「間も無く、T山、T山です」


 新幹線で遠出をしたのはいつぶりだろうか。患者の方はキリコに任せ、一人ではるばるこのY県はT山までやって来た訳だが、まさか平田さんがあんな厄介なしがらみを抱えていたとは思わなかった。

 芽ヶ沢さんの手術を中止した後、平田さんに事の次第を告げると、彼は悲しそうな顔で語った。地元での生活に嫌気がさして、誰にも──恋人だった芽ヶ沢さんにさえも──告げずに飛び出してきたのだと。

 そして、すべてを解決する為に、個人情報保護の原則には反するが芽ヶ沢さんの住所を平田さんから聞き出し、彼女の家を訪ねることにしたのだ。


「……ここか」


 たどり着いたのは、少し大きめの一軒家。実家暮らしだろうか。


「すみません、内科医の東屋という者ですが、芽ヶ沢さんのお宅で間違いありませんか?」

「……? はい、そうですけど」


 インターホン越しに、若い女性の声が聞こえる。彼女が尋ね人だろう。


「少しお話させていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい。お上がりください」



「粗茶ですが、どうぞ」

「ああいえ、お気遣い無く……」

「それで、私に何か用ですか?」

「ええ。単刀直入に言いますと、芽ヶ沢さん。あなた、心臓に疾患がありますね?」

「それをどうして……」

「治療はされていますか?」

「いえ、命が助かるかどうかもわからないのに、親に負担をかけるのも悪いと思って……それに、もう生きてる理由だってありませんから」

「と言いますと?」

「私には恋人がいました。けど、彼は何も言わずにどこかに行っちゃって……私も友達も、皆捨てられたんです。あれだけ愛し合ってても、いなくなる時は一瞬でした」

「……本当にそうでしょうか?」

「え?」

「あなたのおっしゃる恋人は、平田さんという方でしょう? 先日、彼の家にお邪魔した時、リビングにはあなたと写った写真が飾られていました。そして、何も告げずに飛び出したことを申し訳なく思っている、とも」

「でも、それならなんで……」

「さあ? それはわかりません。けど、私の経験から、一つ言えることがあります。私は三年前、妻を亡くしました。心臓外科医だったくせに、心臓に病気を抱えて、それでも『今担当してる患者を治したら手術を受ける』だなんて悠長なことを言って、その患者を救ったその日の夜に死にました」

「えっ……」

「愛する人が死ぬのは誰だって辛い。けどその中でも一番辛いのが、『もっと早く治療を受ければ治ったのに』死なれてしまうことだと思っています。私の言葉を信じてくれるなら、こちらの先生を訪ねてください」


 そう言って、鞄から封筒を取り出した。医者をしていた時には書くことの無かった紹介状だ。


「それでは、私はこれで」


 俺に出来ることは全てやった。後は、ソウタからの連絡を待つだけだ。

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