第3話 <修練の洞窟>と破天荒なチュートリアル その1


 ――ドスン!


 気が付くと、自分は地面に衝突していた。


 おぼえているのは、シャドウという男に扉から突き落とされた後、光のトンネルのようなものの中を落下していたことだけだ。

 あの時はどうなることかと思っていたけれど、幸いなことに、どうやらちゃんと『ラプラスの庭』の世界に到着できたらしい。


 しかし……


「い、痛い……」


 衝突の衝撃だろう。体のあちこちが悲鳴を上げている。

 ……ヤバい、割とシャレにならないダメージを受けているみたいだ。

 体感だが、あと少しでもダメージを受けたら限界を超えてしまう気がする。


 ――ゲーム開始早々、倒れているところをゴブリンに小突かれ死亡。


 ……さすがにそんな結末ラストはイヤすぎる。



「着地できずに地面に叩き付けられるプレイヤーさんを見るのは初めてです。……とりあえずヒールを掛けておいてやるです」


 痛みが引いていく。この感覚は、おそらく回復魔法だろう。

 よかった、これで助かった――

 どこの誰だか知らないが、命の恩人だ。


「あ、ありがとう……君は……?」


 見上げると、そこにいたのはずいぶんと小柄な女の子だった。

 小人? それとも妖精だろうか。とにかく異世界の種族であることは間違いない。

 ぶかぶかな民族衣装のような服を着て、まるでコロボックルのようだ。


 ちっちゃな女の子は、「えへん」と得意げな様子で、


「私は補助サポートAIプログラムNo.0135。チュートリアルしにやってきてやったのです。私のことは、敬意と親しみを込めて『ヒミコちゃん』と呼ぶのですよ。……数字で呼ばれるのは嫌いなのです」


「そうか……よろしくね、ヒミコちゃん」


 なるほど、1(ヒ)3(ミ)5(コ)でヒミコちゃんというわけらしい。


 そしてどうやら彼女は運営側のNPCのようで、それならばゲーム世界に転送されたばかりの自分の元にすぐにやって来るのも納得できる。

 体の痛みが引いてきて、ようやく状況が理解できるようになった。

 ここはどうやら洞窟の中らしい。それも、相当大規模な。


「この洞窟は一体……?」


「ここは<修練の洞窟>なのです。この世界に来た人は、みんなここで鍛えられていくのです。洞窟を抜ける頃には一人前の冒険者になっているのですよ」


 「こっちについてくるのです」と言って、ヒミコちゃんはトコトコと洞窟の奥へ進んで行く。とりあえず、ここは彼女に従うのが最善だろう。


「……ふふん、私が担当することを光栄に思うがいいのです。しっかり者の私の言うことを聞いていれば、生存率ナンバーワンが保証されるのです」



 ◇



 それから、さっそくヒミコちゃんによるチュートリアルが始まった。

 まずは、基本的なシステムの解説からだ。


「まずは武器を装備してみるのです。今、初期装備を恵んでやったのです」


 胸元が淡く青く光る。光っていたのは、自分の首飾りの水晶の欠片だった。

 今まで気付かなかった。いつの間にか身につけていたようだ。

 多分だけど、この世界にたどり着いた時に付与されたものではないだろうか。


「所持しているアイテムは、みんな首のクリスタルに収納されているのです。収納されたアイテムは名前を念じるだけで取り出せるので、とにかくやってみるのです! 武器の名前は『ヒミコちゃんじるしの鉄の剣』なのですよー」


「『ヒミコちゃんじるしの鉄の剣』……」


 この人もしかして、チュートリアルにかこつけて、システムを私物化してないか……?

 いや、考えても仕方がない。とりあえず言われた通りに念じてみよう。


 ――『ヒミコちゃんじるしの鉄の剣』!


 すると、手元に一振りの剣が現れた。

 武器に似つかわしくない、ものすごくファンシーな見た目をしている。

 正直言って、あまり強そうではない。


「これで戦うのか……」


「見た目に騙されてはいけませんよー。可愛らしい見た目をしていて、それなりに高性能なのです。……ふふ、まさにヒミコちゃんそっくりなのです」


「……! 確かに、よく見てみると『プレイヤーの取得経験値5%上昇』の効果がついてるじゃないか! 使えるぞ、この『ヒミコちゃんじるしの(以下略」


「ちょうどいい所に、あそこにゴブリンがいるのです。さっそく戦ってみるのです!」


 ゲーマー特有の手のひら返しを済ませたところで、この世界で初めての戦闘が始まった。といっても、特にこれと言って特別な何かが起こったというわけでもなく、実にあっさりしたものである。

 『ヒミコちゃんじるしの鉄の剣』は切れ味もなかなかのもので、ゴブリンの革の鎧ごとスパっといってしまった。


 しかし、それにしてもさっきのゴブリンはリアルだった。見た目だけじゃなく動きまでも生き物臭さがあったし、斬ってて少し申し訳なさを感じてしまったぞ。


 戦闘が終わり、おそらく報酬だろう、装飾された木の宝箱が現れる。


「初勝利のご褒美なのです。開けてみるといいのです」


「まさか、この中身も『ヒミコちゃんじるしの』じゃないですよね……?」


 いや、性能的には確かに強いっちゃ強いんだけど……やっぱり、普通にカッコいい武器を使いたいというのが人情である。


「そんなに警戒しなくてもいいのですよ。今回は中身は完全にランダムなので、『ヒミコちゃんシリーズ』は出てこないのです」


 なるほど、それなら安心だ。

 でも、やっぱり『ヒミコちゃんじるしの(以下略)はシリーズ化しているのか……さすがに2つ目は勘弁してほしいと願いながら、宝箱を開ける。


「氷魔の剣……なかなかの武器ですね」


 ほほう、結構カッコいいじゃないか。

 シンプルさと禍々しさが程良いバランスをしている。

 肝心の性能は……っと、性能を確認する前に、手に入れた『氷魔の剣』は青白い光を放つと、首元のクリスタルに収納されてしまった。


 宝箱から入手したアイテムは、一旦クリスタルに納められるのだそうだ。

 念じる力で『ヒミコちゃんじるしの鉄の剣』をクリスタルに戻し、『氷魔の剣』に持ち替える。

 これでようやく『氷魔の剣』のステータスを確認できるな。


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名前:氷魔の剣 (武器レベル:25)

基礎攻撃力:+12

属性:氷

耐久値:最大

ステータス補正:なし

効果:氷結状態による与ダメージ +10%

汎用スキル:氷結斬フリージングブレード レベル1


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 初っ端から属性武器とは、なかなか良いのではなかろうか。

 しかも、効果もなかなかよさそうだ。

 だが、気になる点もある。


「クリスタルからはいつでもアイテムを出し入れできるのです。でも、武器や防具などは取り出すのに集中力が必要なので、注意するのですよー。特に戦闘中だと無防備になるので、あまりおすすめしないです」


「なるほど……それで、この汎用スキルっていうのは?」


「むー、今ちょうど説明しようとしていたところなのです。先回りは禁止なのです」


「武器の中には、スキルを持っているものもあるのです。その武器を装備している間だけ使えるスキルなのです」


「汎用スキルは、スキルレベルを最大にすると他の武器でも使用可能になるのです。せいぜい頑張ってスキルレベルを上げるといいのです」


「なるほどね。武器を集めるだけじゃなく、使っていかなきゃいけないんだ」


 面白い。新しい武器が手に入るたびに、プレイヤーはスキルが付いていないか一喜一憂してしまうというわけだ。冒険する楽しみがこれで一つ増えたな。

 うん、楽しみだ。


「次は、複数相手の戦闘なのです。『氷魔の剣』の氷結斬を使って一掃するのです」


 ヒミコちゃんの掛け声とともに、3体のゴブリンが一斉に襲い掛かってくる。

 ……上等だ。今から新武器と新スキルの錆としてくれよう。



「――氷結斬フリージングブレード!!」




 ◇



 それからチュートリアルは順調に進んで行った。そして最後に、大広間へと案内される。


「この大広間を抜ければすぐに外に出られるのです。……ですが、その前に最後の試練を受けてもらうのです。<修練の洞窟>の番人、マッスルゴブリンなのです」


 そしてすぐに、自分はその怪物の姿を目の当たりにした。

 ……デカい。今まで相手してきたゴブリンとは、一回りも二回りも違う。


「グオォォォ!!」


 マッスルゴブリンと呼ばれた漢はこちらに気付いたのか、ダンベルトレーニングの手を止め、こちらに向かってくる。

 その手には相当な重量に見える棍棒を携えて。


「これが最後の戦いなのです。今まで学んだことを生かして、好きなように戦うのです」


 マッスルゴブリンと相対する。筋骨隆々な肉体は、まさに鋼のようだ。

 こいつを倒さない限り、洞窟の外に出られないわけだ。

 『氷魔の剣』を構える。――さあ、勝負だ!







 決着は一瞬だった。

 裂空波のスキルで転倒させると、相手が頭を打ち気絶してしまったのだ。

 いくら肉体を鍛えていても、頭蓋を鍛えることはできなかったようだ。

 マッスルゴブリンは大きな巨体を横たえながら、今も目をぐるぐる回している。


「申し訳ないことをしちゃったかな……」


 いや、起こってしまったことだ、悔やんでも仕方がない。

 ……しばらくそこで眠っているといい。筋肉の成長には休息が大切だからな。


「よくやったのです! これで、マッスルゴブリンに認められたのです!」


「そ、そうかな……?」


 果たしてマッスルゴブリンは目が覚めた時、先ほどの戦いを覚えているのだろうか。……たぶん、自分がこけたことしか覚えていないような気がする。

 と、その時、首元のクリスタルが意味ありげに光を発した。


「これは一体……?」


 まさか、マッスルゴブリン、お前なのか?

 気絶しながらも、お前には僕たちの声が届いていたというんだな――


「ふふん、これはヒミコちゃんとの親愛の証なのです。ヒミコちゃんとの親愛度が深まったので、『ヒミコちゃんじるしの鉄の剣』が強化されたのです」


 ストンと落とされる。不憫すぎるぞ、マッスルゴブリン。


「……そうか。だったら、『氷魔の剣』の方を強化してほしかったな……」


 てっきり気を失っているマッスルゴブリンが応えてくれたのかと思ったぞ。

 少しだけ、がっかりする。

 でもまあ、『ヒミコちゃんじるしの(以下略)は使えるからな……。


「これで最後の試練は終了なのです。洞窟を出れば、チュートリアル終了なのですよー」


 ヒミコちゃんが洞窟の出口を指さして言う。

 しかしその時、もう一つの声が聞こえてきた。

 ……もちろん、マッスルゴブリンではない。



「……見ていたぞ、我が半身よ。先ほどの戦い、ずいぶんとあっけなかったではないか。それではお主も不完全燃焼だろう? ……ふふ、お主に相応しい相手を用意してやろう」


 凛々しくも可憐な、少女の声である。

 ……嫌な予感がしつつも、僕は声がした方向に目を向けた。

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