第2話 メイドさんは忍者?


 『ラプラスの庭』――その一言が出た瞬間、晩餐室に緊張が走った。


 この『群龍戦団』のフェイという少年は、『ラプラスの庭』が実在していることを知っている。それどころか、僕たちが『ラプラスの庭』をプレイしていることさえ把握しているらしい。


 ……もしかして、ストーカーだろうか。いや、そんな訳ないか。


「あれ、驚いちゃいました? 何を隠そう、この僕も『ラプラスの庭』をプレイしているプレイヤーの一人なんです」


 フェイは、事もなげにそう言った。

 なるほど。僕たち以外の人間が『ラプラスの庭』をプレイしていることは、予想していたことではあったけれども――実際に、こんな年端もいかないであろう少年ゲーマーもプレイしていたとは。正直驚きである。

 隣にいたクレアも、意外そうにしていた。


 しかし――たった一人、奥に座る樫宮先輩(カシミールⅡ世)だけは一切の表情を表に出さず、ただ相手を値踏みするような視線で見つめていた。


「ほう、それで『ラプラスの庭』のプレイヤー同士、情報交換をしようというわけか。……しかし、貴公が信用に足る人物であるかは、甚だ疑問だな」


 ――王の威厳がそこにはあった。

 それはまるで、いわおのような存在感であった。正直、カッコいいとすら思う。

 『カシミールⅡ世』の時の樫宮先輩が、味方にいてこれほど安心できる存在だったとは。正直、今まではちょい怖のイカれた愉快な老人キャラぐらいにしか思っていなかったです。……本当にすみません。

 

 しかし、フェイという少年も、本当に大した少年である。物怖じした様子もなく、あくまで対等な立場を崩そうとしない。


「くっ、さすがは『不滅悪意イモータル・マリス』、手厳しいですね。あなたが気にしているのは、能力の問題ですか? それとも信頼の話でしょうか?」


「無論、その両方だ」


 樫宮先輩(カシミールⅡ世)は冷酷に切り捨てる。

 冷徹なまでに、決して相手に主導権を渡さない。

 さすがすぎる交渉術である。一人で全部やってしまいそうだ。


 ……あれ、それじゃあ僕たちの出る幕はないってことなのか?

 そうか……だったら、樫宮先輩の活躍を黙って見守っていることとしよう。


 フェイも、先輩の取り付く島もない態度に諦めた様子をしている。


「む……しかたありませんね。それならば、僕の方から手の内を晒しましょう。それならば僕たちの能力も、信用の問題も解決できるはずです」


 渋々と言った口調で、フェイはそう言った。

 無碍なく切り捨てられ、フェイの方が折れた形だ。


 今まで何とか健闘していたみたいだったが……樫宮先輩の威圧感の勝利である。

 樫宮先輩と渡り合うには、さすがにキャリアが足りなさすぎたのかもしれない。

 フェイ君には、あまり気を落とさず次の機会に頑張ってほしいものだ。


「まず、なぜあなた方が『ラプラスの庭』をプレイしていることを知っているのか。……それは、僕の仲間が<辺境都市アステロ>を解放しているあなた方を視て・・いたからです」


 フェイは、気取った仕草でパチンと指を鳴らす。

 すると、彼の背後から『影』が蠢き始めた。

 いや、正確にはそれは影ではない。影のようではあったが、それは確かに人の形をしていた。

 職業『忍者シノビ』の隠匿のスキルである。影に擬態しているのだ。


「彼女がそのときあなた方を偵察していた僕の仲間、忍者の『しおりん』です」


「…………」


 『しおりん』と呼ばれた忍者は、無言を貫いている。

 顔は頭巾で隠されていて、表情は見えないが……

 別に何か不満があるわけではなく、たぶん、ただの無口キャラだろう。

 見たところ、かなりの熟練の忍者のように見える。


 そうか、忍者か……それなら確かに偵察にはもってこいかもしれない。

 気配を消せば戦闘も避けられるし、僕たちのことを観察することも容易だったはずだ。僕たちは、まんまと彼女に<辺境都市アステロ>での戦いを見られてしまったというわけだ。


 しかし……。

 

 二人の様子を見ていて、一つ、気になったことがあった。

 黒を基調としたシノビ装束を着たその女性は、完全に無傷だったのだ。

 対して、隣にいるフェイという少年は、後頭部に矢が刺さったままだ。


 ……もしかして、まるで上司のように振舞っているフェイという少年より、この『しおりん』という忍者の方がプレイヤースキルが高いのでは?


 いや……まさかね。一応フェイ君だって二つ名持ちなんだし、きっと得意不得意の問題に違いない。うん、そうだろう。


「僕には、彼女の他にも、あと2人の仲間が『ラプラスの庭』をプレイしています。……どうです、これで僕たちの能力は明らかになったと思いますが」

 

 フェイが意気揚々とした様子で言った。


 なるほど。『ラプラスの庭』でやっていけるレベルのプレイヤーの4人組、というわけか。

 それならばフェイの自信満々な態度も理解できる。

 もし彼の言うことがハッタリだとしても、向こうには樫宮先輩の作ったダンジョンを攻略できるレベルのプレイヤーが、少なくとも二人いることになる。

 確かに、彼らの能力は疑う余地もないだろう。

 伊達に『新世代組ニュージェネレーションズ』を名乗っている訳ではない、ということか。


「あらかじめ僕の方から晒せる札は、これが最後です。僕を信用するかしないかは、ご自身の判断にお任せします。……一つ聞きますが、この矢ってもしかしてログアウトするまで消えないんですか?」


「ああ、そうだ」


「……ログアウトで帰ります」


 どうやら交渉は終了のようだ。

 そして、フェイとしおりんの二人の姿は消えた。

 『ナイツ&クラウン』からログアウトしたのである。



 ◇



 彼らが<カシミール暁の古城>を去った後、僕たちは三人で話し合いを始めた。

 結論は賛成多数ですぐに決まった。彼らの提案を受けるという選択だ。

 何しろ命が掛かっているのだ。少しでも情報が多い方がいい。

 ただ一人、樫宮先輩(カシミールⅡ世)だけは、


「フン、無駄だな。情報の共有など不要。あの程度のプレイヤーから得られる情報など、たかが知れておろうが!」


 と突っ張っていたが、これもおそらく多数決で負けることが分かっている前提でのプロレスだろう。


「……多数決には従おう。奴らを信用したわけではないがな」


 そうでなければ、こんなふうにあっさりとは従わないだろうから。

 まあ、とにかく意見がまとまったので、さっそく『群龍戦団』のフェイにダイレクトメッセージを送ることにした。


 しばらくして、彼から返信が来た。

 その内容というのは、「お互い代表者を一人選び、その二人でリアルで話し合いの場を設ける」というもの。

 

 これも、まあ妥当な線だろう。

 今の時代、大事な話をするならば、ネット上よりもリアルの方が安全だ。

 交渉する場所は僕たちが選ぶことになり、見知った場所ということで、大学前の喫茶店を選択。

 問題は誰が行くかという話だが、消去法ですぐに決まった。


 樫宮先輩は外出するにしてもメイドが同伴するなど、気軽に外出できない立場。

 クレアはそもそも地球外にいて、喫茶店まで行けるはずもなく。


 というわけで、僕が喫茶店に行くことになったのだが……。


「……えーっと、あなたが『しおりん』だったんですね、紫音しおんさん」


 向かいの席に座っているのは、メイド姿のキリッとした少女。

 僕はこの人のことを、何回も見たことがあった。

 なぜなら彼女は樫宮先輩お付きのメイドで、この前も樫宮先輩が僕の部屋を訪れたときに、先輩に付き添って来ていた。確か、彼女の名前は紫音だったはず。


 そういう彼女は、何やらスマートフォンを弄っている。推測だが、上司(?)のフェイに何か報告をしているのだろう。


「先に言っておきますが、お嬢様には私のことは黙っていてくださいね。もし話したら……」


「……話したら?」


「あなたのを、もぎ取ります」


「何を!?」


 なにやら大切なものをもぎ取られてしまうらしい。


 彼女はずっと無表情だ。真顔といってもいい。だからこれが本気なのか冗談なのかはその表情からは判別できなかった。……冗談であることを願おう。



「それでは、まずは私の方から持っている情報を話させて頂きますね」


 そうして、『しおりん』、もとい紫音さんは『ラプラスの庭』について話し始めたのであった。



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