エピローグ

 

 ――小さい頃の思い出だ。

 

 今はそうでもないけれど、小さい頃の僕は病弱だったんだ。


 あるとき、心臓の病気で手術をした。

 命に別状はなかったけれど、長い間病院生活が続いた。

 そのときに一人、友達がいた。たしか「ケイちゃん」って名前だった気がする。

 同じ病室。同年代の子供は二人しかいなかったから、すぐに仲良くなった。


 ケイちゃんは、自分と比べてずっと大人びた子だった。

 自分の知らないことを、ケイちゃんはいっぱい知っていた。

 自分はケイちゃんからいろんなことを教えてもらった気がする。


 その日も、病室で僕はケイちゃんと一緒に話していた。


「ふうん。ナギ坊、お前テレビも見たことなかったんだな」


「うん。うち、神社だったから……」


 神社だからといって、テレビすらないのはあり得ない話である。

 けれどこの時の僕はまだ小さかったし、両親の話を素直に信じていた。

 この時は、まさか自分の家族全員が天然記念物レベルの機械音痴だということに、気が付くだけの知識はなかったのだ。


「だったらお前にいいのをやるよ」


「……なにそれ?」


 見たこともない形の、見たこともないものがそこにはあった。


「やっぱり知らないのな。いいか? これは携帯ゲーム機といって、ゲームで遊ぶことができるものだ」


「ゲームって?」


「お前、そこまでなのか……。これは、実際にやってみたほうがいいな」


 ケイちゃんは『携帯ゲーム機』を何やら弄った。

 すると、黒い鏡のような部分が光始める。

 そして、何やら楽し気なものがそこに映り始めた。


「ほら、まずは私がやって見せるから、隣で見ているんだぞ」


「うん、分かった」


 楽し気な音楽が流れてくる中で、丸い物体が上から落ちてくる。

 ケイちゃんはその丸い物体を動かしているようだ。

 ケイちゃんが同じ色の物体を繋げると、同じ色が塊ごと消えた。


「これはパズルゲームといってな、すごい楽しいものなんだ」


「そうなんだ」


「次はお前がやる番だ。ほら、私が教えてやるから、まずはこれを持ってみろ」


 ケイちゃんは僕に『携帯ゲーム機』を持たせてくれた。

 僕はケイちゃんがやっていたのを真似して、同じようにやろうとした。

 しかし、何故か上手くいかない。


「あれ、上手くいかないな。これってどうやるの?」


「そうだな、今から教えてやろう。いいか、ここはこうして……」


 ケイちゃんに教えられた通りにやると、次は上手くいった。

 上手くいくと、なんだか自分も楽しい気持ちになった。


「ほら、楽しいだろう?」


「うん!」


「もっとやってもいいんだぞ。これは今からお前のものなんだからな」


「本当にいいの?」


「私は沢山ゲームを持っているからな。一個ぐらいお前にやるよ」


「ありがとう!」


 その後、ケイちゃんはすぐに退院していった。


 自分はといえば、まだしばらく病院生活が必要だった。

 その間、ずっとケイちゃんがくれたパズルゲームを遊んでいた。

 何度も、何度も繰り返して最後までクリアした。

 毎回飽きもせずよく遊んだと思う。

 そのおかげといったらなんだけど、今の僕があるんだと思う。


 退院してから、ずっと病院暮らしが続いてたので、学校にもなじめなかった。

 友達もできなくて、僕は勉強とゲームだけを一生懸命やっていた。

 近くの大学に『飛び級入学制度』があるのを知ると、ひたすら勉強だけをやっていた。

 ゲームだけが唯一の癒しだった。


 ケイちゃんがくれたパズルゲームは今も引き出しにしまってある。

 そう言えば、ケイちゃん、今どこにいるんだろう。

 連絡を取ろうにも、自分はケイちゃんの本名すら知らないのだ。


 大きくなった今、たまに思うことがある。


 ――ケイちゃんともう一度話をしてみたい、と。


 ケイちゃん、元気にしているだろうか。



 ………………

 …………

 ……



 昔の思い出に浸っていた僕を現実に戻したのは、メールの着信音だった。


 誰もいない、古ぼけた畳敷きの和室。ここは自分の部屋である。

 どうやら僕は、しばらくぼーっとしていたらしい。

 スマートフォンを手に取り、メールを確認する。

 

 差出人は――『樫宮ケイト』。


 やっぱり、樫宮先輩だった。


『元気にしているか、ナギ坊。言うまでもないが我の体調は万全だ。今日も『ラプラスの庭』を攻略するぞ。ちゃんと時間を空けておいたであろうな? では、『ラプラスの庭』で待っている』


 そろそろ約束の時間だったようだ。急いで『ラプラスの庭』の準備を始める。

 

 昔の自分は寂しかったけど、今は樫宮先輩がいて、楽しい毎日を過ごしている。

 本当はケイちゃんも一緒にいてほしいのだけれど、それは高望みというものだ。


 ただ一つ、ケイちゃんに伝えられるとしたら――


 ケイちゃんありがとう。

 いつか、そう伝えられる日が来るといいな、と僕は思った。

 

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