第7話 <辺境都市アステロ>攻略戦 その1
「『ラプラスの庭』のデスペナルティは『死の追体験』。昔のゲームだとよくあったんだけど、今からしてみるととんでもない仕様よね。ショック表現でプレイヤーを一時的に仮死状態にして、その後蘇生するの」
「なんでこの仕様が廃れたかというと、知的生命体ごとに人体の耐久度が違ったから。一般的に耐久値は全知的生命体の平均を基準に想定してたんだけど、そうするとどうしてもプレイできない種族が出てきちゃうのよね。……二人とももう察しがついたと思うけど、地球人もそのうちの一つなの。だからデスペナルティを受けると、仮死状態を通り越して死亡してしまう」
「だからもう、二人とも『ラプラスの庭』をプレイしない方がいいわ。だってあなたたちみたいな一流のゲーマーでも、一度も死なないなんてことありえないんだから――」
クレアの表情は、真剣そのものだ。
――しかし。
「ふっ、関係ないな。要するに死ななければよいのだろう?」
カシミールⅢ世、もとい樫宮ケイトはあっけらかんと言い放った。
なるほど、いかにも樫宮先輩らしい。
しかし、それを聞いたクレアは唖然としていた。まあ、無理もないけど。
「……カシミール、ちゃんと話を聞いてたわよね?」
「無論、聞いたうえでの結論だ」
「嘘でしょ!? ……まさか、ナギ、あなたもカシミールと同じ意見だなんていうつもりはないでしょうね?」
こっちに振って来た。
少し考え込む。確かに、難しい問題だ。
自分でもどう考えているのか、まとめるのは難しい。
しかし――樫宮先輩を見る。彼女は迷いのない目をしていた。
「確かに、僕にも樫宮先輩の選択は『危険な賭け』みたいに感じます。……でも、樫宮先輩の言うことも一理あると思うんです」
「このゲームに限らず、人間何をするにしてもリスクはあるわけじゃないですか。登山だってスキーだって、一歩間違えれば死の危険がある。けど人間はリスクと喜びを天秤にかけて、自分のしたいことを決めるわけで」
「……だったら『ラプラスの庭』をやめないって選択肢を取るのも悪くないなって思います」
「……あなた、カシミールの一言から色々読み取り過ぎじゃない?」
「慣れてますから」
それからもクレアはしぶとく樫宮先輩を説得しようと試みたが、結局それは叶わず、最後は諦めてしまったようだ。半ばため息交じりでクレアが言う。
「ああもう、分かったわ。それだけ言うなら、もうこっちは何も言うことはないもの。……その代わり、私もついて行くわ。二人が無茶しないようにね」
「……ふふっ、これで前衛・後衛・回復役が揃ったな。――ならば」
「これより<辺境都市アステロ>を攻略する!」
クレアはあきれ顔だ。
「……あなた、本当に私の言うこと聞いてた? 無茶をしないようにって言ったそばからそれなんだから。<辺境都市アステロ>って言ったら、モンスターの巣窟でしょう? そんな場所より今行くべきなのは<スサノーの村>の方だってば」
「却下だ。『
樫宮先輩は、武田信玄で有名な『風林火山』の一節を引用する。
先輩が言うことだから、何か勝算があってのことだろう。
クレアもそれを察したようだ。
「……はあ、仕方ないわね。その代わり、何の勝算もないようだったらその時点で<スサノーの村>に向かってもらうからね!」
◇
そして三人の一行は来ていた道を引き返し、<修練の洞窟>付近にある<辺境都市アステロ>の前までたどり着いた。
岩陰に隠れて<辺境都市アステロ>の様子を窺う。
崩壊した城壁から中に入ることは簡単そうだが、中にはアンデット系モンスターが徘徊している。
無策で入ったのなら連戦は必至。おそらくいるであろうボスモンスターにたどり着く前に消耗して、撤退を余儀なくされるのがオチだ。
「まずは我がスケルトンたちを使って偵察させる。同族同士なら、争いにならないことは確認済みだ。……さあ、行くがよい我がスケルトンたちよ!」
樫宮先輩がスケルトンを召喚する。
なるほど、あらかじめスケルトンたちを派遣して最短経路を見つけておけば、道中の戦闘も最小限で済むというわけだ。樫宮先輩は既に死霊術師の特性を把握しているというわけらしい。これぞ一日の長というものだろう。
「なるほどね。やっぱり無策じゃなかったんだ」
そんなクレアの言葉に、樫宮先輩は愚問だとばかりに返答する。
「当然だ。命が掛かっていようがおるまいが、我は全力を持って敵を叩き潰すまでだ。だろう、ナギ?」
「……ですね」
樫宮先輩とは、カシミールⅡ世の時代からの長い付き合いだ。
彼女が何事にも全力を持って臨むサガであることは、身を持って知っている。
何しろ小さな子供相手でも本気を出すような人だ。大人げないと言う人がいるかもしれないけれど、僕はそういうところは嫌いじゃない。
そこで、と先輩が話を切り出す。
「これから三人でパーティを組むわけだが、そのためにはまずお互いの戦力を知っておく必要がある。……まずはクレア・ライトロード。貴様から話してもらおうか」
それから、作戦会議が始まった。
前衛は、もちろん唯一の前衛職である
最後尾には最低限の近接戦闘の心得はあるという
そして二人に守られるようにして、一切の近接戦闘が期待できないらしい
この陣形を基本として、臨機応変に戦うことをお互い確認した。
しばらくして、樫宮先輩が何かを察知したようだ。
「む、スケルトンの一匹がやられたな。おそらくボスにやられたのだろう。……仕方ない、潮時だろう。残りを帰還させる」
先輩は、残りのスケルトンに対して帰還の命令を送る。
そして、すぐさまスケルトンたちが<辺境都市アステロ>の廃墟から続々と帰還してきた。
スケルトンたちは口々に廃墟内の様子を報告する。
もちろん、スケルトンの言語で。
「カシミール、スケルトンの言葉が判るの?」
「もちろんだ。下僕たちの言葉を理解できるのも死霊術師のスキルの一つだからな」
なるほど、そういうことなのか。確かにそれぐらいのスキルがないと割に合わないかもしれない。
何しろこのゲームでは、死霊術師は一切の武器を持つことができないのだ。
聖職者でも杖を装備ができる。INTを補正するだけでなく、近接打撃武器としても立ち回ることができるのだ。しかし、死霊術師はそういうことを一切許されていない。
ある意味ストイックなジョブと言えよう。
先輩はスケルトンの言葉を聞きながら、ふんふんと頷いている。
しかし、すぐに計算が終わったようだ。
「ルートが決まった。ボスがいるのは
「へえ、すごいわね。そこまで分かっちゃうんだ。死霊術師って便利なのね」
「さすがに毎回これを期待してもらったら困るぞ。スケルトンが中心のアンデット系ダンジョンでもなければこう上手くはいかぬからな」
全員で侵入経路を確認し、これで突入準備が完了した。
『氷魔の剣』を握る。今回は霊体系のモンスターとの戦闘も予想されるため、無属性の『ヒミコちゃんじるしの鉄の剣』よりも、氷属性が付与されている『氷魔の剣』の方がいろいろと都合がよいのだ。
これが『ラプラスの庭』での初めてのダンジョン攻略だ。しかも、思いもよらなかったパーティを組んでの戦闘である。
面子的にも、これ以上ないくらい実力者揃いのメンバーである。
『
『
そして『
三人とも、『ナイツ&クラウン』のオールスター常連のようなものだ。
普段は『ナイツ&クラウン』で王冠持ち相手に一匹狼で戦っていたナギであったが、この時ばかりはワクワクしていた。
ゲームは違えどこんなパーティで先陣を切って戦えるなんて、滅多にあることではない。心が武者震いをしているのを感じた。
◇
瓦礫を乗り越えて、廃墟と化した<辺境都市アステロ>へと乗り込む。
打ち捨てられた街には、砂埃が舞っていた。
荒涼たる景色だった。そこには虚無感さえ感じさせる。
かつて宇宙一賑わっていた筈のVRMMOの「最初の街」がこうも荒んでしまっていることに、自分は驚いていた。
そこに自分がいることに、一体どんな意味があるのか。そしてそこで、何を見出すのか。それはまだ分からない。
ダンジョンと化した『夢の跡』。攻略がその弔い代わりとなるだろうか。
建物の隙間、狭い路地裏を進みながら、目的地である
モンスターが少ない場所を進んだおかげで、最小限の戦闘で済ますことができた。戦闘回数3回、うちスケルトン7体。樫宮先輩の目算通りである。
そしてたどり着いたのは、立方体型の朽ちかけた巨大な建築物だった。
<辺境都市アステロ>の心臓部、
元々は立派な建物だったのだろう、周りの建物と比べて比較的その形を維持しているように感じた。
正面の扉はどこかへ行ってしまっている。薄暗い闇が、大きく口を開いていた。
中をのぞくと、入ってすぐのエントランスホールにボスの姿が2体見える。
■彷徨える聖鎧(レベル21)
■キング・ポルターガイスト(レベル23)
今まさに、『ラプラスの庭』で初めてのボス戦が始まろうとしていた。
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