第3話 武器ガチャ狂想曲


 そして『ラプラスの庭』の三日目。

 この日一番乗りでログインしたのは、ナギこと荒牧渚だった。


 ――誰もいない同業者組合プレイヤーズギルドのエントランスホール。


 樫宮先輩はそのうちログインするだろう。メールでそう言ってたし。


 しかし、問題はクレアである。

 地球外生命体であるクレアについては、連絡を取ろうにも取れないのだ。

 待ってた方がいいのかな? いやいやそれで来なかったら時間の無駄だし。

 うーむ、どうしたものか。

 

 よし、決めた。

 次に彼女がログインしたときどうするか話すことにしよう。同じ<辺境都市アステロ>を拠点にしているんだ、そのうち会えるに違いない。


 ……しかし暇だなあ。ナギは辺りを見回す。

 誰もいないと話し相手もいないし、やることがない。

 暇つぶしにシステムメニューを開き、適当に流し読みをする。

 目に留まったのは、『武器生成石(上)×10』の説明欄だ。


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 ■『武器生成石(上)×10』

 中に武器が封印されている結晶石。

 鍛冶屋に持って行くと封印を開放してもらえる。

 R~SSRの武器が確率で入手できる。


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 『キング・ポルターガイスト』のドロップアイテムである。

 自分はなんとなく鍛冶屋で使うものなんだなあと考えていたのだが……


 これは、『ガチャ』だ。……マズい。非常にマズいぞ。

 人の欲求を掻き立てることに特化した、人をダメにする悪魔の代物である。


 なんで宇宙人が作ったゲームにこんなものがあるんだ。

 たしか、『ラプラスの庭』は地球の文明をシミュレートして生まれたんだとか、そんなことをクレアが言っていた気がする。


 まさか、宇宙人はガチャの存在までシミュレートしたとでもいうのだろうか。

 もしくは、宇宙でもガチャは普遍的な存在だったりするのかもしれない。

 どちらにせよ、ろくでもないゲームであることは確かだ。


 とにかく、気にしないようにしよう。

 別に大したことじゃない。ゲーム内にガチャっぽい演出があるというだけだ。



 ◇


 

 そして――5分後。


「……これ、もしかして、今引いてもいいんじゃないか?」


 ナギは見事に退屈とガチャの欲求に負けそうになっていた。


 ウィルドさんの鍛冶工房は、もう修復できているはずだし、工房に行けばすぐにでも武器を開放してもらえるだろう。

 樫宮先輩は武器を装備できないし、クレアはいつログインするか分からない。

 だったら自分が代表してこの武器生成石を開放してもいいんじゃないだろうか。


 大丈夫。別に、お金を使ってガチャを引く訳じゃないし。

 減るのはゲーム内アイテムだけだ。これで身を持ち崩すようなことはない。

 『あのとき』とは話が違う。きっと、大丈夫。


 かつてガチャの沼にドハマりしたことがあるナギは、あえてその類のコンテンツから避けて生きてきたのであったが――

 今まさに、かつてのガチャ狂いの記憶が呼び覚まされようとしていたのであった。




「よう、一日ぶりだな! ……おう、どうしたんだい、そんなに血相を変えて」


 僕の様子を見て、ウィルドさんは不審がる。

 あれから居ても立っても居られなくなって、自分はウィルドさんの工房へと駆け足で向かったのである。


 メッセージには、<ドワーフ『ウィルド』の鍛冶工房>と表示されている。

 どうやら無事に工房は運営できているようだ。

 ウィルドさんを見ると、彼のステータスが確認できた。


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 名前:ウィルド

 NPCレベル:20

 種族:ドワーフ

 職業:鍛冶師

 態度:友好


 HP(体力):100

 MP(魔力):  5

 SP(気力): 30


 STR(筋力):15

 DEF(防御):10

 DEX(器用):99

 AGI(俊敏): 5

 INT(知力): 6


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 DEX99て。とんでもなく器用であることが、この数値からも分かる。

 さすがドワーフ。きっとこの器用さがモノづくりに生かされるに違いない。


「これを見てほしいんだ。たぶん、ここで使えるんだと思うんだけど」


 ウィルドさんに武器生成石を見せる。

 ちなみに武器生成石は、タマゴ大の琥珀のような姿をしていた。

 そして『武器生成石(上)×10』という名前ではあるが、武器生成石自体は1個である。たぶん武器が10個生成されるってことなのだろう。

 

「へえ、こりゃあ大したもんだ。こんなもの、どこで手にいれたんで」


「アンデットの親玉が落っことしたものなんだ。これ、使えないかな?」


 ウィルドさんは、武器生成石を見つめながら考え込む。


「俺はこれほどのモンを見たことがないから、偉そうなことは言えねえけども……まー、行けるんじゃねえかな。おし。俺に任せて下せえ」


 そう言って、鍛冶に使うハンマーを持ってくる。

 おお、どうやら行けるらしい。さすがはドワーフだ。

 ウィルドさんは『武器生成石(上)×10』を金床の上に置くと、大きく振りかぶる。そして手に持ったハンマーで思いっきりぶっ叩いた。


 すると、石を中心に魔法陣が展開され――石が光の粒子となって消失し、代わりに武器がクリスタルに戻るときに出るような光が、僕のクリスタルの中に吸い込まれていく。


 青白い光が7個、そして、あからさまに当たりっぽい赤い光が3個。

 

 ここまで地球のガチャを再現しているとは。

 『ラプラスの庭』、恐るべし。


 そして、すぐに武器の入手ログが流れてくる。

 これで何の武器が手に入ったかが分かるな。

 まずは、ハズレっぽいものから見ていくことにしよう。


 ・エンチャンターワンド[R]

 ・ハイエルフの弓[R]

 ・氷魔の剣[R]

 ・氷魔の剣[R]

 ・氷魔の剣[R]

 ・騎士の長槍[R]

 ・ピコピコハンマー[R]


 これはひどい。なんと既に入手済みの氷魔の剣が3つも手に入ってしまった。

 それに、なんなんだピコピコハンマーって。武器と言えるのか、それ。


 使えそうなのは騎士の長槍と、あとはエンチャンターワンドか。自分は槍を使う予定はないけど、エンチャンターワンドはクレアが使えるはず。あとで会ったときに渡しておこう。


 そしてメインディッシュだ。赤い光はあからさまに高レアリティを予感させている。大事なのはここなのだ。これでハズレアだったらやり切れないからな。


 期待と不安を膨らませながら、ゆっくりとログを確認する。

 視線の先には、何とSSRの文字が見えた!

 まさかの大当たりか!? 期待に胸を躍らせ、武器の名前を確認する。


 ・報復Z刀ほうふく・ぜっとう[SR]

 ・吸魔の尻尾サキュバス・テイル[SR]

 ・極悪料理人の大包丁かおす・ほーちょー[SSR]


 ……なんだこの『かおす・ほーちょー』って。

 もう一度言う。

 なんだこの『かおす・ほーちょー』って。


 謎の虚無感に襲われる。

 せっかくの高レア枠のなかに、謎のネタ武器が2つも入っている。

 いや、吸魔の尻尾サキュバス・テイルも割とヤバそうな気がしないでもないが、ふざけてないでちゃんと意味が通じるような名前ってだけで、自分の中では当たり判定である。


 一気に気が抜けてしまった。ガチャなんてくだらない。本気になって損したよ。


「む、探したぞ。同業者組合プレイヤーズギルドにおらぬと思ったら、こんなところにおったのか」


 半ば放心状態の僕に、樫宮先輩が後ろから声を掛ける。

 どうやら自分は探されていたらしい。


「ふむふむ、なるほど。それでお主は『武器ガチャ』とやらを引いていたのか」


 樫宮先輩にこれまでの経緯を説明すると、何やら納得した様子。

 何に納得したかって? たぶん僕が落ち込んでいる理由とかじゃないかな。


 ……自分でもこんなに武器だったりガチャに入れ込むとは思っていなかった。

 たぶん、新しい武器に期待していたのと、工房を修復するために奔走した苦労が上乗せされたからかもしれない。


 それに、『武器生成石(上)×10』はかなり貴重なアイテムのはずだ。本来、武器を生成した場合、スキルがつくのは稀であると確か説明であったはず。しかし、今回のガチャでは、排出されたのは大半がスキル付きの武器であった。

 知らずのうちに使ってしまったが、おそらく、滅多にない機会チャンスだったはずだ。


 自分の命を託す、大事な相棒になるはずだったんだ。それがどうして『かおす・ほーちょー』なんてふざけた名前の武器が来てしまうんだ……。


 そんなナギの姿を見て、樫宮先輩は励ますように言う。


「そう落ち込むでない。名前が変であっても、中身までヘンテコであると決まった訳ではないぞ」


 しかし、ナギはまだ落ち込んでいる。

 見かねて樫宮先輩は続ける。


「……そうだ、これから<スサノーの村>へ行こう。その道中にでも、その武器らの試し切りをすればよい。なにかいいところが見つかるかもしれんぞ?」


 樫宮先輩に手を引かれながら、ナギは<スサノーの村>への道へ向かう。


 その視線は、まるで後ろ髪を引かれたように<ドワーフ『ウィルド』の鍛冶工房>に向けられていたのであった――


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