第5話 <クレア・ライトロード>の悲喜劇 その1
――薄暗い森の中。
視界には3匹のゴブリンがこちらに向かってやってくるのが見えた。
ゴブリンはファンタジーで定番の雑魚モンスターだ。
このゲームでも、その脅威度は最低クラスであるEランクとされている。
そしてこちらの残りHPは96。これならば回復せずとも問題ないだろう。
ここは森の中でも十分に開けた場所で、不意打ちの危険性もない。
ちなみに樫宮先輩は後ろで、切り株を椅子代わりにゆったりとくつろいでいる。
「よいか、ゴブリン3体ごときに手こずるでないぞ。……はあ、あまりに退屈だな。今にも我が闇の炎であのゴブリンどもを消し炭にしてしまいそうだ」
樫宮先輩の声はどこか気だるげだ。
いくら僕の方がレベルが低くてレベリングが必要だとはいえ、戦闘になるたびに何もせずに後方で待機しているのだ。退屈しても無理はない。
先輩をこれ以上待たせるわけにはいかない。
ならば、なるべく早く終わらせるとしよう。
「――
一閃、冷気を纏った斬撃がゴブリンたちに襲い掛かった。
<辺境都市アステロ>の惨状は、それはひどいものだった。
あれがかつて最初の街だったというのだから驚きだ。
モンスターたちも住み着いているし、もはやあれは完全にダンジョンだったぞ。
というか先輩のいうことが事実なら、<辺境都市アステロ>どころかこの世界の人類は壊滅寸前ということになるんだけど……。
それについては、一体どうしたものだろうね。
「ふふっ、我が手を下すまでもなかったか……。ならば、残った人類は我が臣下とするとしよう。手始めに<スサノーの村>の民に、我が威光を示すのだ!」
樫宮先輩はノリノリだった。流石です、先輩。
行く当てもない僕たちは、結局ヒミコちゃんのいう通り<スサノーの村>を目指して北へ向かうことにした。
レベリングがてら、ゴブリンが生息する森の中を進軍する。
方角は樫宮先輩の地図魔法だよりだ。
地図魔法は汎用魔法の一つで、羊皮紙などの紙系アイテムに魔力をかざすと周囲の地形が写るというもの。
樫宮先輩のジョブは
そういえば、僕が来る前は樫宮先輩はソロで進めていたことになる。耐久も低く、ソロには向かないはずなのに、よく一人で進めたと思う。
……さすがハイスペック超人、といったところだろう。
「それで、我が半身よ。レベルはそろそろいくつになったのだ?」
戦闘が終わりドロップアイテムを回収したところで、樫宮先輩が訊ねてきた。
ちなみにドロップアイテムは「何かの革」だとか「木の枝」だとかあまり使えそうにないものだった。
……せめて回復アイテムとかがドロップすると楽になるんだけど。
「えーっと、レベルは……12。先輩の半分ってところですね」
ちなみに、ステータスは下の通りだ(装備分は含まない)。
------------------------------------
名前:ナギ
プレイヤーレベル:12
種族:
職業:
HP(体力):145
MP(魔力): 20
SP(気力): 26
STR(筋力):21
DEF(防御):15
DEX(器用):13
AGI(俊敏):16
INT(知力):11
------------------------------------
どうやらプレイヤーの戦闘スタイルによってレベルアップ時に上昇するステータスが決まっているようだ。
そのため、レベル1時点ではSTR~INTは全て10だったのだが、STRが11も上がっている一方で、INTは1しか上がらないというような状況が起きている。
INTは魔法防御力にも関係するステータスなので、早めに魔防を上げられる装備品を手に入れたいところだ。
ちなみに『氷魔の剣』を使い続けた結果、
樫宮先輩はステータスを確認すると、うんうんと頷く。
「なかなか順調ではないか! それに……我が半身よ、お主、少し逞しくなったのではないか? なにやら胸板も厚くなったような気がするぞ」
樫宮先輩が僕の胸元をぽんぽんと叩く。
「それはないですって先輩。ゲームなんですから」
「そうか……しかし、我が半身として、お主がいずれ『暗黒の狂戦士』を名乗るに相応しい体躯となるのを期待しているぞ」
まさか……さすがにSTR値が上がると外見も変化するなんて仕様はないよな。
いや、これは『ラプラスの庭』なのだ。
有り得ないなんてこととは言えない気がする。
けれど、戦いを繰り返している間に、気づかないうちにムキムキになっていた――なんて事態はさすがに勘弁してほしい。
「お主、少し疲れてきているだろう。もうこの辺りに敵はおらぬだろうし、休憩するとしようか」
確かに。2時間は森の中でレベリングしていたため、さすがに疲労が見えてきている。樫宮先輩の言う通り、休んだほうがいいかもしれない。
◇
目の前に樹齢何百年だろうかという大樹が立っている。
この森の中でもかなりの古株だろう。木の幹はかなりの太さで、相当な生命力を感じる。ちょうど剥き出しの木の根が座りやすい形をしていたので、そこに座ることにした。
森の中では、虫や野鳥の鳴き声が聞こえてくる。
声だけかな? と思って周囲を注意深く見渡すとちゃんとその姿を確認できた。
……どうやら製作者は手抜きはしていないらしい。
それにしても――ナギは思う。
『ラプラスの庭』の世界は、あまりにもリアルすぎやしないだろうか。
木の質感や、木々の隙間から零れる木漏れ日は、まるで自分が本物の森にいるかのようだ。そのうち、マイナスイオンまで感じるかもしれない。
……まあ、さすがにヒーリング効果はないだろうけど。
樫宮先輩とは一旦、別行動になった。
「お主、少し我に気を使いすぎているのではないか? しばらく一人でゆっくりするといい。……ふっ、やはり我は出来る『嫁』だな!」
とのことだ。
なるほど、半身とは夫婦のような関係らしい。
樫宮先輩の中では自分がどんな扱いをされているのかは分からないが、自分は樫宮先輩のことを『嫁』だと思えばいいのだろうか。
うーん。先輩はいろいろ破天荒すぎて、全く想像がつかない。
辺りでは樫宮先輩のスケルトンたちが、薬草を求めて周囲を探索している。
自分が使っている回復薬も、このスケルトンたちが見つけてきた薬草を素材に作られている。
そう考えると、死霊術師は案外サバイバル適正が高いのかもしれない。
システムウィンドウを開く。
休んでいるうちにまだ見ていない部分を確認しておくとしよう。
しばらく見ていると、一つだけ気になる部分があった。
それは装備欄にあったのだが、インフォメーションを開くと装備の入手方法などが説明されている。そこには、
「鍛冶を行うと素材を使用して所有武器の武器レベルを強化する事ができる」
「他にも、鍛冶ではオリジナルの新しい武器を生成する事ができる」
「鍛冶で生成した武器にスキルがつく確率はごくわずかなので、武器スキルを狙うならダンジョンを潜ることが近道だ」
など、そこそこ有用なことが書かれていたのだが。
肝心なのはその先、『鍛冶のチュートリアルを開始する』という文字が目立つ色で書かれていたのだ。そしてどうやらこれはタップできるらしい。
鍛冶のチュートリアルは、ヒミコちゃんから受ける事ができなかったものだ。
装備を増やす事ができるのならば、願ってもないことだ。ここは森の中で、どう見ても鍛冶施設のようなものは存在しないが、駄目元でも試してみる価値はある。
しかし……
『
『呼び出しますか?』
『呼び出しに失敗しました。No.2943は現在、長期間休眠中です』
『目覚めるまで……ゲーム内であと8195時間』
システムに不具合か何かがあって、チュートリアルを開始できなかったようだ。
なんだか不穏な感じがするが……きっと思い過ごしだろう。
8195時間ということは、だいたい1年くらいか。
それぐらいメンテナンスしていたゲームもかつては存在した。
特にいにしえのソーシャルゲームにはメンテがヤバいゲームがいくつもあったというし、このゲームの場合は一つの機能が使えないだけなのだから、これくらいは別に問題ないだろう。
……原因が気になるところではあるけど。
遠くにスケルトンの姿が見えた。腰をかがめて薬草を採取しているようだ。
することもなくなってしまったし、自分も近くを散策してみるとしようか。
あまり遠くに行くのも良くないので、近場を散策していたところ。
先程の大樹から少し歩いたところに、小さな泉が見つかった。
そこでは頭上を覆う木々も途切れ、泉の周りだけ明るい陽の光が差し込んでいる。
少し近づいてみたところ、何やら泉の真ん中に人影が見えた。
金髪ってことは、樫宮先輩ではなさそうだ。あの人のアバターは黒髪だし。
どうやら彼女は、水浴びをしているようだ。
彼女は、一糸まとわぬ姿、生まれたばかりの姿をさらしていた。
透き通るような白い肌。
さらさらとした金色の髪。
引き締まっていながらも、ふくらみも持った身体。
しかし何やら様子がおかしい。
彼女の様子は、ただ水浴びしているという感じじゃなかったのだ。
時折、「んっ……!」というようなくぐもった声が聞こえてくる。
……まさか。
これは、イケないものを覗いてしまっている気がする……!
どうやら彼女は、僕のことに気付いていないようだ。
水に濡れた白い肌は、真珠のように清らかで滑らかだ。
とても神秘的で、エロティックな光景だった。
けれど……このままここにいていいものだろうか?
僕たち以外のプレイヤーがいるというのは、大きな収穫ではあったのだけれども……さすがに今から声を掛けるのは、気まずい気がする。
よし、ここは一旦退いて、事が終わったら偶然を装って顔を出すとしよう。
気付かれないように静かに後ずさりしようとするが、その時背後のなにかにぶつかるような感覚があった。
「……!」
慌てて後ろを振り返ると、そこには骨骨しいスケルトンの姿があった。
バランスを崩して草むらに倒れ込む姿が、はっきりと見える。
おそらく、薬草採取にきたスケルトンの一匹だろう。
どうやら、いつの間にかすぐ後ろまでスケルトンが来ていたらしい。
つまり、自分は気づかずに突き飛ばしてしまったわけか。……無念だ。
ガサガサガサ!
草むらに飛び込んだスケルトンが大きな音を立てる。
さすがに、この音に気が付かないことはないだろう。
案の定、少女は音に反応した。次いで、僕の方を見る。
華やかな雰囲気の、可愛らしい美少女だった。
顔を視認できたので、プレイヤー名が確認できるようになった。
名前は『クレア・ライトロード』。やはりプレイヤーだった。
「な、なんで私以外のプレイヤーがここにいるのよ……?」
少女は驚いた様子だった。
まるで他のプレイヤーなど存在するはずがない、と信じ切っていたみたいだ。
しかし彼女は、自分の直前の行動を思い出す。
そしてすぐに顔が真っ赤になった。
「……! あんた、その、どこまで見たの……?」
「あの……自分は別に、何も見てないですよ!」
とっさに嘘をつく。お互いが傷つかない、優しい嘘だ。
いや、待てよ。『何も見ていない』……? あ、マズったかもしれない。
目の前にいるのは裸の美少女だ。その時点ですでに重大な『何か』といってもいいほどのものだ。それなのに『何も見ていない』なんて言ったとしたら……。
「……そう。なるほどね。……くうぅぅ、やっぱり見たってことじゃねーかよおおおお!!!」
彼女の眼もとには、うっすらと涙が浮かんでいる。
そして右手には、たった今実体化させた木の杖を握っていた。
そして次の瞬間、彼女は木の杖を僕の脳天目がけて投げつけてきたのだ。
しかたない、これは甘んじて受けよう。
相手の心中、察するに余りある。
自分だったら恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。
感情をぶつける先が彼女には必要なのだ。
……たぶん。
――ゴツン!
予想以上の勢いで飛んできた木の杖は、ナギの頭に衝突する。
そしてそのまま、スケルトンのちょうど隣に綺麗に倒れたのだった。
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