第6話 <クレア・ライトロード>の悲喜劇 その2
◇
――私、クレア・ライトロードは宇宙人である。
急になにを言っているんだ、なんて思われるかもしれないけれど……。
まあ、事実なので仕方ない。
これは地球人から見たらの話で、厳密には地球人も私も、どっちも宇宙人には違いないんだけど……。
地球の文化をリスペクトして、ここは私が宇宙人ということにする。
私が住んでいる星の話をしようかな。……いや、やめておこう。
とりあえず、太陽系外のどこか、とだけ言っておく。
あまり詳しく話すと、宙凸とかされそうで怖いから。
私には、一つ趣味があった。
発展途上の惑星に発信機を降下させ、その星のゲームをプレイする。
珍しいことではない。レトロゲームの愛好家の間ではよくやられていることだ。
地球は私にとって最高の穴場だった。
私の銀河で『ナイツ&クラウン』を見つけたのは、たぶん私だけだろう。
初心者にとっては普通に面白いファンタジー大作、しかし極まった上位勢にとっては修羅の世界。
そんな2つの世界が共存しているところが本当に私好みの作品であった。
仲間内では『ポッケモン』とかの方が評判だったけれど。
そんなどの宇宙にでもあるファンタジー作品のなにが良いんだ――だって。
普通に見る目がないと思う。
そんなわけで、わざわざ太陽系外から小型の隕石に偽装して中継装置を地球に降下させ、地球外から『ナイツ&クラウン』をプレイしていたのだけれど。
一人、私が勝手に
それが『
狂戦士特有の狂化状態と圧倒的な自己バフの数々で相手の攻撃を無力化し、一方的に相手を虐殺する『
聖女でありながら一人で前線に立ち、数々の祝福と圧倒的な自然回復量で、すべてのダメージを一瞬で全回復し、一方的に殴り続ける『
あまりにも似通ったプレイスタイルから、二人は『ナイツ&クラウンの脳筋二大巨頭』とよばれていた。
決着をつけるために、アイツには何度も挑戦状を叩きつけた。
しかし、その挑戦は一度として受けられることはなかったのである。
戦いさえすれば、絶対に勝てたはずなのに。
――HP最大時に致命ダメージを受けても必ずHPが10%だけ残る『女神の加護』。
――そして属性・系統の異なる12種類の最上級自然回復スキル。
これらを突破するためには、これら12種類の自然回復スキルに対応した、12種類の回復無効スキルを同時に付与する以外に手段はない。
当然相手のデバフスキルに対しては、聖女特有の祝福の数々によって完全対策済みである。
要するに、負ける要素は完全にゼロなのだ。
それなのに、決着をつけるどころか、この『ラプラスの庭』の世界で、その……アレを見られちゃったなんて!
出来心だったのだ。
地球人は自分たちと体の構造が異なっていたから、つい気になってしまって……。
どうやら『ナイツ&クラウン』では再現されていなかった部分が、『ラプラスの庭』では全てにおいて完全再現されているらしい。
私は悪くない。悪いのは『ラプラスの庭』の製作者の方だ。絶対に。
◇
「うっ……」
目を開けると、木の葉の隙間から陽が差し込んでいるのが見えた。
そうか、ここは森の中だったな。
クレア・ライトロードという少女の杖が脳天に直撃し、気を失っていたんだ。
時刻を確認する。気を失っていたのは1分ぐらいか。
戦場で命を落とすには十分すぎる時間だ。
さすがに頭から受けるのは止めた方がいいな。自戒しておこう。
体を起こすと、頭をさする。
まだズキズキしてるかと思ったら、そうでもなかった。
「ヒールかけておいたから。ほら、痛くないでしょ?」
視界にクレア・ライトロードの顔が映る。その姿はどこか申し訳なさげだ。
今度は純白の聖導衣を着こんでいる。おそらくジョブは
「ああ、これ、君が治してくれたんだ。……あの、ありがとうございます」
「あなたが感謝する必要はないでしょ。その傷は私がやったんだから」
「そんなことより……あなたがこのゲームをやってるなんてね。『
それは『ナイツ&クラウン』での僕の異名だ。
ということは……
「なるほど、君も『ナイクラ』プレイヤーなんですね!」
こんなところで同好の士と出会えるなんて、なんて奇遇なんだ!
しかし、何故かクレア・ライトロードはきょとんとしている。
やがて、何やらぷるぷると震え出した。
一体どうしたんだろうか。別に何もおかしなことは言ってないはずなのに。
「まさか、私のことを知らないの……!? 『
「いや、初対面だと思うけど……」
どうやら二つ名持ちの方だったようだが、あまり記憶になかった。自分の二つ名と似た名前なので、一度でも聞いたことがあるなら覚えているはずなのだが……。
こちらのきょとんとした様子に、クレアは更にヒートアップする。
「
「すみません、自分は寡聞にして聞いたことがない……。しかし、ナイクラにそんな猛者がいたとは。もっと早く知っていたら、自分も手合わせ願っていただろうに……」
自分が王冠持ちとなって以来、戦う相手を探すのに苦労したものだ。
他の王冠持ちプレイヤーとは、戦おうにもなかなかコンタクトを取れないし。
……まあ、王冠持ち全員の名前を知ってるわけではないんだけれども。
だからこそ、もし自分に匹敵するプレイヤーがいると聞いていたら、真っ先に飛びついたことだろう。本当に勿体ないことをしたものだ。
しかし、自分はどうやらまたクレアの地雷を踏んでしまったらしい。
「だったらなんで返事しないのよっ! 何度もメッセージ送ったでしょう!? ……まさか、私のメッセージ、全部スパム扱いされてないわよね?」
「そう言えば、最近ずっとスパムメッセージの量が異常だったような……」
「ああもう、どうしてこんなに噛み合わないのよ!」
クレア・ライトロードは叫ぶ。
ああ神様、なんてこの世はかくも理不尽なの!
◇
ピリピリした雰囲気のクレアを連れて、樫宮先輩の元へ向かった。
クレア・ライトロードの名前を確認すると、樫宮先輩は驚く。
「む、貴様はクレア・ライトロードではないか。……あの
「ほら! この人だって知ってるでしょ! 私のことを知らないなんておかしいのよ! ……って、げっ、あんたカシミールじゃない! まさかとは思ってたけど、やっぱりあなたもいたのね……」
どうやらクレアは樫宮先輩とは見知った仲のようだ。
自分が王冠狩りが忙しくて知らなかっただけで、やはり彼女は有名人らしい。
しかしそれだけじゃないようだ。カシミールⅢ世の名前を見たとたん、何やら動揺した様子だ。
……大方、『ナイツ&クラウン』で樫宮先輩に何かされたのだろう。
「二人は一体どういう関係なんです?」
とりあえず聞いてみることにした。
……あまり良い関係とは思えないけれど、万が一というものもあるし。
「ふっ、我の前で聖女を名乗ったが故、火あぶりにしてやったのだ」
「それも七回もね……。聖女の祝福系バフを貫通できるスキルがあるなんて、相性最悪だわ」
……やっぱり、樫宮先輩の毒牙にかかっていたんだ。
だったら先程の反応も納得がいく。
さぞ最悪な体験だったろう。ご愁傷さまです。
しかしそんなナギの横で、クレアは一つの疑問に思い当たる。
そして急にクレアは深刻な表情をして、何やらぼそぼそと呟き始めた。
一体急に、どうしたのだろう。
「それにしても、ナギにカシミールと、地球人が二人も『ラプラスの庭』をプレイしてるなんて……地球にゲームデータを流した奴がいるのかしら。そもそも、どうして地球なんかに……?」
何かを呟いているが、小さくて自分にはあまり聞き取れなかった。
ただ、何か思いついたかのようにハッとした表情をしたのだけは見えていた。
「あ、そうか! 『ラプラスの庭』のロケ地は太古の地球だったはず! 聖地である地球にデータをお供えしたファンがいなかったとも言い切れないわ」
何やら一人で納得した様子だ。少し不気味である。
「先輩、もしかしてこの人、やっぱりヤバい人なんじゃ……」
「まあ、それについてはあまり否定はできぬな」
クレアに聞こえないように、小さな声で樫宮先輩と言葉を交える。
しかし、クレアはそんな二人には気づいていないようだ。
真剣な雰囲気で、こちらを見つめながら語り始めた。
「二人とも、大事な話があるの。荒唐無稽だって思うかもしれないけれど、聞いてくれる?」
◇
――今から地球時間で1000万年前のこと。
人類が地球上に誕生する少し前、あるゲーム制作企業が新作のロケ地として地球へ降り立ったという。
その惑星で起こる地殻変動や気候変動、そして生物の進化をシミュレートしながら、そこに独自の要素を加えてゲーム世界を構築していった。
発表されたタイトルは『ラプラスの庭』。やがて、全銀河の高度文明を持つ惑星で販売が開始された。
星間VRMMOとしては当時史上最高の売り上げを誇ったそのゲームは、幾つもの銀河の幾つもの惑星のプレイヤーたちで賑わったという。
最も好評だったのは、まだ進化の途中で存在していなかったはずの地球人類という種族をプレイヤーキャラとしたことだ。これが銀河中のゲーマーたちの想像力を掻き立てた。
これから生まれるであろう文明を、自分たちの手でシミュレートして築き上げることができる。
そんなロマンあふれるゲームをゲーマーたちが見逃すはずがない。
かくして『ラプラスの庭』は空前絶後のロングセラーヒットとなった。
しかし、どんな名作であっても、必ず廃れる時が来る。
『ラプラスの庭』もその例外ではなかった。
ゲーム業界はただでさえ浮き沈みが激しい。ゲーマーたちも流行り廃りに敏感だ。新しいゲームが次から次へと発表されていく。
そんな中、『ラプラスの庭』は徐々にゲーマーたちの記憶から薄れていった。
そして、最後の一人だったプレイヤーも、『ラプラスの庭』に見切りをつけて去っていく。
しかし、プレイヤーたちが去った後も、『ラプラスの庭』はひとりでに稼働を続けていた。『ラプラスの庭』には高度なプログラムが備わっており、自立稼働が可能とされていたのだ。
プレイヤーがいなくなった世界は、プログラムに従って崩壊と再生を繰り返す。
『ラプラスの庭』は誰にも顧みられることなく、そのまま忘れ去られていくはずだった。
しかしある時、とある惑星のゲーマーたちが『ラプラスの庭』を発見する。
――それはなんの因果か、『ラプラスの庭』のモデル、地球だったのである。
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