第3話 <悠久なる列島 イースティティア>と『不滅の塔』


 喫茶店で向かい合いながら、僕は紫音さんの話を聞いていたのだが――

 僕は少し居心地の悪さを感じていた。


 とにかく、紫音さんのメイド服姿は目立ちすぎるのである。


 メイド姿が物珍しいというだけではない。

 紫音さんは、それはもうとんでもない美少女なのだ。

 スタイルもいいし、そしてメイド服が聡明そうな雰囲気を引き立てている。


 周りの席の客も、じろじろこっちを見ているような気がする。

 紫音さんが言うには、彼女はメイドの仕事の休憩時間を見計らって、わざわざ樫宮家のお屋敷を抜け出してここに来たのだそうだ。

 それなら確かに仕方ない。仕方ないけどもさ……!


 お客さんが少ない時間帯でよかった。そうじゃなければ僕は今頃、針のむしろで死んでいたかもしれない……。


 とりあえず、『ラプラスの庭』の話に戻そう。

 まず紫音さんが話してくれたのは、プレイヤーの初期地点のことだった。

 プレイヤーが『ラプラスの庭』を初めてログインした際に配置される場所であるが、どうやらそれが1種類ではないらしい。


「<悠久なる列島 イースティティア>。それが今、私たちがいる領域エリアの名前です。他にも領域が存在するようですが、距離や地形的に分断されていて、今のところ別の領域へ行き来できる手段は見つかっていません」


 彼女らによって現在確認されている領域は三つ。


 <悠久なる列島 イースティティア>

 <永久凍結地帯 ノウザンダー>

 <ソウルザード帝国跡地>


 プレイヤーはゲーム開始時にこれらの領域の中から一つを無作為に振り分けられ、初期地点としてスタートするという。プレイヤーは初期地点を選択できず、アカウントの再取得もできないらしい。

 彼女たちのチームは、各プレイヤーが別々の領域に飛ばされたせいで、単独行動ソロプレイを強いられているのだそうだ。

 ……ということは、僕は当たり前のように先輩とプレイできている訳だけれども、これはかなり運がよかったケースだったということか。

 こればかりは神に感謝してもしきれない。ありがとう、神サマ。


 ……でも待てよ? だとしたら、メインシナリオの扱いはどうなるのだろうか。


「あの、紫音さん。メインシナリオについて何かご存じですか?」


「メインシナリオですか? 領域ごとに存在すると聞いていますが……あまり話の腰を折らないでもらえますか?」


「す、すみません」


 怒られてしまった。

 紫音さんが話しているときは、あまり口を挟まない方がいいのかもしれないな。


 その後、紫音さんは<悠久なる列島 イースティティア>を探索した結果をまとめたメモを見せてくれた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



①<辺境都市アステロ>の周辺について。


 [主な出現モンスター:ゴブリン、スケルトン、コボルトなど]


 周囲を森林地帯に囲まれており、廃墟が点在しています。

 廃墟はほとんどがダンジョン化しています。ボスもいました。

 ダンジョンの外は、弱いモンスターばかりが出現するみたいです。



 ②<辺境都市アステロ>の北方方面について。


 [主な出現モンスター:ゴブリン、ハーピー、ガーゴイルなど]


 危険地帯です。森と山々が広がっています。

 進んで行くごとにモンスターが強くなっていきました。飛竜を確認。



 ③<辺境都市アステロ>の東西方面について。


 [主な出現モンスター:ゴブリン、スケルトン、コボルトなど]


 アステロの周辺の延長的なマップで、特筆すべき点はありませんでした。



 ④<辺境都市アステロ>の南方方面について。


 [主な出現モンスター:ゴブリン、マンイーター、オークなど]


 おそらく、こちらが正規ルートだと思います。

 アステロの周辺より、やや強めのモンスターが出現します。

 しばらく進むと、巨大な塔が見えました。

 『不滅の塔』という名前で、人族ひとぞくのコミュニティが成立しているようです。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 メモを見て、僕が一番気になったのは、『④<辺境都市アステロ>の南方方面について』に書かれている『不滅の塔』の記述だった。


 コミュニティが成立している? 何か怪しい。この世界は文明が崩壊しており、現にほかの都市は廃墟と化し、モンスターの巣窟と化しているのだ。

 そして、『不滅の塔』という名前。


 もしかして――ゲームのシステム上、守られている場所なのでは?

 

「……それでは、そろそろそちらの情報を聞かせてもらいましょうか」

 

 紫音さんが、そう言って僕に促した。

 紫音さんサイドの情報は、これで全部らしい。

 しかし、役に立つ情報ばかりだった。これからの攻略がぐっと楽になるだろう。


 今度は、こちらが情報を開示する番だ。

 しかし宇宙人が云々という話を、果たして信じてもらえるのだろうか?

 頭のおかしい人とか思われたりするかも……。


 しかし、正直に話すほかないだろう。

 もしかしたら、これから顔を合わせるたびに、かわいそうな人を見るような目で見られるかもしれないけれど……。


 僕は覚悟を決め、語り始めたのだった。



 ◇ 



「な、なるほど。『ラプラスの庭』は、宇宙人が作ったゲームだったんですね! それなら色々納得できます。しかし、本当に宇宙人が実在していたとは……。これは驚きですね……!」

 

 紫音さんは驚くほどあっさり信じてくれた。

 少年のように目を輝かせながら、紫音さんは僕の話に耳を傾けてくれていた。

 ……もしかしたら、紫音さんは見た目ほど堅い人じゃないのかもしれない。


「それにしても、メインシナリオのクリア報酬が『デスペナルティの撤廃』だったなんて……これは、本腰を入れて攻略しないと」

 

 そして、紫音さんはパッとこちらの方を向いて言う。


「次回からは、私もパーティに参加します。くれぐれも、このことはお嬢様には内密に。破ったら……分かりますよね?」


 紫音さんの言葉に、僕はコクコクと頷くしかなかった。


「それでは、これでお開きとしましょうか。会計はワリカンでいいですよね?」


 あ、ワリカンなんだ。

 紫音さんが倍ぐらい食べてたような気がするけど……。

 後が怖いので、ここは従っておいた方がいいのかもしれない。


「えーっと、それで大丈夫です。……今日はありがとうございました」


 会計を済ませると、二人で外へ。

 そして、僕たちは喫茶店の前で別れの挨拶を交わした。


「それでは、次は『ラプラスの庭』でお会いしましょう」


 そう言って、紫音さんは優雅に一礼。

 そしてすぐに樫宮家のお屋敷へ帰って行った。


 彼女の後姿を見送って、僕はようやく肩の荷が下りたように感じた。


「……はあ、疲れた」


 別に紫音さんが悪い訳じゃないんだけど……いや、そんなことはないか。紫音さんの天然Sっぷりもたぶんに影響している気がするし。


 とにかく、今日はどっと疲れてしまった。

 今日は、帰って休むことにしよう。うん、それがいい。

 

 そうして僕は、一仕事終えた達成感と、少しどころではない精神的な疲労を抱えながら――ひとり家路へとつくのだった。



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