第2話 ドワーフ工房を修復せよ!
「あーあ、こりゃひどいねえ」
ドワーフのウィルドが工房跡を見て呟く。
「ほう、これはなかなか……厄介な状況と見える」
樫宮先輩も、同じ光景を見て、同じように呟いていた。
確かに、自分の目にも工房跡はひどい有様だった。
かつて工房だったものは、今や瓦礫の下敷きとなっていた。
土壁の外壁は形を残しているが、屋根は完全に崩壊している。
ウィルドが瓦礫を持ち上げると、その下にはおそらく鍛冶の道具らしきものの破片が見つかった。
「修復するにゃあまずこの瓦礫の山を何とかして……それに、資材も必要だな」
瓦礫を弄りながら、ウィルドが独り言を呟いている。
彼はこちらの方を振り返ると、申し訳なさそうに話し始めた。
「すまねえ、恩人をこき使うようで申し訳ないんだが……今から森へ行って来て、木材を集めてきてくんねえか。俺はちょっとここから手を離せねえんだ」
来た。いわゆる『お使いクエスト』というやつだ。
言われた通りに木材を持ってくるとクエストがクリアとなり、報酬がもらえたり、次のクエストが発生したりする。
報酬は大方、鍛冶屋が利用できるようになることだろう。
ここで断る理由はない。
「なるほど……それなら任せてください。すぐ斬ってきて帰ってきますから」
「ありがてえ、恩に着るぜ。斧は俺が用意したから、これを使ってくれよな」
ウィルドがそう言うと、彼の麻袋の中から斧が光の粒子となって、クリスタルに収納されていく。斧が5本か6本はあっただろうか。
さすがに準備が良い。僕たちが斧を持っていないことも想定済みというわけだ。
武器屋も鍛冶屋も存在しない以上、現状プレイヤーに斧を入手する手段は存在しないわけだから、これはありがたい措置といえた。
「おう、気をつけて行ってこいよ!」
ウィルドに見送られながら、僕たちは街を出て、森の方へ向かうのだった。
◇
「まさか宇宙人が作ったゲームで『お使いクエスト』をやらされるなんて、思ってもみなかったな……」
もしかしたら、宇宙のゲーム業界もマンネリ化しているのかもしれない。
木材を集めに森へと向かう道すがら。僕たちは雑談をしながら歩いていた。
「ま、ありがちな話よね。ゲームの技術が進化しても、アイデアの方が追いつくとは限らないってこと。……地球のゲームはその点、よくやってると思うわ。やってて面白いもの」
なるほど、宇宙でもゲームはそういうものらしい。
クレアの話を聞きながら、僕はなんとなく納得していた。
いくらグラフィックが優れていても、つまらないゲームは沢山ある。
……別にこのゲームがつまらないと言ってるわけではないけどね。
まあこの復興ミッションが長く続くようだったら、考え直す必要があるかもしれないけれど。
そう言えば、樫宮先輩の口数が減っているような気がする。
どうやら何か考え事をしているらしい。
しばらくして、樫宮先輩は口を開いた。……一つの爆弾を伴って。
「たしかさっき、このゲームは『究極のリアル志向』だと言っていたな。もしや、しばらく放置しておれば、あの工房もあやつが勝手に修復するのではないか?」
「……あっ」
樫宮先輩の言葉に、自分も気付いてしまう。
このゲームが本当に『究極のリアル志向』だとして、もし木材を集めに行った僕たちが帰ってこなかったとしたら。
ウィルドさんが自分で木材を集めに行かなかったのは、瓦礫を片付けるのに忙しかったからだ。
そしてもしウィルドさんが瓦礫を片付け終わったとして、僕たちが木材を持って帰らなかったとしたら、彼は自分で資材を集めに行くんじゃないだろうか。
そして、その資材を元に、きっとすぐに工房を修復してしまうだろう。
こうなると、話はそれだけで終わらない。
もしウィルドさんが工房の修理を完了したら、『復興が進む』だろう。
そしてこのゲームは、『復興が進むごとに人が勝手に集まってくる』。
『復興が進む』→『人が集まる』→『復興が進む』→『人が集まる』……
あ、これ、プレイヤーが気づいたら駄目なやつだ。
NPCに搭載されている高度なAIが、ゲームとしてみると完全に仇となってしまっている。
『とーぜんです! ゲームとはいえ、『ラプラスの庭』は究極のリアル志向! 滅びた街が、勝手に元に戻ることはないのです!』
先程のサクヤの言葉だ。
ただ一つ、おそらく善意でやったことなのだろうが、『復興が進むごとに人が勝手に集まってくる』という設定にしてしまったことが全ての発端だったのだろう。
しかし、そのたった一つのうっかりのせいで、本来想定していないはずの挙動が起こるようになり、僕たちが何もしなくても勝手に復興が進むようになってしまったのだ。
「だめだめーっ、システムの穴を突くのは禁止っ! です!」
サクヤも気づいたらしい。必死に僕たちを止めようとしてくる。
「ウィルドさんにあの瓦礫の山を、一人で! 修復させるなんて、かわいそうだとは思わないんですかっ! あ、あと……そ、そうです、鍛冶屋さんが使えないと、皆さんも困るんじゃないですかー? だから皆さんの手で! ウィルドさんを助けてあげましょーよー!」
……かわいそうなぐらい必死だ。
サクヤはウィルドさんがかわいそうって言っているけれど、それよりも目の前のサクヤの方がずっとかわいそうになってくるぐらいだ。
「……なにも気づかなかったことにしよう」
「そうだな、あいにく我もそんなヌルゲーになど興味はない」
樫宮先輩と僕は、大人の対応を決めることにした。
サクヤもきっと善意でやってくれたことだろうし、あまり意地悪するのもかわいそうだ。樫宮先輩も口では「ヌルゲーには興味ない」なんて言ってはいるが、きっと同じ気持ちのはずだ。……たぶん。
しかし、そんな横でクレアは何故か意外そうにしている。
「へー、カシミール、あなたにも優しいところがあるじゃない! ……あなたのことだから、てっきり運営の不手際を盾に無理難題を要求するかと思ってたわ」
「むっ、我もそこまではせんわっ。貴様、人をどこまで鬼畜に見ているのだっ」
樫宮先輩は心外らしい。必死に抗議をするが、それが逆にほほえましかった。
結局僕たちは森へ行き、素直に木材を集めることにした。
しかしVRの世界とはいえ、自分は斧を使ったこともないし、ましてや木を切り倒したこともない。
経験がないのは、三人とも同じだった。
三人で相談した結果、とりあえずSTRの高い自分が試しに伐ってみることになった。
林業初心者の自分にも上手くやれるか不安だったが、さすがVRの世界。斧の使い方もなんとなく体が理解しているようで、時間はかかったが何とか1本切り落とすことができた。
「うむ、ご苦労。良き仕事だったぞ、我が半身よ」
一息ついていたところに、樫宮先輩が声を掛けてくれた。
「しかし、パーティで一番力が強いはずのお主でもこれだけ時間がかかるのか。そうか、それなら……出でよ、我がスケルトンたち!」
樫宮先輩は何か思いついた様子だ。
魔法陣が展開されると、そこに6体のスケルトンが召喚される。
「人手が足りないなら、スケルトンに作業させればよいのだ。これで効率は6倍、ミノタウロスの斧を借りれば7倍だなっ!」
「なるほど、それは良いですね!」
「溢れる闇の叡智に、我ながら恐ろしくなってくるな……!」
これで作業ペースは格段に上がることだろう。
毎回思うのだが、スケルトンたちが改めて便利すぎないか。
僕はスケルトンの1体に斧を渡すと、代わりにミノタウロスの斧を受け取った。
それからは、段違いのペースで作業が進んだ。
僕とスケルトンたちが木材を切ると、その木材をミノタウロスがウィルドの元へ届けに行く。そんな流れ作業をしていくうちに、あっという間に必要な木材がすべて切り終わった。
「おっ、助かったぜ。ありがとうな!」
ウィルドもミノタウロスにはびっくりしていたが、すぐに順応したらしい。
木材を運んでくれたミノタウロスに感謝の言葉を投げかける。
「グモー!」
感謝の言葉に、ミノタウロスも喜んでいるようだ。
「よし、これで木材は集まったな。次は鉄鉱石と木炭だな。……こいつも頼まれてくれるか?」
やはり、お使いはこれだけじゃなかったらしい。
まあ、瓦礫の山と木材だけで工房が修復なんか出来たらさすがにリアリティがなさすぎるか。
これも新しい武器のため。請け負う以外に道はない。
「ありがてえ。鉄鉱石と石炭は洞窟にあっからよ、このツルハシを使って採ってきてくれよな」
今度は、6本のツルハシがクリスタルの中に収納された。
次に僕たちが向かったのは、<修練の洞窟>の近くにある洞窟群だ。
ちょうど僕たちがチュートリアルを受けた場所だったので、土地勘もありすぐに見つかった。
いくつかの洞窟のうち、一番広そうな洞窟を選んで進むことにした。
クレアの
鉄鉱石と石炭が掘れるスポットは、すぐに見つかった。
クリスタルからツルハシを取り出す。
今回もスケルトンたちと手分けして鉄鉱石と石炭を掘り進める。
しかし今回は洞窟の中ということで、モンスターがたまに出現した。
モンスターが現れるたびに、採掘の手を止めて応戦する。その間もスケルトンたちは採掘を続けてくれたので、すぐに必要分が揃った。
「随分早かったじゃねえか。さすがはアンデットの親玉を倒した冒険者サマってわけだな! ワハハ!」
ウィルドが豪快に笑う。
しかし、お使いクエストはこれで終わりではなかった。
あれ持ってきてくれ、これ持ってきてくれと、ウィルドの要求は際限がない。
そしてそのたびに僕たちは工房跡と街の外を往復した。
一番大変だったのは、モンスターからドロップする素材だ。
素材を手に入れるために、まずそのモンスターを探すことから始めなければいけなかったからだ。
既に持っている素材なら良かったが、数が足りなかったり、一つも持っていなかった場合は大変だ。
このゲームには、攻略wikiも掲示板も存在しないのだ。勘と今までの記憶を頼りに探すしかなかった。
アイテムを納品するたびに、工房跡は姿かたちを変えていった。瓦礫が片付けられ、壁が補強され、屋根が取りつけられ、最後には内装が修繕される。
その修復速度は、驚異的の一言に尽きる。
さすがはモノづくりの達人、ドワーフ族といったところだろう。
そして、日が暮れてきたころ、最後のお使いクエストを終わらせた僕たちは工房跡に戻って来た。
工房はつぎはぎだらけではあったが、なんとか建物の形を取り戻していた。
「おかげさまで、明日にでも鍛冶屋を開業できまさあ!」
夕日に照らされた工房を前にして、ウィルドは嬉しそうに笑う。
しかしその後、彼は「そうだ!」と何か思い出した様子で、ウィルドは工房の中に入るとすぐに戻って来る。その手には何やらベルト状のもの持っていた。
「お礼と言っちゃあなんですが、これ、受け取って下せえ」
手に持っていたのは、武器のホルダーだった。
モンスターの素材を使った、立派な仕立てのものだ。
「冒険者サマの腰回りが寂しいなと思ったんだ。ちょっとやそっとじゃ傷つかねえ、雑に扱ってくれても構いませんぜ」
ウィルドから受け取ると、さっそく装着してみる。
これは……体に馴染む、まるで体の一部のようだ!
氷魔の剣を実体化し、ホルダーに入れる。
「おお! 我が半身よ、似合っているではないか!」
「へー、なかなか良さそうね。……私たちにはないのかしら」
樫宮先輩も大絶賛。
クレアは羨ましがっていたが、残念ながらこれ一つだけのようだ。
ウィルドに別れを告げると、三人は夕焼けの下、廃墟を歩き出した。
ここから見える廃墟の街並みは、昨日とは変わってはいない。
しかし、変化の風は確実に訪れていた。
「む、そろそろ日が暮れてしまうな。今日はこれぐらいにしておこうか」
先輩が空を見上げながら言った。
確かに、今日はもうやめどきかもしれない。
夜間での行動にはリスクが伴う。何か特別な目的でもなければやめておいた方がいいだろう。
……なにしろ、自分たちの命が掛かっているのだから(約一名を除く)。
「そうですね、そろそろ戻りましょうか」
「それじゃあ、またね! 二人ともー」
そして三人は、各々『ラプラスの庭』からログアウトした。
命がけのゲームとは思えない、なんとも軽いノリである。
自分でも思っていたが、まるで学校帰りのような感じだった。
――かくして『ラプラスの庭』の二日目が終わる。
今日の収穫。
<辺境都市アステロ>に鍛冶屋を修復した。お礼に武器ホルダーを貰った。
なかなかの収穫だと思うが、いかがだろうか。
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