2.<フリークス>は廃墟を復興し始める

第1話 再び『ラプラスの庭』へ


 視界の後ろに流れていく0と1の羅列の数々。

 そして訪れる、急速な没入感。

 

 僕は再び、あの『ラプラスの庭』に足を踏み入れようとしていた――



 ◇

 


 五感を襲う強烈な違和感が消え、自分は『ラプラスの庭』に放り出される。

 地面に叩き付けられたりはせず、ちゃんと足から地面を迎えることができた。

 よし、今回は上手く着地できたぞ。

 前回はこれで危うく死にかけたからな……あの時のことは軽いトラウマだ。


 視界に見えたのは、同業者組合プレイヤーズギルドのエントランスホールだ。


 どうやら一人、先客がいるようだ。

 閑散とした薄暗い広間に、見覚えのある少女の姿が見えた。


「先輩、早いですね」


「ふふっ、待っていたぞ、我が半身よ」


 ――真紅のドレスに、顔半分を仮面で隠した黒髪の少女。

 樫宮先輩の『ラプラスの庭』での姿だ。

 現実リアルの身長よりも10cmほど小さくなっている分、樫宮先輩のどこかまだ子供っぽい部分を残した性格が強調されているような、そんな気がする。


 僕の言葉に、樫宮先輩はどこか嬉しそうだ。


「さて、さっそく攻略の続きといくとしよう。邪眼に蠢く我が闇の力が、敵を屠れと叫んでいるのだからな!」


 しかしその時、もう一人見覚えのある人物が同業者組合プレイヤーズギルドに現れた。

 ――純白の聖導衣を来た金髪の美少女。クレア・ライトロードである。


「やほー! ナギにカシミール、元気にしてた?」


「む、クレア・ライトロード、貴様も来たのか。……むぅ、この邪魔者めっ。今日はせっかくナギ坊と二人っきりだと思っていたのに……」


 樫宮先輩は、まるでお邪魔虫を見るような目でクレアを睨め付ける。

 最後の方はぼそぼそ声でよく聞こえなかったが、どうやら樫宮先輩はクレアが来たことに不満そうだ。

 親切で来てくれているんだし、自分もクレアに対してそんなに邪険にしなくてもいいのにいいのにな……とは思うんだけども。


 そんな樫宮先輩の態度に、クレアもきっぱりと言い返す。


「『なんだ』とは失礼ね。そんなこと言って、私がいないとあなた達はすぐ無茶するでしょう?」


「ふん、我らのやっていることは『無茶』などではない。それが理解できぬというのなら……今からでもいい、<ナイツ&クラウン>で実力の差というものを見せつけてやろう」


「うっ、それは遠慮したいわね……」


 きっと<ナイツ&クラウン>での体験が相当なトラウマになっているのだろう。

 樫宮先輩の言葉に、クレアは意外なほど素直に引き下がった。


「それで、今日はどこへ行きましょうか――」


 と、僕が言いかけたところで、何やら外から声が聞こえてきた。


「たのもー! たのもー!」


 小さな女の子の声である。

 入口の方に目をやると、そこには小人か妖精のような小さな女の子がいた。


「誰?」


 クレアの言葉に、その女の子は「あー、あー」と声を調整する。

 調整が済んだかと思うと、こちらへ向かって小さく敬礼。そして話し始めた。


「システム上は都市機能が回復した、とのことなので……補助サポートAIプログラム No.0398、ただいま参上しました!」


「あ、私のことは、『サクヤ』と呼んでくれていーですよ」


 どうやら彼女は、ヒミコちゃんと同系統の運営NPCらしい。

 言われてみれば確かに、その面影はある。


「それで、補助サポートAIプログラムとやらが我らに何の用なのだ? もし詰まらぬものだったら、貴様を我が闇の炎で燃やしてしまうかもしれんぞ?」

 

 樫宮先輩が、不満そうに訊ねる。

 大方、運営に縛られるのが気に入らないのだろう。

 しかし、運営NPCが突然現れるとなると、その理由が気になるところだ。

 何か特別なイベントが起きた、とかそんな感じだろうか。


「も、燃やすのは止めて下さい! 熱いのはイヤなので!」


 サクヤは樫宮先輩に少しビビっているようだ。


 別に先輩はロールプレイの一環でそう言っているだけで、本当に燃やそうとしている訳ではない。だからそんなに怖がる必要もないのだが、初対面のサクヤにそれを察しろと言うのは無茶というものかもしれない。


「えーっと、まずは……お祝いの言葉から! <辺境都市アステロ>の開放、おめでとうございます! これでプレイヤーのみなさまは、『最初の街』を利用できるようになりました!」


 ぱちぱちぱち、とサクヤは一人で拍手した。

 しばらくして拍手をやめると、「しかーし!」とサクヤは続ける。


「モンスターから解放されたとはいっても、まだまだ廃墟! だから皆さんには、これから<辺境都市アステロ>を復興してもらいます!」


「え? これって、勝手に戻るものじゃなかったの?」


 サクヤの言葉に、クレアが意外そうに訊ねる。

 確かに自分も、街を支配していたモンスターを倒したらイベントが起きるのではとは思っていたが……。

 自分たちの手で街を復興させなければいけないというのは、少し意外だった。


 それって、ゲームのジャンルが変わってくるのでは?


 しかし、サクヤはそんな疑問を一蹴した。


「とーぜんです! ゲームとはいえ、『ラプラスの庭』は究極のリアル志向! 滅びた街が、勝手に元に戻ることはないのです!」


「とはいえ、一から十までやるのは大変ですので……」


 と、言いかけた時、もう一人の声が同業者組合プレイヤーズギルドの外から聞こえてきた。


「おーい、誰かいないのかぁ? ……って、やっぱいるじゃねえか。お前さんたちかい? ここにいたアンデットの親玉を倒したって言うのは」


 その姿は、いわゆるドワーフというのだろう。ふさふさな白髭を蓄えた、恰幅の良い中年男性が斧を引っ提げて外に立っていた。


「俺は『ウィルド』っていうんだ。よろしくな!」


 彼は一番近くにいた自分に握手を求めてきた。


「えーっと……こちらこそ、自分はナギって言います」


 僕が手を差し出すと、ウィルドはその手をがっしりと握り、ぶんぶんと激しく上下させる。

 なるほど。彼は名前通り、ワイルドな男らしい。


「いやあ、本当にありがとうな! 俺もこの街がずっと気になってたんだ! 俺の祖先はこの街で鍛冶屋をやってたらしくってな、俺も鍛冶屋の末っ子として、この街の工房をモンスターどもから取り戻したいと思ってたんだ!」


 『鍛冶屋』か。……なるほど。

 サクヤが言いかけたことが、なんとなく理解できたような気がする。


「こうなったらいてもたってもいられねえ。俺、今から工房の方を見てくるわ! 用があったら呼んでくれよな!」


 そう言って、彼は廃墟の中を走り去っていってしまった。


「どうやら彼は、『ミッション:街をモンスターから解放する』を達成したので現れたみたいですね」


 ウィルドの姿が見えなくなると、サクヤが再び話し始めた。


「と、いうわけで……みなさまがお気づきの通り、このように、『復興が進むごとに人が勝手に集まってくる』ように設定したのです! 『人材を集めるのが一番たいへん!』とお嘆きの皆さんも、これでひと安心ですね!」


 そう言ってサクヤはえっへんと胸を張る。

 なるほど、確かにこれならゲーム感覚で街を復興できそうだ。

 ……まあ、これはまさしくゲームなのだから、当然といえば当然だが。


「このイベント、なんだか長くなりそうね……」


 そんなクレアの言葉に、サクヤは「心配ご無用」と言わんばかりに返事をする。


「別に、他のイベントと並行してこなしていっても構わないのですよ! ほら、早くウィルドさんの元へ急ぎましょう! 彼はきっと何か困っているはずですよ!」


 分かりやすいプレイヤー誘導だ。

 大方、資材を持ってきてほしいと頼まれるのだろう。

 しかし、さっそく鍛冶屋が解放されるわけか。それはそれで魅力的だった。


 何しろ、自分の手元には『キング・ポルターガイスト』からドロップした『武器生成石(上)×10』があるのだ。鍛冶屋を開放すれば、これを使って新しい武器が手に入るかもしれない。

 三人は口々に自分の考えを口にし始める。


「うーん。やっぱり、新しい武器が手に入るなら、行ってもいいかな……」


「む、我が半身がそこまで言うのなら仕方がない。我もついて行くとしよう」


「そうね、街を復興するだけなら危なくないわよね。二人ともさすがに無茶はしないだろうし……」


 新しい武器のためなら、回り道も良しとしよう。

 冒険はひとまず休んで、まずは<辺境都市アステロ>の復興を。


 そうして僕たち三人は、サクヤを連れてドワーフのウィルドがいる工房跡地へ向かうのだった。


 

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