4.<フリークス>は『精霊王の試練』に挑む

プロローグ 東の果てへの来訪者


 枯れ木、枯れ木、枯れ木……。


 幹と枝だけの寂しいシルエットが、朧げな霧の中に浮かび上がっている。

 静寂と、死が支配する世界。

 幻想的、というには、その光景はあまりに寥寥りょうりょうとしすぎていた。


 この変わり果てた姿からは想像できないかもしれない。

 しかし、その森はかつてこう呼ばれていた。


 ――『精霊の森』と。


 生命の息吹が感じられない、きりかげの森の中に、一陣の風が吹き抜ける。


 その風は、次第に渦を巻き始める。そして――

 今まで何もなかったはずのその真下に、巨大な光の魔法陣が出現したのである。

 光の粒子で描かれたその魔法陣には、古代文字によって膨大な数の刻印が記されていた。


 それは一日や二日で準備できるような代物ではない。入念な準備を必要とする、高位術式のための特別な魔法陣だった。

 

 やがて、魔法陣はまばゆい光を放ち始め――


 そして光が消えた頃には、地面の上には魔法陣で焼け焦げた跡と、一人の少女が横たわっていた。


 尖った耳に、特徴的な白い肌。小柄な体に、まだ幼さを残した顔つき。

 彼女の名前はティトニア。エルフ族の少女である。


「う、うーん……」


 莫大な距離を転移魔法で飛んできた衝撃で、彼女は少しの間気を失っていた。

 しかしすぐに意識を取り戻すと、一年の準備が無駄にならなかったことにホッとしつつ、ぐるりと周りを見回す。


 彼女は今、精霊の森に着いたつもりだった。

 自分以外のエルフ族を探して、外の大陸からはるばる転移魔法でやって来たのだ。

 それも、一年間もかけて。


 しかし彼女が目にしたのは、見渡す限りの枯れ木の森。


「えーっと、ここは精霊の森、だよね……? 気のせいかな、私の目には、エルフの住処というより、お化けとかが出てくるタイプの森にしか見えないんだけど」


「……いや、確かにここは精霊の森のようだ。微かだが、精霊大樹の気配がする」


 渋い男の声であった。しかし少女の周りには、人影は見当たらない。

 男の声は、少女の首元から発せられていた。言葉を発していたのは、少女が身につけていた青いクリスタルの首飾りだったのだ。

 声を発せられる度に、クリスタルは淡い光を放つ。


「近くに精霊大樹があるんだね! それじゃあファウスト、案内してよ!」


 精霊大樹が近くにあるのなら、エルフだっているに違いない。

 やっと初めて自分以外のエルフと会えるんだ。

 ティトニアは、ワクワクしていた。


 ティトニアは、彼女がファウストと呼んだ男の声に従って、霧に包まれた枯れ木の森の中を進んで行く。しかし……。

 進んでも進んでも、精霊大樹どころか、仲間のエルフの姿は見えてこない。


「本当にこっちであってるの?」


 ティトニアは、ファウストに疑いのまなざしを向ける。


「うーむ、こっちで間違いないはずなんだが……」


 ファウストの言葉は、どうにも歯切れが悪い。

 しかし、ほどなくして、霧の奥から巨大な大樹の影が姿を現した。


 精霊大樹――それはエルフ族の命の源である、マナを供給している神聖な木である。世界に二本存在し、こちらは『東の大樹』と呼ばれていた。


 もっと近づくと、精霊大樹の姿がはっきりと見えてくる。

 しかし、そこにあったのは、あるべき姿ではなかった。


「精霊大樹が、枯れちゃってる――!?」


 ティトニアの声が、枯れ木の森にこだました。

 世界に二本しかない精霊大樹。

 エルフ族にマナを供給するはずの精霊大樹が、枯れていたのである。

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