第76話 エピローグ(1)戦後処理
「——以上の功績により、ヘルザート・ガンナー・シルバーウルフにティランジア総督の権限を与える。狩人伯としての開拓地の領地化だけではなく、諸外国と迅速な交渉を行うために必要な自由裁量権を有するものと認める。また、陪臣を持つ権利も与え、申出のあった十の街の首長を準騎士爵に叙す事を認める」
アンギウムの居館の広間で、僕とリュオネは礼装に身を包み、ギルベルト・ルッテ軍使が勅書を読み終えるのと同時に受諾の礼をして立ち上がった。
エリザベス・ソフィス=ブラディア女王陛下の使者としての役目を果たしたギルベルトさんが早々と壇上からおりて一つ息をついた。
「ではギルベルトさん。テイと軽食の用意がありますので、南側のテラスで休憩しましょう」
「それはうれしい。報告書にあったもの以外の話も聞かせてください」
嬉しそうに答えるギルベルトさんと僕は、魔土づくりの仕事があるリュオネと別れ、一つ上の階の、南東に開かれたテラスにギルベルトさんを案内した。
「おお、ここから竜の軍勢との戦場跡が見えるのですね!」
ギルベルトさんがテラスに出て手すりに駆け寄った。好奇心の強さは妹のメリッサさんと同じくらいだな。
でも見下ろした光景をみて戸惑っている。
「想像と違ってすみません。ザハークが竜種でつくった〝殻〟は竜種の死体なので、竜種を呼び寄せないように戦いの後すぐに解体してしまいました」
僕達の目の前には耕され種が巻かれた平原が広がっていた。
ギルベルトさんはしばらくその景色を眺めたあと、ゆっくりと頭を振った。
「いえ、こちらこそ興味本位な態度をお許しください。竜種を呼び寄せるものなど片付けて当然です」
衛士隊の一人に椅子をひかれ、ギルベルトさんが席につく。
居館には水を廻らせ、ハイムアで入手した植物を植えている。
初めてみる湿地植物を話題に、しばらくギルベルトさんと語りあった。
「では、ティランジアの土地が不毛なのはすべて竜種の仕業であったと」
「そうですね。竜種が血殻を求め、内陸部の竜の墓場に向かうのはサロメが与えた性質でした。彼らが別の場所で死ぬ事により土地に魔力が還元されず、長い時が流れるうちに土中の魔力は枯渇し、ティランジアは草木の生えない地になった事がわかりました。この発見はメリッサさんの貢献が大きいですよ」
今回の戦いは魔獣の生態が専門のメリッサさんが活躍した。彼女の分析がなければ戦いはあそこまでうまくいかなかっただろう。
そのことも伝えると、ギルベルトさんは照れたように頬をかいた。
「はは……、姉のあの特技がお役にたてたならよかったです」
苦笑したギルベルトさんの視線は自然とテラスの外へと向かった。
その先には耕された畝がある。
「しかし魔力不足というなら、血殻を埋めれば解決しそうな気もしますが……ティランジアの都市国家の歴史を考えると、そういった問題でもなかったのでしょうね」
「はい。結晶化した血殻は植物が取り込める形ではありませんでした。ですがこれはホウライ皇国の技術が解決してくれました。皇国には魔砂より微少な魔土という凝血石を加工したものがあります。土地の力を回復させるのに使われるのですが、これがティランジアでも有効な事がわかりました」
「あとは水さえ確保できればティランジアの他の土地も農地に変えられるという事ですか」
ギルベルトさんは目を輝かせ、水生植物用にテラスの床にめぐらせている水路を見た。
水の確保についても目処がついているのを理解したのだろう。
「この手法でアンギウム以外も開墾を?」
「はい。今日も港の貨物船で血殻を魔土に変えてきました。そのまま十騎士領など各都市に送り、農地を拡大させる予定です」
終戦後、竜騎兵の報告からティランジアの各都市も竜種の襲撃を受けていた事がわかった。十騎士領にはこの後叙爵の認可がおりた旨を竜騎兵に届けさせる予定だ。吉報をうけて復興に力を注いでくれるだろう。
「ところで、魔土はビザーニャなど既存の都市国家にも送っているのですか?」
「いいえ、一部〝試供品〟として送っておりますが、彼らをブラディアの勢力に取り込む交渉材料にするつもりですよ」
ティランジアの糖蜜菓子を呑み込んだにもかかわらず、ギルベルトさんは眉間に皺を寄せ苦笑した。
「植民都市国家は主に食料により本国に服従しています。食料を自給させて独立させるわけですね。従わなかった時の鞭も用意しているのでしょう?」
「鞭というわけではありませんが、ティランジアの都市国家は竜種の襲撃で幾度も滅んでいますからね。我々が守らねばまた滅んでしまうかも知れませんね」
僕とギルベルトさんは無言で笑顔を向け合う。
もちろん都市に竜種をけしかける、なんてオルミナさんにさせないけど。圧力を与える手段を持っている事は重要なのだ。
こちらが望む事を都市国家にさせるために。
「都市国家の併呑より重要なのは食料です。土地は広大ですから、血殻を使えばブラディアの兵站を担えます」
僕が都市国家にもとめるのは労働力であり食料供給能力だ。だからある程度の自治を認めるのもやぶさかじゃない。
「食料が確保できるのは大きいですね。けれど、サロメが集めていた凝血石はそれだけに使うわけではないのでしょう?」
「ええ、ティランジアにはまだ服従していないメドゥーサヘッド達や討伐しなければならないナーガヤシャが多くいます。彼らと生活圏が重ならないように、戦略上重要な拠点しか開拓しません。ブラディア国には食料とともに多くの凝血石を提供するつもりです」
僕の言葉にギルベルトさんの肩が下がる。これもリザさんに確認を命じられていた事なのだろう。
「そのアルドヴィンですが、近頃はどのような動きを見せていますか?」
今度は逆にこちらから訊ねる。
レコンキスタの終結と共に戻ってきたアルンから報告は聞いているけれど、ブラディアの把握している情報も知っておきたい。
「彼らはブラディアに向けた陣地の構築を着々と進めています。ただ、諜報員によれば、軍の中でも〝学府〟に近い精鋭は、どうやら南部に移動しているようなのです」
「それは、学府自体がゲルニキアに拠点を移しているのと関係があるのでしょうか?」
僕が懸念しているのは、ティランジアで勢力を伸ばしている僕達をアルドヴィン軍の精鋭が背後から叩いてくる事だ。
学者だけがゲルニキアに移動するならまだしも、武力をもった集団までゲルニキアにこられるのはまずい。
アルドヴィン軍が展開し、前線がティランジア大陸全土に及べばさすがに僕達だけでは支えきれない。
今後の防衛について考えていると、頃合いとばかりにギルベルトさんがテイのはいっているカップを下ろしこちらを見た。
「……今回の戦いは対人戦闘ではないとはいえ、魔鉱銃を主体とした大規模戦闘です。戦地で指揮をされた感触はいかがでしたか?」
ゆっくりと訊ねるギルベルトさんの口調からは、この問いが軍使の儀礼以上に重要なものである事が察せられた。
それに答えるべく、僕は戦いの内容と使用した魔鉱銃の種類について説明していった。
さらに話は陣地に及ぶ。
「魔鉱銃を前提とした傾斜堡塁はそれなりに機能しました。アルドヴィンとの戦いでも拠点の防衛に役に立つでしょう。ただ、それだと空からの攻撃が懸念されます」
「それなら問題ないのでは? 今回の件で竜種を操る術を得たのでしょう? アルドヴィンの竜騎士は実質無力化できるのではないですか?」
どう答えるべきだろう。
首を傾げるギルベルトさんに向けていた視線を口をつけたカップに落とす。
やはり言っておかなければならないな。こちらの戦力に過剰に期待されるのも危険だし、どのみち姉のメリッサさんを通じて知られる事だ。
「アルドヴィンが繁殖に成功したと思われていた竜種は、実は我々の知る竜種ではなかったんです。少なくともイルヤ神の神種により生まれたものではなかった。だから無力化はできません」
この件はカナリヤ部隊の竜種がオルミナさんの強制力のある指示に反応しなかった事で発覚した。
海戦で得た死体を解剖しても生殖器の類いは見つからなかったので自力で繁殖する類いではない。
第八に指示し情報収集をさせているけれど、際だった情報はまだ得られていない。
「なるほど……ではまだ油断はできないのですね」
「はい、陛下によろしくお伝えください」
熱いテイの後に涼しくなるように、今度は氷を出して氷出しテイの準備を始めた。
竜種についてはまだギルベルトさんに話していない仮説がある。
でもそれらはまだ検証が済んでいない。
ブラディア本国には実験で確度の高い結果が出てから報告する事にしよう。
戦いが終わっても、まだしばらくはゆっくり出来そうにない。
【後書き】
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