Act.2 宇宙人の女の子は地球を楽しみたい! その2


 ウキウキのクレアを連れて、僕たちが最初に訪れた場所は――


 アパートのすぐ近くにある、何の変哲もないコンビニだった。


「あそこに『コンビニ』があるわ! 行きましょう」


 と、何故かどこにでもあるようなコンビニに興奮気味のクレア。

 ……一体、コンビニの何が珍しいんだろう? 

 まあ、別に彼女が楽しんでくれているのなら、僕はいいんだけれども。

 不思議に思いつつも、手を引かれるままに、僕たちはコンビニに入る。

 彼女はコンビニの中を物珍しそうに眺めながら、しきりに感心していた。


「へー、コンビニの中って、こうなってるんだ。……ふうん、アニメで見るだけじゃ、分からないこともあるのね」


「コンビニがそんなに珍しいものなんですか?」


「うん、うちの星だと、こんな風にお店で物を売り買いしてるところってもう無いから」


 クレアが物珍しげにコンビニを見ていたのは、そういう理由だったのか。

 意外な理由だったけれども、僕はなんとなく感心する。

 お店が無くなるって僕には想像もできないけれど、地球でもそのうちお店が無くなってネットショッピングだけになる時代が来るのだろうか。


「あ、あいすくりーむ……」


 クレアは棚のアイスに釘付けになっている。


「……買います?」


「うん、レジは私が持って行く」


「それじゃあ、はい。これが地球のお金です」


「ありがと。さっそくレジに行くわね!」


 僕が電子クレジットを渡すと、クレアは駆け足でレジに向かう。

 クレアは店での初めての買い物に、いたく感動しているようだった。

 クレアのはしゃぎっぷりに、店員さんも目を丸くしていた。

 ここまで喜んでくれると、僕もなんだか嬉しくなってしまう。


 僕たちはコンビニを出ると、アイスクリームを片手に街を散策する。

 クレアは一口、アイスを口にすると、感動の声を上げた。


「美味しい! 地球人は、コレを毎日食べてるのね……!」


「さすがに毎日は厳しいですけどね。……高いやつですし」


 僕たちが買ったのは、割と高級志向のブランドのものだった。

 味は他と比べても飛び抜けているが、だからといってこれを毎日買うとなると、大学生の財布には少し厳しいものがある。

 確かにこんな暑い夏には、毎日でも食べたいものだけれども……今のところ、これを食べるのは自分へのご褒美か、今日みたいな特別な日ぐらいだ。


「それにしても、急に地球になんか来て、いろいろ大丈夫なんですか?」


「へーきへーき。私たちは労働を全部AIで自動化してるから、こうやって好きに宇宙旅行できるの。複雑なプログラムを扱う分、沢山勉強しなきゃいけないけど……それはどの星でも同じでしょう?」


「な、なるほど……」


 宇宙人の事情はよく分からないけど……なんだか、クレアは思っていたよりスゴい人みたいだ。

 なんだか普段より、10倍ぐらい頭がよく見えるぞ……!


「……地球に降下する前に、危ないものは全部取り除いて来たし。ちゃんと地球に順応してきたから、地球の環境でも問題なし。地球に影響を与えることもないわ」


「そ、そうなんですか……地球に来るのって、難しいんですね」


「そうでもなかったけどね。私も星間旅行は初めてだけど、案外簡単だったし」


 正直、なにを言っているのかチンプンカンプンだったのだが。

 とりあえず分かることは、地球に来るにも手順が必要なことぐらいか。


 ……なんだか、本物の宇宙飛行士みたいだ。


 まあ、確かに彼女も宇宙飛行士には違いないんだけれども。

 それでも。


 ――自分より年下にすら見える、明るく活発な女の子が。

 ――アイスクリーム一つで大はしゃぎする、子供っぽい女の子が。


 一人で宇宙を旅してきたなんて、にわかに信じられなかった。



 ◇



 それから僕たちが訪れたのは、地元のゲームセンターだった。


 僕の住む雨月町には、今も昔ながらの古い町並みが残っているのだが。

 VRゲームが世の中に普及したこのご時世、滅多に見られなくなってしまったゲームセンターも、この町には現役で残っていた。


 不幸にも機械音痴の家系に生まれてしまった僕だけれども、この店には昔からお世話になったものだ。

 今も残っているのはゲーム好きなオーナーの熱意のたまものであり、感謝してもしきれない。……ありがとう、オーナーさん。


 せっかくだし樫宮先輩も呼ぼうと思ったのだが、あいにく先輩は寝てしまったようだ。彗星を見るために夜通し起きていたらしいので、無理に起こすのもかわいそうと思い、そっとしておくことにした。


 ゲーセンの入り口をくぐると、クレアはまるでおとぎの国ワンダーランドに来たみたいにはしゃいでいた。

 そうか、クレアはレトロゲームが大好きなんだっけ。

 だったらこの店は彼女にとって、まさに夢のような場所だろう。


 ゲーセンの中には、様々な種類のアーケードゲームの筐体がずらりと並んでいる。

 そしてその中で、一台のアーケードゲームがクレアの目に留まった。


「ようやく、長年の決着をつける日が来たわね……!」


 視線の先にあったのは、人気対戦格闘ゲームのアーケード版。

 その名も『路地裏バックストリート・オブ・ファイターズ ~鉄拳兄弟ブラザー伝説~』である。


 このタイトルは二人ともやり込んでいるということで、これなら経験による有利不利もなさそうだ。

 僕たちは筐体の前に陣取ると、さっそく真剣勝負が始まった。


 対戦してみて、すぐに分かった。この人……強い。

 お互いのキャラの特性もきちんと理解しているし、瞬発力もスゴイ。また、こっちの動きをよく観察していて、上手く駆け引きしてくる。


「……今までCPU戦しかしてこなかったって、嘘ですよね?」


「それ、褒めてくれてるのよね? まあ、向こうじゃ対戦できる人はいなかったし、これが初めての対人戦ってことになるわね……」


 初の対人戦でこれとは恐ろしい。

 思わぬ強敵の登場に、僕もつい熱くなってしまう。

 そして肝心の勝負は、何とか僕が一つ勝ち越したまま勝負を終えることができたのだが……とても勝った心地がしなかった。


 どうやら、向こうも同じ気持ちらしい。

 

「このままじゃ終われないわね……! 次は現実リアルで決着をつけるわよ!」


 そして向かったのは、パンチングマシーンの筐体の前。

 決められた的に向かってパンチをし、パンチ力を測定するゲームだ。


 なるほど、今までやったことがなかったけれど、確かに面白そうだ。

 実は最近、少し身体を鍛え始めていたのだ。昔の病弱を払拭したいと思ったのがきっかけだったのだが、こんなに早く試す機会が来るとは……!


 まずは僕から、的に向かって全力パンチ!

 点数は、130点だった。


「これって、高いんでしょうか……?」


「よく分からないけど、なかなかやるわね……!」


 やったことがないので、基準が全く分からない。

 しかしとりあえず、雰囲気だけは名勝負的な雰囲気を出しておく。

 次はクレアの番だ。

 

「何かを殴るなんて、いつぶりかしら。ふふ、久しぶりの全力ね……!」


 そう言って、右手を振りかぶった。

 そして次の瞬間、 


 ドゴーン!! と大きな音が、ゲーセンの中を鳴り響いた。


 ……パンチングマシーンの筐体から、煙が上がっている。

 画面に表示されているのは、2700点。文字通りのけた違いである。

 クレア本人も、これには驚いた様子だ。


 つい忘れてしまっていた。

 クレアは根本的に、地球人と体のつくりが違うのだ。

 それも、『ラプラスの庭』のデスペナルティを耐えられるぐらいに。


 すぐにお店の人がやって来た。これはもう、謝るしかない。幸いにも、店のカメラにクレアが普通にパンチしていた姿が映っていたので、見逃してもらえた。

 ……映像を見た店員の顔が青ざめていたのは、気のせいということにしよう。




 それから僕たちは、偶然クレアのパンチで機械が壊れたところを見ていたというボクシングジムのスカウトから必死に逃げていた。


 それにしてもすごい執念だ。「日本ボクシング界の未来が掛かってるんだー」とかなんとか言いながら、必死の形相で追いかけてくるのだ。

 恐ろしくて仕方がなかった。


 ようやく彼を撒いてアパートに戻ることができた頃には、空は夕暮れ模様になっていた。


「今日は楽しかったわ。ありがとね、ナギさん♪」


 アパートの前。夕焼け空の下で、クレアが言う。


「喜んでくれて、なによりです。それで、これからどうするんですか?」


「そうね。一つ、考えがあるんだけど……。もう一度あなたの部屋に行きたいんだけど、いいかしら?」


 帰る前に、なにやら僕の部屋に用があるようだ。すぐに終わる用事らしい。

 忘れ物かな? 僕はドアを開けると、部屋の中に案内する。

 そこでクレアは、カバンの中から何やら機械の球体のようなものを取り出した。


「えーっと、これだっけ。スイッチ、オンっと」


 そして球体はひとりでに宙に浮き上がり、『ポータルの設置可能領域を探索中……』と部屋の中を徘徊し始めたのだ。

 なにか、部屋の中でオーバーテクノロジーを使い始めたんですけど……。


「それって、危険なものじゃないですよね?」


「全然。ただスポットを探してるだけだから。たぶんだけど、そのスマートフォンよりも無害だと思うわ」


 机に置いてある、僕のスマホを指さして言う。

 それ、安物だけど、一応日本製なんですけど……。

 まあ、それほど安全、ということなのだろう。


 そして球体は、使っていない押し入れの中に入っていき……

 やがて音声が聞こえなくなった。


「どうやらうまく繋がったみたいね。一応確かめてみるから、下がっててくれる?」


 そう言って、クレアは僕を制して押し入れの中に入っていく。そして次の瞬間、クレアの姿が消えてしまったのだ!


「く、クレアさん!?」


 突然の出来事に、僕はどうすればいいのか分からなかった。

 しかし僕が立ち尽くしている間に、再びクレアの姿が押し入れの中に戻って来た。

 ひとまず僕はホッとする。


「一体、何が起こったんですか?」


「この部屋の押し入れと、隠してある私の宇宙船を繋げたの。これで、安全に宇宙船から出入りできるわね!」


 それってつまり、いわゆるワープってやつじゃないか。 

 どうやらとんでもないテクノロジーを、僕は目の当たりにしてしまったらしい。

 しかし待てよ、ということは……。


「それって、僕の部屋が玄関代わりに使われるってことじゃ……」


「それじゃあ私は、宇宙船に戻るから。地球にはしばらく滞在するつもりだから、しばらくよろしくね!」


 僕の話は、強引に遮られてしまった。

 そしてクレアはそう言い残すと、押し入れの中に入り、消えてしまった。

 今頃、彼女は宇宙船の中だろう。

 

 ――そしてこの日から、樫宮先輩に加えて、クレアさんにも振り回される日々が始まったのだった。

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