第4話 いざ『不滅の塔』へ!


 ――そして翌日。僕は再び『ラプラスの庭』の世界を訪れていた。


 例によって今日も僕が一番乗りだったようで、散歩がてら同業者組合プレイヤーズギルドの外に出てみたのだが……なにやら街の様子がおかしい。

 <辺境都市アステロ>の街に、まばらではあったが人通りができていたのだ。


 ……おかしい、おかしいぞ。昨日までは誰もいなかったはずなのに。

 一体、この街に何があったんだろうか? ……すごく気になる。

 とりあえず僕は、近くにいた男に声を掛けることにした。


 その男はぼろ衣を体に巻き付け、流れ者の放浪者のようだった。

 尖った耳に、ローブの下に見える金髪の髪。やつれてはいるが整った顔立ちと、薄汚れてはいるが白い肌。

 推測ではあるが――おそらく彼はエルフ族だろう。

 どうやら彼は<ドワーフ『ウィルド』の鍛冶工房>の方に向かっているらしい。


「君も噂を聞きつけてここに来たのかい……? 私も雨露凌げる家が欲しくてね……。ここに来ればドワーフがあばら家を見繕ってくれるって聞いたんだ」


 『アルベル』と名乗ったその男は、僕にそう教えてくれた。

 この人、やつれているどころか、だいぶ表情が曇っているけど……。

 大丈夫なのだろうか。少し心配になってくる。


 しかし、彼の言うドワーフとは、たぶんウィルドさんのことだろうか。

 ということは、彼が何かをやっているのかもしれない。

 気になったので、僕は彼とともにウィルドさんのいる工房に向かうことにした。


 

 ◇



「何が、どうしてこうなった……?」


 僕たちは、<ドワーフ『ウィルド』の鍛冶工房>前の通りに来ていた。

 しかし――そこにあったのは、昨日までの<辺境都市アステロ>の姿ではなかったのである。


 <辺境都市アステロ>の廃墟の一角に、中華街ならぬ即席のドワーフ街ができていたのだ。

 そしてその周辺に、囲むようにバラック小屋がぽつぽつと出来上がっている。


「よう冒険者サマ! ん? どうしたんでい、そんな豆鉄砲を喰らった顔をして」


「どうしたもこうしたもないですよ! 一体何があったんですか?」


 ウィルドさんはいたって平然としている。

 しかし僕としてみたら、一日いない間に即席の街ができていたのだ。驚くのも当然である。今もドワーフたちが周りにバラック小屋を建てている。

 一体、このドワーフたちはどこから来たんだ……?


「おうウィルド、こいつが噂の冒険者サマってやつかい? ……へえ、結構いい男してるじゃないか」


 後ろから、ドワーフのおばさん(?)が声を掛けてきた。

 ウィルドさんに負けず劣らず、いいガタイをしている。


「こいつは俺の姉貴さ。親戚をみんな呼んだんだ。……もともとここは俺たちの故郷だからな」


 なるほど。今周りで働いているドワーフたちは、みんなウィルドさんの親戚だったわけだ。……それならまあ、納得できないこともない。

 ウィルドさんのお姉さんは、僕に自己紹介をしてくれた。


「私はドワーフのレヴィ。ウィルドから話は聞いてるよ。この街をモンスターから解放してくれたんだって? あんたらには感謝してもしきれないねぇ。……それはそれとして、ウィルド、あんた私のことを『こいつ』って呼ばなかったかい?」


「あ、つい……」


 ウィルドさんは、しまったというような顔。「こいつとはなんだい!」そう言ってレヴィはウィルドに対してヘッドロックをかましてしまう。


「か、勘弁してくれよう」


「あんたが反省するまで、このまま続くよ! いいかい、『ごめんなさい』だ。もうしませんと謝りな!」


「ごめんなさい、姉ちゃん! もう『こいつ』とか言わないからよう、許してくれえ!」


 微笑ましいというか、バイオレンスというか。

 目の前で繰り広げられる光景を目の当たりにして、僕は「あはははは……」と愛想笑いをするほかなかったのだった。



 一方その頃、同業者組合プレイヤーズギルドでは――


「『復興が進むごとに人が勝手に集まってくる』設定は解除したはずなのに、どうして街が勝手に復興しているのですか……? うう、やっぱり私が勝手に弄っちゃいけない設定だったのです……」


 エントランスホールでサクヤが一人、頭を抱えていたのだった。



 ◇



「…………」


「しおりんさんって、『ラプラスの庭』の方でも無口なキャラなんですね」


 ギロリ。睨まれてしまった。


 僕たちは、しおりんを加えて4人で、これからの作戦会議をしていた。

 場所は、同業者組合プレイヤーズギルドのエントランスホール。そこで4人で輪になって話し合いをしていたのだが……。

 紫音さん、もといしおりんは、そこでも無言を貫いていたのである。


 さらさらとした銀色の髪。くのいちだからかやや露出度高めのシノビ装束に身を包み、口元は黒のマスクで隠されている。

  

「ふむ、やはり怪しいのは『不滅の塔』だな……。しおりん、お主はどう思う?」


 樫宮先輩の言葉に、しおりんはコクコクと頷く。

 先輩に対しては、しおりんも従順のようだ。

 彼女と先輩の関係については、僕はよく知らないのだけれど、とりあえずしおりんの方は先輩のことを大切に思っていることだけは何となくわかった気がする。


「うむ、やはりお主もそう思うか! しかし問題なのは、その距離だな……。おそらく1度、キャンプを挟まねばならぬだろう」


 『ラプラスの庭』では、一度ログアウトすると、次のログイン時はリスポーン地点として設定した都市に転送される仕様らしい。

 しかし街の外にキャンプを張った場合、再びログインしたときもそのキャンプで再開することができるのだ。

 一応キャンプアイテムはあらかじめウィルドさんに頼んであったので、そろそろ完成する頃合いだろう。


「へえ、キャンプかぁ……。そう言えば私、地球のアニメで女の子たちがキャンプするアニメを見たことあるわ! ……ふふ、なんだか楽しみね」


 クレアはキャンプと聞いて何やらワクワクしている様子。

 しかし樫宮先輩は冷めた口調で、


「ゲームなのだから、テント張ったらすぐにログアウトじゃダメなのか?」


「そんなのダメよ! せめてBBQバーベキューだけでもやらないと、キャンプとは認められないわ!」


「別に貴様に認めてもらう必要はないのだが……」


 しかしその後も、クレアは一人盛り上がっている様子。


「コボルトって、確か肉をドロップしなかったっけ。ううっ、コボルトの肉……本当は牛が食べたいのだけど、うん、きっとコボルトの肉も美味しいはずよね!」


 クレアの中では、BBQバーベキューをするのは既に決定事項らしい。


 ……しかし、コボルトの肉か。たしか、このゲームではコボルトは二足歩行するオオカミみたいなモンスターだったはず。コボルトからドロップする肉って、固くて美味しくなさそうな気がするのだけれど……。


 これだけ盛り上がっているのなら、黙っておいた方がいいのかもしれない。

 夢を壊すのも良くないし、もしかしたら万が一があって、本当に美味しい可能性もなくはないから……。本当に万が一だけど。




 そして、僕たちはウィルドさんに頼んでおいたキャンプアイテムを受け取ると、『不滅の塔』へ向かって出発した。

 『ラプラスの庭』での、<辺境都市アステロ>を離れての初めての遠征となる。


 『不滅の塔』には、一体何があるのか。それを確かめるために、僕たち一行は<辺境都市アステロ>を離れ、南へと進路を進むのであった。


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