第75話 再征服の終了宣言



 ……よかった。じゃなくて、今最後になんか含むものがあったよね?

 そこで僕は、周りに人がまるっきり、リュオネさえいない事に気がついた。

 人の気配が前方にしかない。


「オルミナさん、ちょっとごめん」


 オルミナさんを前に来させ、視界を塞ぐ岩を法陣で収納すると、傾斜堡塁の下まで扇状にびっしりと整列した皆の姿があった。


「何してんのみんな? 誰のさしがね?」


 嫌な予感を覚えつつ訊ねるけど、幹部一同はニヤニヤと笑うのをやめない。

 半目で睨んでいると、案の定青の戦装束をまとったシャスカがリュオネとクローリスを従えて胸を反らしていた。

 ところどころ装束が汚れている。塹壕を通って裏に回りこんだな?


「我が命じた! 我が使徒の記念すべき初説法じゃからのう!」


 呵々と笑うシャスカ。盗み聞きをしていた後ろめたさがまったく感じられない。


「暑苦し……熱い語り、悪くなかったですよ。正直まわりくどかったですけど」


 クローリスが普段の仕返しができたとばかりにとてもいい笑顔で笑っている。

 暑苦しいって言いかけたよな。いや、わざと言いかけたよな?


「シャスカ、後で覚えてろよ、盗み聞きを先導した罪は重いぞ」


 恥ずかしさで自然に声が低くなると、ぴっと鳴いたシャスカは顔を引きつらせリュオネの後ろに隠れた。


「わ、我は悪くない! 夫がかっこいいとノロケたリュオネが悪いのじゃ!」


「ちょっシャスカ⁉ 私は盗み聞きしようなんて言ってないよ⁉」


 かばった相手い裏切られ、リュオネが狼耳を伏せてシャスカに抗議している。


「リュオネ、それでもシャスカを止めなかったのはなんで? 僕だけの話じゃないんだよ?」


 僕が恥ずかしいだけならば問題ないけど、オルミナさんの気持ちだってある。

 だからちょっとだけ釘をさすつもりで強めにいった。


「あ、それなら気にしなくて良いわよ」


 驚いて横を見るとオルミナさんがなんでもない顔でヒラヒラと手を振っていた。


「だって私の方角から皆が塹壕に入っていくのは全部見えてたし。あ、でも言ったことは全部本音だから安心して?」


 にひ、と笑ったオルミナさんが竜の尻尾をしならせた。

 オルミナさんも知った上での事だったのか。

 知らなかったのは自分だけだったと知り思わず額を押さえた。

 間違った事を言ったつもりはないんだけど、恥ずかしすぎる。


「ザート君、許してあげなさいな。旦那様のかっこいい所をみんなに見せたいっていう新妻の気持ちをわかってあげて?」


 リュオネの肩に手を置いたフィオさんが悪戯っぽくリュオネの頬を指でつつく。

 最初はあわあわしていたリュオネだけど、次第に耳をふせながらまっ赤な顔でこちらを見つめてきた。


「ザート、ごめんね?」


 自然とため息が漏れた。こんなのはずるい。許す以外の選択肢なんてないも同然じゃないか。


「謝らなくていいよリュオネ。狩人伯として、使徒として、恥じることなんてなにも言ってない。演説しようと思った内容だからね。みんな許すよ」


 苦笑すると、そっか、良かったという言葉とともにリュオネは再び照れた様な、誇らしそうな笑顔になった。

 かっこいい所か。リュオネが自慢できるほどの人物になれた、という事は素直に嬉しいな。うん、それなら堂々と胸をはっていよう。


「……ん?」


 気持ちを新たに領軍と開拓者達に視線を向けると、幹部達の最後尾でミンシェンとメリッサさんがさっきまでの演説に使っていた拡声の魔道具を彼らに向けていた。


「おい、さっきの会話も、アンギウムの全員にまで聞かせていたのか?」


 さっきまで二人と一緒にいたエヴァに訊ねる。


「あら怒るのかしらぁ? さっきみんな許すと言ったばかりじゃない。使徒のお言葉はそんなに軽いものだったのぉ?」


「……怒るわけじゃない。確認しただけだ。領軍の皆に僕の声を届けられたのは、二人の機転のお陰だからな」


 エヴァの小馬鹿にした問い返しに答え、額を押さえて天を仰いだ。

 許すと言った手前、怒るわけにもいかない。

 よくもまあ短時間でこんな虐めを思いついたものだ。いっそ感心するね。開き直らないとやってられない。


「みんな、聞いての通りだ。一度死んだ竜騎兵のチャトラが、真竜シームルグとなり戦いに終止符を打った! 僕は求める! レコンキスタの最大の英雄に万雷の拍手を! そして竜種の軍勢との会戦という、未曾有の戦闘に勝利した英雄である君たち自身に賞賛を! 今この時をもって、ティランジア大陸のレコンキスタ完了を宣言する!」


 僕の声が荒野に響いた後、軍からは大きな歓声が地を震わせた。

 スタンピード制圧どころではない、未経験の竜種との戦争に勝利し、ティランジア発展の礎を築いたのだ。この場にいる全員が英雄であるのは間違いじゃない。

 僕は沸き立つ人の波を、しばらくの間石の上から眺めていた。


「ザート様、お疲れでしょうけど、少しよろしいでしょうか?」


 拡声の魔道具をミンシェン達から取り上げていると、涼やかな声とともに騎竜達の群れの中からチャトラとカレンが連れ立ってやってきた。


「このたびはわたくしを生き返らせてくださり、感謝の申しようもありません。救われた命を賭し、カレンとともにシャスカ=アルバ様にお仕えいたします」


 輝きの増した金色の身体を折りたたみ、羽根のついた前肢を地に着きチャトラが頭を下げる。


「ザート様。チャトラと再会させてくれて、そして絶望していた私に卵をあずけてくれてありがとうございました。あれがなければ私は、きっとここにはいませんでした」


 両手で胸を押さえるカレンにチャトラがそっとよりそう。

 そうか、結果として卵からチャトラが孵る事はなかったけど、カレンの心の支えには、たしかになっていたんだな。


「あなたに自分がどれだけ救われていたか、チャトラと再会できた今になってわかりました。私、さっきオルミナに話されてた言葉を忘れません。絶望しそうになった時には必ず思い出します。絶望の根拠である自分の知識が世界のすべてではない、未来は未来である限り自らの理解の外にあると」


 カレンの切ないほどに引き締まった表情が胸の前の拳とともにほどけ、胸の前に添えられる。

 儚げでありながら、確かな強さを秘めた笑みをたたえ、カレンはひざまづいた。


「私はウジャトの教えに深く帰依し、ヘルザート・ガンナー・シルバーウルフ様に末永くお仕えする事を誓います」


「ああ、わかった。これからもよろしくな、カレン」


 手を取って立ち上がらせ、敬礼をするとどちらからともなく微笑んだ。

 ボルジオに続いて熱心なウジャト教信徒が増えた、という事は僕の話も無駄ではなかったのだろう。

 ミンシェン達が声をとどけた軍にも、もしかしたら共感してくれた人もいるかも知れない。

 そう考えると、大勢に聞かせた自分の意志が間違いじゃなかったと自信がでてきた。


「おや、義弟よ。遅参してみれば何やら楽しげな事になっているではないか」


 一人感慨にふけっていると、後ろから低く笑う声が聞こえてきた。

 振りかえると、そこにはシャスカとアルンが意地の悪い半目でこちらを見ていた。アルン、本当にどこに行ってたんだよ。


「カレンよ、今の話は捨て置けぬぞ。信徒ならば仕える対象は我であろう。あれではザートに心を捧げたようではないか?」


 口をとがらせてすねた様子を見せるシャスカ。でも目は笑っている。


「い、いえ、違っ、すみません、あのっ!」


 慌てて立ち上がったカレンさんがまっ赤な顔をして手を振りシャスカに弁解している。

 カレン、少し落ち着いた方がいいと思う。慌てるほどからかっているシャスカを喜ばせるだけだ。


「アルン、帰ってきて早々に場を乱すのはやめてくれないかな?」


「女心を千々に乱しているのは義弟だと思うが?」


 少し呆れた様子でアルンが腕を組む。ひどい言いがかりだ。


「とりあえず義姉としては妹の機嫌を取ることをすすめるな」


 アルンの指さす先には尻尾をゆっくりとゆらすリュオネがいた。

 さっきまでと打って変わって、笑顔がめちゃくちゃ硬そうなんだけど……

 大丈夫、意外と怒っていないかも知れない。まずは話してみなければ。知っている情報だけが全てだと思うな僕。

 絶望しそうになった心を自分の言葉で奮い立たせリュオネの元へ向かった。


 でも奇跡はそう何度も起きてはくれないのが現実というものだ。

 リュオネは怒ってはいなかったけど、めちゃくちゃすねていた。



【後書き】

お読みいただきありがとうございます!

戦争終結宣言がなされ、のこるはエピローグのみです。



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