第8話 『不滅の塔』のミネルヴァさま その2


 僕たちは天族の少年に連れられて、『不滅の塔』の螺旋階段を登っていた。

 後ろから見える彼の背中には、白くて小さな翼が生えている。


 人が空を飛ぶためには、かなり大きな翼と強靭な胸筋が必要だと聞いたことがあるけど……まあ、きっと魔法か何かを使って飛んでいる設定なんだろう。


 僕的には、細かい設定よりもゲーム性の方が大事だから、どっちでも気にしないけどね。

 

 そう言えば、この子のステータスをまだ確認していなかったな。

 そう思って僕は目の前の少年のステータスを確認する。


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 名前:ミーシャ

 NPCレベル:5

 種族:天族

 職業:司書見習い

 態度:友好


 HP(体力):100

 MP(魔力): 80

 SP(気力): 10


 STR(筋力): 5

 DEF(防御): 5

 DEX(器用): 8

 AGI(俊敏):15

 INT(知力):16


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 『司書見習い』か。珍しい職業だ。確か初期選択にもなかったはず。


 そしてやはりここは図書館でもあるようだ。階段から見えるそれぞれのフロアでは、立ち並ぶ本棚を前にして、ミーシャと同じような天族の少年たちが何やら作業を行っている。


「へー、ミーシャさん以外にも天族の方がいるんですね」


 しかしミーシャは僕の言葉にビックリした様子だ。


「えっ、ど、どうして僕の名を!? ……あ、そうか! 冒険者さまには『真実を見通す眼』が生まれつき備わっているんでしたよね。さすが冒険者さまですっ」


 ミーシャは一人で感心している。

 しかしなるほど、プレイヤーの鑑定能力はNPCからはそうやって捉えられているのか。そういえば行く先々で冒険者さまと敬われてきたが、こういったことも関係しているのかもしれない。


「みんなミネルヴァさまに仕える司書なんです。僕はまだ、見習いですけど……」


 誰も来ないだろう受付に回されているのも、そんな事情があったわけか。

 納得しつつも、少し不憫な気持ちになる。

 しかしそんな中、クレアは空気を読まずにミーシャの翼に手を伸ばした。


「……コレって本物なのかしら?」


「ひゃあ! やめてくださいっ。そこ、弱いんですぅ」


 翼をクレアにさわさわされて、ミーシャは女の子のような声を出すと、体をくねらせる。


「なにこの可愛すぎる生き物……! 持ち帰りたい……」


 そんなミーシャの姿がよっぽどツボに入ったらしい。クレアは大興奮だ。

 そんなこんなで僕たちはミネルヴァさまのいる塔の最上部に到着したのだが。

 

「ミネルヴァさまー、冒険者さまをお連れしましたー」


 大扉の前で、ミーシャが中にいるミネルヴァさまに声を掛ける。

 すると部屋の中からバタバタと足音が聞こえてくる。

 そして――


 バーン! と扉が開け放たれると、一人の美女が飛び出してきた。


「きゃーもう離さないわよー! 冒険者なんて、何年ぶりー? もう何万年も来てないわよねー!」


「く、苦しい……冒険者さまはあちらです、ミネルヴァさま」


 ミネルヴァさま(?)に抱き着かれて、ミーシャは苦しそうにしていたが。

 ミーシャの言葉に、「え、そうなの?」とようやく彼は解放された。


「えー、えへん。わたくしは『不滅の塔』の主、女神のミネルヴァです」


 金髪ブロンドの、眼鏡を掛けたいかにも聡明そうな見た目である。

 しかし、見た目に反して相当はっちゃけた性格をしているようだ。

 ひらひらとした布を纏わせ、いかにも女神というような服装をしている。


「は、はあ。こちらは冒険者のナギです」


「同じく冒険者の、クレア・ライトロードよ」


「我が名はカシミールⅢ世サードやみの世界に君臨する高貴なる魔人だ。……そしてこやつはしおりん。無口だが頼れる奴だ」


「…………」


 各々が自己紹介をする中で、一人だけ無言を貫いていたけれども……ひとまずキャラクターは伝わったようで良しとしよう。


「へー、なんだか逸材揃いって感じですね~。それでは立ち話もなんですから、どうぞ中へお入りください♡」


 ……。

 先輩の自己紹介をさらっと流せる当たり、かなりの大物感である。

 僕たちは案内される通り、ミネルヴァさまの部屋へ入室した。

 

 円形の室内は、見渡す限りの壁一面、本が敷き詰められていた。そして天井からぶら下げられた水晶球には、階下の室内の様子が映し出されている。

 

「それでは、こちらにどうぞ♡」


 僕たちは、部屋の真ん中に置かれている円卓の椅子を勧められた。

 僕たちは各々、好きな席につく。

 それにしてもこの人、なかなかにテンションが高い。もしかしたら、久しぶりの来訪者にテンションが上がっているのかもしれないな。


「それでは……どこからお話ししましょうか?」


 ミネルヴァさまが、そう口にした瞬間。


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A.この世界のこと

B.ミネルヴァさまについて

C.物語について聞きたい

D.ミネルヴァさまは彼氏がいますか?


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 謎の選択肢が現れた。


 このゲーム、選択肢もあるのか。

 いや、今まで欠片も姿を見なかったのだ。もしかしたらこの人がシステムに干渉して作り出したのかもしれない。


「どうする? 四つあるけど」


「……四番目は論外として、無難にAからがいいんじゃないでしょうか」


 クレアさんの言葉に、僕は自分の意見を答える。

 樫宮先輩としおりんさんも同意してくれた。


「それじゃあ、この世界について教えてください」


「Aを選びましたか~。あなたの性格は真面目ですね~。もしかして血液型はA型?」


「…………」


「冗談ですよ~♡ この世界のことですね~。わかりました!」


 ……もしかしなくても、この人、かなりの曲者では?

 この人の言うことは、真に受けない方がいいかも知れない。


「ん~、ここだったかな? あった!」


 ミネルヴァさまは背後の引き出しに手を伸ばすと、一枚の紙を取り出した。

 それは地図だった。それも地球の世界地図とほぼそっくりな。


「これがこの世界そのものです。私たちがいるのは……ここかな?」


 そう言って指さしたのは、おそらく日本列島に相当する場所だろう。大きな大陸の右にある、小さな島の連なりだった。

 

「ほう、やはりこの世界は現実の地球と同じ位置関係を持っているようだな」


 樫宮先輩の言う通り、地形的な位置関係は大体が現実に即したものとなっているようだ。地球をロケ地としただけはある。


「あとは……冒険者にはこの世界の調和を守る役割があって、冒険者がいなくなったこの世界は調和を失って崩壊したってことぐらいですかね~」


 ……というわけで、「この世界のこと」について聞き終わり、次の質問に移ることになった。



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B.ミネルヴァさまについて

C.物語について聞きたい

D.ミネルヴァさまは彼氏がいますか?


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 本題は最後に持ってくるとして、次はBについて訊ねてみるか。


「えーっと、次は……ミネルヴァさまについて聞かせてもらえますか?」


「いいですよ~? わたくしはこの世界が生まれてからずっと、この塔で世界のありようを観察してきました。昔のことはだいぶ忘れちゃいましたけどね~」


 そう言って、ミネルヴァさまは笑う。


「……この塔を出たことは無いんですか?」


「ないですね~。まあ、好きでここにいるので、気にしてませんけどね~。この『世界水晶』があれば、世界のどこでも見ることができますし~」


 『世界水晶』とは、天井からぶら下がっている水晶のことのようだ。

 今は『不滅の塔』の各フロアの様子が映っているが、世界中を見ることができるらしい。

 でも、塔から出たことはないというのは少しかわいそうな気がする。本人はあまり気にしていないみたいだけれども。


「それじゃあ、次の質問をお願いしますね~」


 

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C.物語について聞きたい

D.ミネルヴァさまは彼氏がいますか?


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「それじゃあ、Cで」


 即決だった。

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