第7話 『不滅の塔』のミネルヴァさま その1


 霧も晴れ、僕としおりんさんは無事キャンプに戻ることができた。


 今朝はいろいろあったけど……とにかく無事に戻ってこれたので良しとしよう。

 しおりんさんとも、少しは打ち解けられた気もするし。

 そんなしおりんさんは、僕の渡した『報復Z刀ほうふく・ぜっとう』を眺めながら、時折「えへへ」と笑みをこぼしている。

 よっぽどの刀好きなんだろう。そう言えば職業も忍者だし、和風趣味があるのかもしれない。


 僕たちがテントの前で樫宮先輩とクレアを待っていると、程なくして二人もすぐにテントから姿を現す。


 樫宮先輩はまだ寝ぼけ眼の様子で、「ふわぁ~。眠い……」と欠伸を噛み殺している。僕たちを見つけると、眠そうに声を掛けてくれた。


「む、もう来ていたのか。早起きだな二人とも。我はやみの世界の住人ゆえ、光満ちる世界に体を慣らすのに少々の時間が掛かる。こればかりは、お主らが羨ましいものだな……」


 ……その割にきっちりキャラを守っているあたり、やはり先輩は筋金入りのロールプレイヤーである。


「おはよー、ってあれ? 私が最後?」


 樫宮先輩に続いて、クレアもテントから出てきた。 


 僕たちはみんなでテントを片付けることにする。

 しかし……毎回テントは自分たちの手で片付けなければならないのか。

 最初は新鮮で楽しかったけれど、毎回となると大変かもしれない。

 キャンプアイテムは全てクリスタルに収納し、出発の準備が終わった。


「さて、そろそろ行きましょうか」


 そして、僕たちは『不滅の塔』へ向けて出発した。



 ◇



 足元には砂と石。そして、かつてそこには村があったのだろう、石造りの建物の基礎の部分だけが遺されていた。


 森を抜けて開けた場所に出ると、モンスターの様相も一変した。

 目の前にいるのは三匹のオーク。

 MOBモンスターとしては初めてとなるDランクのモンスターである。

 豚のような顔をした、人型の醜い怪物である。右手にはゴツゴツとした棍棒を持っており、僕たちを見ると、鼻息を荒くして襲い掛かって来た。


「フゴォォォ!!」


 よだれを垂らしながら、一心不乱に棍棒を振り回してくる。うう、汚い。

 前衛で戦うのは僕ばかりで、同じく前衛のしおりんさんはといえば、気配を隠して背後からの一撃を狙っている。


 ……早く倒してしまおう。僕は『吸魔の尻尾サキュバス・テイル』を握る手を強める。

 このオークはおそらく雄だろう。だったら、『吸魔の尻尾サキュバス・テイル』の男性特攻効果が発揮されるはず。気休め程度だけど、ないよりはマシだ。


 そう言えば、オークには雄しかいないなんて説もあるけど……このゲームだと、どういう扱いなのだろうか。僕は別に雌がいたっていいと思うけど。


「フガァ!!」


 オークの一撃。樫宮先輩のスケルトンが、一匹遺骨になってしまった。

 序盤に出現するモンスターではあるが、火力は相当のものだ。


「――月影斬げつえいざん!」


 白銀の煌めきがオークを襲った。続けてしおりんさんが、もう一匹のオークに斬りかかる。


 ……なんというか、今日のしおりんさんは生き生きしているような。

 水を得た魚ならぬ、刀を得たしおりん状態である。

 そして、あっという間にオークは駆逐されてしまった。


「む、あの刀……我が半身よ、あれは元々お主のものではなかったか?」


 戦いが終わり、樫宮先輩が僕に訊ねて来た。

 しおりんさんを横目に、何やら訝しんだ様子である。


「あ、はい。でも、しおりんさんの方が上手く使えるだろうと思って、思い切ってあげちゃいました」


「ふうん。……もしや、しおりんと何かあったのではなかろうな?」


 ぎく。これは、完全に怪しまれてしまったようだ。


「な、何でもないですよ!」


 ジト目。僕は慌てて取り繕ったが、あまり信用していない様子だ。


「まあ、今回は見逃してやるとするが。……我を除け者にすると、後が怖いぞ?」


 先輩は笑っている。笑ってはいるが――目が少し怖い。これは、マジな目だ。

 こんな状況に、僕は「あはは……」と愛想笑いする以外なかったのだった。




 そして荒れ野をしばらく進むと、遠くに灰色の柱のようなものが見えてきた。

 クレアが真っ先に指さして言う。


「ねえ、もしかしてアレじゃない? 『不滅の塔』だっけ」


 コクリ、としおりんさんが頷く。

 なるほど、あれが……。遠目から見ても、高さは相当なもののように見える。

 石造りの塔で、どうやら巨大な筒状の形をしているようだ。


 塔に向かって歩きながら、僕はしばらく塔を観察していたのだが。


「あれは……」

 

 思わぬものを見つけて、思わず呟く。

 塔の後ろの空に、影がちらり見えたのだ。それは人の形をしていた。

 まさか、モンスターなのか!?

 どうやら、人影は塔に向かって飛んでいるようだ。

 そして塔の近くに降り立つと、入り口の門から中に入っていった。

 

「む、怪しいな。あれは天族か? 我らやみの種族の天敵ではないか。……これは少し調べる必要があるな」


 そして僕たちは塔の近くの物陰で、ひっそりと様子を窺う。

 しかし、何の動きもない。


「……ならば、ここはスケルトンで様子を見るとしよう」


 樫宮先輩がスケルトンを一匹召喚する。

 先輩の命令を受け、スケルトンは武器も持たずに塔の中に入っていった。

 ……しばらくして。


「うわあああ! な、なんでここにスケルトンが!? ああもう、あっち行ってってば!」


 少年の声だ。姿から判断すると、おそらく先ほど中に入っていった天族だろう。

 手に持った箒を振り回して、スケルトンを追い払おうとする。

 一方のスケルトンはなされるがまま。


「あれ、どう見ても素人よね……」


「ああ、警戒する必要もなさそうだ」


 樫宮先輩は帰還の命令を出し、素早く撤退させた。


「はあ……。怖かったあ。まさかスケルトンが入ってくるなんて。『不滅の塔』は魔避けの結界が張られているはず、なのになあ」


 そう言って、少年は再び塔の中に入っていった。


「うむ、中には戦闘力は無さそうな小童が一人。これなら入っても問題なかろう」


 樫宮先輩が、そう結論付ける。

 ……それにしても、さっきの少年は少しかわいそうだったな。

 けど、こっちも命がけなんだし、仕方ないはず。

 そう自分を騙しつつ、僕たちも塔の中へ入っていった。


「やっぱり、ダンジョンって感じはしないわね」


 塔の中は、壁に掛けられた魔法の灯籠マジック・ランタンの明かりで照らされていた。

 石畳の床は綺麗に掃除されていて、土ぼこりも溜まっていない。

 やはり、ここは何か特別な場所なのだろうか。


 僕たちの正面に、受付のようなものが見えた。

 どうやら一階は、ロビーのような場所になっているようだ。

 受付には、先ほどの少年が一人立っている。

 短く揃った金髪に、端正に整った顔立ち。白い半袖の服を着たその少年は、僕たちの姿を見るなり声を掛けてきた。


「ようこそ『不滅の塔』へ! もしかして、冒険者さまですか?」


「いかにも。我らは用あってここに来た。貴様ら天界の者どもを頼るのはちと癪だがな……」


 少年の問いに、樫宮先輩が答える。

 先ほどのスケルトンをけしかけて驚かせた張本人なのだけれども……しかしそうとは知らず、少年は喜んでいる様子だった。


「本当ですか! 僕、冒険者さまは初めてなんです。でも、本当に来るんだ……」


 例によって、先輩のロールプレイは見事にスルー。

 この少年はなにやらしみじみとした様子である。

 やはりここは冒険者(プレイヤー)が訪れるための場所らしい。

 とすると、ここは何をする場所なのだろうか?


「すみません、『不滅の塔』って一体何なんですか?」


 僕は根本的な疑問を訊ねる。すると、少年は誇らしげに答えてくれた。


「『不滅の塔』は、この世界の知識を永久とわに保管しておく場所なんです。『知識は不滅でなければならない』とミネルヴァさまが仰っていました」


 ミネルヴァさま? また新しい人物が出てきたな。

 しかし一応、『不滅の塔』についてはどんな場所であるかは大体把握できた。

 要するに図書館や資料室のようなものだろう。もしかしたらゲーム内設定なども見られるのかもしれない。


「知識か……それなら、メインシナリオについて何か知っていますか?」


 僕の質問に、少年は一瞬考え込む。


「メインシナリオですか……? ああ、物語をご希望なんですね。ミネルヴァさまなら、あなた方の物語を占って差し上げられると思います」


 ――ビンゴだ。やはりこの施設は、メインシナリオを始めるキーポイントだったらしい。僕たちは俄然色めき立った。


「そう言うことなら、僕がミネルヴァさまの元へ案内しますね」 


 そう言って少年は受付を離れると、奥の階段へ僕たちを案内する。

 ここまできたら、ついて行くしかないだろう。ミネルヴァさまとやらに、物語を占ってもらわなければならない。


 そうして僕たちは、『不滅の塔』の奥へ進んで行くのだった。

 

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