五
薄暗い台所の隅に、彼女はずっとうずくまっている。
どこかに行ってしまうことは恐らくない。だけど、もし芽ヶ沢さんの大動脈瘤を切除しても、本当に事態は丸く収まるんだろうか?
いつもとは勝手が違いすぎて、わたしにもどうすればいいのか分からない。
「……あの、すみません」
手術の後初めて、芽ヶ沢さんが口を開いた。
「はい、どうかしましたか?」
「心臓、まだ治ってないんですよね?」
「ええ。芽ヶ沢さんは生霊ですから、そのまま手術を続行したら、かえって良くないと判断しました」
「なら、もういいです」
「え……?」
「ショウタは私のことを捨てたんですよ? なら私、ただのストーカーじゃないですか! 本体も死んで、私も消してくれれば全部解決するでしょ?」
そうか、この人は訳が分からないままここに飛んで来たんだ。当たり前だよね。生霊は強い気持ちを抱いた人からしか出てこない。
手術の後リョウくんから聞いたけど、平田さんは突然故郷を出てこの街まで来た。それを知った芽ヶ沢さんは、きっともの凄く心が乱れたはずだ。だから、リビングの写真に気付かないまま、この部屋に居ついてしまったんだ。
そういえば生きてる時も、怖くなったり、ヤケになったりして手術を拒む患者さんをたくさん見てきたな。
「そんなことはありません。リビングに、あなたと平田さんの写真がありました。それに……」
「それに?」
「わたしは一度死にました。夫から手術を受けろってやかましいくらい言われても、仕事にかまけて忠告を無視し続けた。そしたら本当に死んじゃって……その後、どこかも分からない真っ暗な場所で、とても悔しいって思ったんです」
「それが未練、ですか?」
「そうです。夫には気恥ずかしくて、手術し足りないからって説明したんですけど、本音は違って、リョウくんと離れ離れになるのが嫌だって初めて自覚したからで……だからわたしだって、あの世から来たストーカーです。今回たまたま、芽ヶ沢さんは平田さんに迷惑をかけてしまいましたが、わざとでもないし、問題ありませんよ。だから早く元気になって、生きた体で会いに来てください。わたしたちよりは、可能性があるんですから」
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