、NPCも違う世代に入れ替わっていた。残念ながら、これらの本は役に立たないのだ。
欲しいのは普遍的な情報なんだけど……それらはどこにも見つからなかった。
推測だけど、『古代文字解読』が必要な情報が含まれている本は、意図的に排除されているのかもしれないな。
大発見だと思ったんだけどなあ……。そううまくはいかないか。
僕は肩を落としながら、最後の一冊を棚に戻す。
しかしその時、視界の端に、奇妙なものが映った。
「く、苦しいムゥ……助けてムゥ!」
なんだかモフモフしたものが、本と本の間に挟まってバタバタしていたのだ。
どうやら生き物らしい。尻尾のようなものを左右に振り回し、狭い間に挟まって、苦しそうにしている。
これは、助けた方がいいのか……?
もしかしたら、何かのイベントのスイッチかも知れない。それに、そのままにしておくのも、あの動物がかわいそうだ。
なぜこんなところに野生(?)の動物がいるのかは置いておいて、僕はその動物を両手で掴むと、本の間から引っこ抜いた。
「ありがとうだムゥ! ご主人様は、命の恩人だムゥ!」
なにやら、すごく感謝されてしまった。
変な語尾を付けて喋る、変な見た目の小動物である。
とりあえず、毛がモフモフしていて、四足歩行だということは分かった。
「……えーっと、タヌキ?」
「タヌキじゃないムゥ! グラムゥは犬だムゥ!」
グラムゥと名乗った生き物は、そう言ってプンスカしている。
しかし、犬……? ずんぐりむっくりした丸っこい体つきに短足だし、てっきりタヌキの仲間かと思ってしまった。
それにしても……。
さっきから語尾に『ムゥ』とつけているけど、さすがにそのまま過ぎじゃないだろうか。変な語尾を付けるだけなんて、安易なキャラ付けにもほどがある。
……樫宮先輩を見習ってほしいものだ、全く。
目が肥えてしまった、ということだろうか。
こういった安易なキャラ付けに対して、厳しくなってしまった僕であった。
そして、本を片付け終わったしおりんさんも戻ってきた。
しかし机の上のグラムゥを見ると、彼女の様子が急変する。
「な、なんなんですか、この生き物……! かわいい……」
急にデレデレし始めると、しおりんさんは、グラムゥを抱き寄せる。
「こんなかわいい子、どこから拾って来たんですかっ!」
しおりんさんは、そう言って僕を問い詰める。
……胸元に、グラムゥをギュッと抱きしめたまま。
「えっと、そこの本棚に挟まっていたんですけど……」
「もしかしてこの子、図書館のマスコットなんですか!?」
「……たぶん、野良犬だと思います」
「それなら、私たちが拾っても誰も文句はないはずですよね……!」
なんだか、しおりんさんはエキサイトしている様子だ。
さっきまでのツンツンした態度がどこへやら。どうやらしおりんさんは、可愛い小動物に目がないらしい。
「ご主人様、グラムゥと【従者契約】を結んでほしいのだムゥ」
グラムゥが、唐突にそう切り出した。
――従者契約。
それは、
果たしてこのグラムゥに、その一枠を使っていいものだろうか。
僕は、グラムゥのステータスを確認することにした。
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名前:魔犬グラムゥ
魔物レベル:10
種族:魔獣
態度:友好
<ステータス>
体力:E
攻撃:F
防御:F
俊敏:E
知力:F
成長性:F
<スキル>
【逃げ足】 LV1
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これは……。
ステータスのほとんどが、最低値のF。
そして唯一のスキルである【逃げ足】もあまり使えなさそうだ。
その効果は、モンスターからの逃走確率が上昇するというもの。
比較対象がいないので、詳しくはわからないのだけれど……。
おそらくこのグラムゥ、従者としては最弱レベルなのではないだろうか。
「……まさか、契約しないなんてこと、ありませんよね?」
なんだか、しおりんさんが怖い。
とりあえず、従者契約はグラムゥと結んでおくことにしよう。
今のところ、従者契約できる動物がこのグラムゥしかいないのだ。
契約しておいて損はないはず。
……別にしおりんさんの無言の圧力に屈したわけではないですよ?
「こういう時は、『善は急げ』というのだムゥ? 早く、グラムゥの額に手をかざすのだムゥ!」
グラムゥが、しおりんさんに抱きしめられたままの姿で、僕のことを急かす。
よく考えたら、すごい羨ましい恰好なんだけど……。
ひとまず、それは置いておこう。
僕は言われた通り、グラムゥの額に右手をかざす。
そして、僕の初めての従者契約が始まった。
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