第74話 帰還
一歩一歩歩いてくる姿はサロメにより神種を奪われた時とあまりかわらない。
僕が助けられず、すがった神に裏切られたのだから、なにを信じたらいいのかわからないのかもしれない。
全く見たことがない、四枚の羽根の二枚が腕と融合した真竜がうずくまる姿を前にしてカレンの足は止まった。
「団長、この真竜は……」
「ああ、チャトラだ。今度は大丈夫だから、起こしてあげてくれ」
僕の声にカレンは真竜の顔の前に膝をついた。
「あっ、あの……、あの……」
おそるおそる手を伸ばしてはためらいがちにい引っ込めるのをカレンは繰り返している。
不安定な状態に耐えられなくなったのか、カレンは手を伸ばすのをやめてしまった。
「おいカレン、気持ちはわかるけどするなら早くしろよ」
パートナーに似て口が悪いなキビラ。
とはいえ、このままじゃらちが明かないのも確かだ。
予定を変え、僕がおこそうと足を踏み出そうとしたその時、ブハァ、とため息のようなものが眠っていたはずの真竜から聞こえてきた。
「もう、来るなら早く来なさいよ。寝たふりするのも疲れるのよ?」
片目を開けてカレンをみた真竜は首を起こすとそのまま口をあけ、大きくあくびをした。
「チャトラ……なの?」
「ええ。おはようカレン。相変わらず怖がりね」
年若い、どことなくお嬢様のような口調のチャトラが目元を緩めてくちばしを優しくカレンに擦り付けた。
「チャトラ、チャトラぁ! うわぁぁぁん!」
目を細めたチャトラの首に抱きつき大声をあげて泣くカレンを囲んだ竜騎兵隊の皆からわっと歓声があがった。
「……ザート、チャトラが女の子だって知ってた?」
「いや、知らなかった。神器には名前以外は何も表示されなかったし……ほかの騎竜達も性格くらいは把握しているつもりだったけど」
いっこうに収まらない騒ぎの中、リュオネとつぶやき合いながら周りを見る。
いつの間にかキビラとバシルが言い合いをしていたり、マコラとボリジオが穏やかに談笑していたり、他の竜使い達も自分の騎竜とおどろきつつ初めての会話をしている。
そして、少し離れた坂の下の岩にもたれて喧噪を眺めているオルミナさんを見つけた。
「リュオネ、ちょっとオルミナさんと話してくる」
「うん、元気づけてあげて。こっちはうまくするから」
手を振るリュオネに見送られオルミナさんの側にいく。ビーコはマコラ達他の竜種とおしゃべり中だ。
「オルミナさん、ありがとう」
「やられたわ、こういう事だったのね。騎竜に合図があるまでしゃべらせないで欲しいって言われた時は何かと思ったわ」
「驚くなら皆一斉に驚く方が面倒が無いと思って」
確かに、とオルミナさんはおかしそうに笑う。ついこの間まで竜と話せる事を隠していたオルミナさんだ。気持ちはわかるのだろう。
「でもそれだけじゃなくて、オルミナさんにもチャトラが生き返った事に驚いてほしかったんです」
「ん? 驚かないはずないじゃない。チャトラは姿は変わっても中身は変わっていなかったわ。カレンもあんなに幸せそうにしているし、完璧よ」
意味が分かりかねるとばかりに小首をかしげ、オルミナさんが半笑いで答える。
つられて笑いそうになるけど、これから話すのは大事な事だ。ちょっと真面目な顔で言わせてもらう。
「そうですね。でも、もしオルミナさんが使徒になった直後死んでいたら、あるいはその直前に僕がオルミナさんを殺していたら」
チラリと思うだけで後悔と焦燥感に駆られる想像を口にすると、オルミナさんの顔色がさっと変わる。
けれど、僕はさらに踏み込んだ。オルミナさんをつなぎ止めるには、この話は避けて通れない。
「サロメは確実に倒せていたかもしれませんけど、そこにオルミナさんとチャトラの姿はなかったでしょう」
きっぱりと言い切ると、オルミナさんは右肘を左手で押さえて下を向いた。
「でもあの時はそうするしかなかったじゃない。ザート君だって私を殺すのが最善だと思ったから剣を向けたんでしょう?」
オルミナさんのかすかに諦念を含んだ自己弁護がそのまま僕の心をえぐる。
僕の判断と態度がオルミナさんにナイフを持たせたも同然だからだ。
彼女に自殺の有効性を教えたも同然だからだ。
「はい。でもそれは間違いでした。サロメを倒したのが蘇ったチャトラだと知った時、僕は自分が知っている情報のちっぽけさを知りました。未来に起きる事はとても予測できるものではないと理解しました」
さっきまで戦場だった空を見上げる。雷雲は消え、雨上がりの澄んだ空が広がっている。
本当は未来は予想できる方が大多数で、今回の件が少数の例外だということはわかっている。
でも、はじめから切り捨ててしまうにはこの奇跡という例外はあまりに魅力的過ぎるのだ。
「チャトラが生き返ったと知って驚いた感覚を忘れないで下さい。今の僕達が知っている事が全てじゃない。だから——」
もう一度、言葉で伝えきれない所を補うようにオルミナさんの目を見据え口を開く。
「誤っているように見えても、使徒でいる自分を否定しないで下さい。今回と同じように、オルミナさんが使徒でいる事が未来の奇跡の礎になるかもしれないから」
全てを言い切った後、しばらく沈黙が続く、でも僕はこの沈黙が悪い沈黙ではないと確信している。
目を伏せて聞いていたオルミナさんは顔を上げると、雨上がりの空より晴れやかな笑顔で笑った。
「わかったわ。うん、湿っぽいのはガラじゃないしね。私はイルヤ神の使徒として、この姿で生きていく。これからもよろしくね、アルバ教団の第一使徒、ヘルザート様」
頭の角をひとなでした両手を上に伸ばし、翼とともにパッと広げた姿はどこまでも広い空を翔る自由な竜の様だ。
自分がイルヤ人だと知ってからどこか憂いを帯びていたオルミナさんが元気になって本当によかった。
【後書き】
お読みいただきありがとうございます!
ようやくですがチャトラを復活させました。
オルミナへの説得も、イルヤ人とわかり寄る辺を失った彼女をつなぎとめる主人公なりの優しさです……うざいですけど
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