第9話 そして物語の歯車は動き始める
「物語ですか、久しぶりですね~♡ ふふ、わたくしは今まで、数えきれない数の、それこそ星の数ほどの冒険者を導いて来たんですよ~、すごいでしょ~?」
ミネルヴァさまは、嬉しそうに言う。
よっぽど冒険者のことを恋しがっていたのだろう。たしか、冒険者は何万年ぶりって言っていたっけ。それならばこの舞上がりようも納得かもしれない。
「ふっ、ようやくメインシナリオの話か。我は待ちくたびれるところだったぞ」
樫宮先輩も言っている。
そう、これからが本題なのだ。『ラプラスの庭』のメインシナリオ。それこそが僕たちが『不滅の塔』に来た目的なのだから。
僕たちは、ミネルヴァさまを囲んで、彼女の言葉を待つ。
「あなた方冒険者は、それぞれ千差万別の運命を背負ってこの世界にやってくるんです。知ってました~? わたくしはその運命をちょっぴり覗いて、あなた方に相応しい物語を占うことができるんです~」
「え? それって、冒険者それぞれに違ったメインシナリオがあるってこと?」
クレアは驚く。僕も内心驚いていた。
確かに、ミネルヴァさまの話はそう聞こえる。しかしそうなると、少し厄介な話になりそうだが……。
ミネルヴァさまは、そんなクレアの疑問に対して肯定する。
「そう言うことになりますね~。例えばこっちのナギちゃん、あなたは『英雄の星』に生まれているみたいですよ~」
そしてミネルヴァさまは、冒険者の運命について説明を始めた。
冒険者の運命には、それぞれ名前がついているらしい。
僕の場合、『英雄の星』の運命だそうだ。
英雄か……なんだか物語の主人公みたいで、かっこいい響きがする。
それぞれの運命に、それに応じた特典があったりするんだろうな。『英雄の星』ってレアなんだろうか。色々想像が捗るようで、なんだかワクワクする。
ミネルヴァさまは、なおも説明を続ける。
「『英雄の星』。それは、生まれついての幸運の持ち主。しかしその代わりに、行く先々で数々の試練が待ち受けています。でもそれを乗り越えた先には、栄光が待っているんですよ~♡」
おお、確かに英雄っぽい。
「金銀財宝を手に入れちゃったりして~。そして特に、美女に恵まれるんですよね~。例えば、わたくしとか♡」
……。
しかし、幸運の持ち主か。おそらく、運のステータスに上方補正が掛かっているんだろうな。ステータス画面には載っていなかったから、隠しステータスかな。
「む、無視しないで~。……あとは、おまけですけど~、パーティ単位で占うこともできますよ?」
「それじゃあ、パーティでお願いします。……それでいいですよね?」
「ああ、我に異論はない」
「そうね。私も」
「…………(こくりと頷く)」
ミネルヴァさまの提案に、僕たちは乗ることにした。
流石にメンバーそれぞれが別のメインシナリオを進めるというのはややこしすぎるし、危険でもある。同じにできるならば、それに越したことはないハズ。
「はい、分かりました~。あなた方に相応しい物語を占って差し上げますね?」
そう言って、ミネルヴァさまは頭上の世界水晶の一つを円卓の上に降ろす。
どうやら、これを使って物語を占うらしい。
水晶を使うなんて、比喩じゃなく本格的に占いなんだ。
「ふふ、腕が鳴りますね~♡ えいっ」
ミネルヴァさまは、人差し指で世界水晶をつつく。
すると、透明だった世界水晶に、雲のようなものが映り始めた。
……まだ水晶は曇っているけど、大丈夫なんだろうか。
「うーむ、見えます。見えますよ~。『精霊の森』、『黄金の指環』、奥に見えるのは『剣』かな~?」
しかし、僕たちには雲しか見えないけれども、ミネルヴァさまには他のものも見えているらしい。水晶に手をかざしながら、そのイメージを解読していく。
「……ふむふむ、なるほど~。ここから導き出される、あなた方の物語は~?」
もったいぶる。
「じゃじゃーん!
「『精霊王の試練』……」
物語には、ちゃんとタイトルもついているのか。
ここはなんか、きちんとゲームをしているって感じがする。
それにしても、『精霊王の試練』か……。なんとなく、物語の始まりって言う感じのタイトルだ。ここから壮大なストーリーが始まるのかもしれない。
ただ気がかりなのは、この世界は崩壊しているということ。ストーリー進行に支障がないといいけど……。
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D.ミネルヴァさまは彼氏がいますか?
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……。
「もう一つ、残ってますよ~♡」
ミネルヴァさまはニコニコと、満面の笑みでこっちを見つめている。
……そんな笑顔で見つめられても困るんだけど。
「そうですね、皆さん他に聞きたいことってあります?」
「そうだな、我の運命とやらが少し気になるな」
「そうね、私も聞いてみたいわ」
「…………(こくり)」
「うえーん、また無視された~」
一同全員にスルーされ、涙目のミネルヴァさま。
それでも一応、『不滅の塔』の主としての仕事はきちんと全うするらしい。
その後、僕たちは樫宮先輩が『覇王の星』、しおりんが『忠義の星』、そしてクレアが『正義の星』に生まれたということを教えてもらった。
「ちなみにわたくし、ボーイフレンドはいませんので~。真剣交際してくれる方、募集中です~♡ 女の子も大歓迎ですよ~♡」
結局、言うんだ。
とりあえず、メインシナリオについての手掛かりは手に入れた。
『精霊王の試練』、それが僕たちに運命づけられた物語だ。
おそらくこれが、『ラプラスの庭』の攻略の第一歩になるだろう。
そして僕たちは、ミネルヴァさまの書斎を後にしたのだった。
………………
…………
……
――そして、ナギたちがミネルヴァの書斎を去った後。
女神ミネルヴァは、書斎で一人、本をめくっていた。
「それにしても『精霊王の試練』ですか~、珍しいですね~。えーっと、どこだったかしら~? 何ページかな? あ、一番前でしたね~」
それは物語の目録だった。
『ラプラスの庭』、その全てのシナリオが記されている魔法の書である。
そこには当然、『精霊王の試練』も登録されているのだが――
そこには、こう記されていた。
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◇
時はさかのぼり、<辺境都市アステロ>。
ドワーフが手掛けたバラック小屋の前で、一人のエルフの男が立っていた。
ぼろ衣のようなマントを体に巻き付け、みすぼらしい恰好をしている。
「そういやお前さん、冒険者サマと話してたけど、知り合いなのかい?」
そう言って気さくに訊ねたのは、ドワーフのウィルドだ。右手には金槌を持ち、自分の手掛けた小屋を見上げている。
しかし、エルフの男は首を横に振った。
「そうかい、俺はてっきり知り合いかと思ったんだが。……まあ、これから仲良くなりゃあいい話だ! それじゃあ、これからもよろしくな!」
そう言って、肩をポンポンと叩く。そして、次の仕事があるのか、ウィルドは帰って行った。
エルフの男は、一人小屋の中へ入る。
「そうか、彼は冒険者だったのか。……冒険者、忌々しい響きだ」
そう呟いて、部屋の真ん中に腰を下ろした。
彼の体は、震えていた。
冒険者。彼らのおかげで、私は死すら許されないのだ。
飢えることはなかった。私には力があったから。しかし――
我が身に打ちつける雨風と孤独。それが私の心を抉り続けた。
もはや私の同族は、一人も残っていない。私一人になってしまった。
誰もいない部屋の真ん中で、エルフの男は一人横になる。
――精霊王アルベル、それが彼の名前だった。
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名前:精霊王アルベル
NPCレベル:90
種族:エルフ
職業:精霊王
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