第64話 僭神ザハーク(2)


 あえてザハークに判断を委ねるのは、誘導のためだ。

 先ほどの口振りから、ザハークがこちらを侮っているのはわかった。

 神をも自称するザハークなら、罠を見せられれば避けずに正面から潰しにかかると踏んだけど、予想通りだ。


「そうだな。シベリウスとの戦いの雪辱を貴様で晴らすこととしよう。その後にサロメの居場所を吐かせる」


 かかった。

 ザハークが牙をむきだしたのを合図に僕とザハークは空へと昇った。

 僕はザハークに法陣を向けながら沖へと向かい、後に続くザハークを観察した。

 やはり真竜らしく、翼に風魔法をまとわせて飛行している。

 程なく僕達はアンギウムの沖に浮かぶ海上要塞、バレット島にたどり着いた。


「この程度の要塞で我を迎え撃つつもりであったのか?」


 バレット島はあくまで人間の軍勢を想定して整備した施設だ。

 竜を倒す準備をしたといったので攻城兵器のようなものを想定していたのだろう。


「要塞でお前を倒すなんて言っていない。使うのはこれだ」


 巨大な法陣を消し、かわりに右手の盾剣から褐色のランスを伸ばした。

 加工したグリプタムトゥスの小鱗を幾重にも重ねた円錐で、靱性に関しては鉄のそれに大きく勝る。

 盾剣の法陣から一ジィほど伸ばしたランスを右頬にあてて構えを取る。


「そのようなもので……」


『ヴェント・センタ=レナトゥスの棘レナトゥス・スピルネ!』


 ヴェント・センタで一気に加速した身体でザハークに迫り、右腕の付け根、ちょうど逆に向いて広がっている黒い鱗の隙間にランスを突き込む。

 さらに法陣にあるランス本体に〝進行〟の状態を付与し、衝撃と共に杭を打つように右肩に食い込ませていく。


 身体を震わせる絶叫とともに振り払われるが、動きにさからう事なくランスを自切して距離をとった。


「くっ……」


「こんなもので、なんだって?」


 右腕をだらりとさげながらこちらを見上げるザハークをさらに挑発する。

 弱者として、遠慮無く不意打ちさせてもらった。

 いらだたしげに棘を抜こうとするザハークだけど、鱗でできたレナトゥスの棘はもろい。しかも動く度に身体の奥深くにもぐっていく。

 大きなダメージにはならないけど、人間であれば腱の集まる要の場所だ。関節にも食い込むので当然腕の動きは悪くなる。攻撃力は大きくそげただろう。

 一声吠えたザハークが鈍く光る金属質の爪をこちらに伸ばす。


(疾い!)


 とっさに法陣から石柱を撃ち出して思い切り蹴った。

 残された石柱がザハークの手の中で粉々にくだけ、地上へと落ちていく。


「金属性か……」


 今さら背筋が冷たくなる。シャスカによればザハークは五つは竜の実を体内に宿しているはずだ。

 それらが別属性であれば、最悪全属性の力が使える可能性がある。


「イルヤのブレスは正しく言えば〝神の息吹〟。すなわち恩寵である。魔法ほどではないが応用はできる。知能の低い奴等は口から吐くしか能が無いが」


 得意げに語るザハークの言葉を無視し、文字通り奴の眼前に展開した法陣から魔弾を撃ち出す。

 が、ザハークは巨体を一瞬で後退させ、同時に青い炎を口から吐いた。

 炎を浴びた数十の魔弾がまとめて消滅する。

 想像以上の高温に表情がこわばる。


「もちろん、我であっても、口から吐くのが最適解の時もある」


 口から青い炎を漏らしながらザハークが愉快げに眼を細めた。

 落ち着いて盾剣から伸ばす刃をグリプタムトゥスのランスからディアガロニスの角で作った直刀に変える。

 ザハークは右腕を満足に使えない。接近戦をするなら左回りで近づくか。

 僕の武器を変えるのを待っていたザハークが羽ばたくのにあわせて突進し、ザハークの左腕と顎を避けながら喉、脇、腹に攻撃を加えていく。


 が、ビーコと同じ風属性のブレスで空中を自由に動くザハークを捕らえきれず、当たった攻撃も鱗ではじかれてしまう。

 逆に法陣を足場に強化した身体を打ち出すという僕の直線的な動きは読まれやすく、何度も爪に捕まりかけた。

 一撃離脱は危険だ。懐に入って強力な魔法を打ち込んでやる。


「フランメザント・デクリア!」


 鱗の隙間に入りダメージを与える熱砂を発現させた。

 が、攻撃してきた左腕に上位火魔法を叩き込んだ瞬間、大量の水蒸気に襲われる。

 避ける間もなく視界を遮られるとともに、肺から鉄臭いものがこみ上げる。

 これは……まずい!


「法陣『アルカヴィタエ』!」


 周囲を法陣で覆い、全方位から回復系魔法を放出する。


「……ほう、ダメージを負うと同時に回復か」


 生体防壁を越えてきた蒸気による火傷を法陣の箱の中で回復する。

 フランメザントの熱で蒸気になったザハークを覆っていた水をまともに浴びてしまった。

 あまりの痛みに返事もできない。


 ただの火傷にしては治りが遅い。フランメザントを受けとめた液体はただの水ではなかったのだろう。エンジェルドリスの酸のようなものかもしれない。

 くそ、みごとにカウンターを返されてしまった。


 箱の外で笑う黒い竜の強さを改めてかみしめながら治癒を終えて法陣を消す。

 やはり手持ちの攻撃で鱗を破壊するのは難しいか。

 リヴァイアサンのブレスなど大規模攻撃なら壊せるだろうけど、打ち出すまで時間がかかる。確実に避けられるだろう。


 ザハークの背後に一瞬目をむける。

 空模様はだいぶあやしくなってきたけど、まだ時間が必要だ。

 まだ地上にザハークを引き留めておく必要がある。



【後書き】

お読みいただきありがとうございます!

お楽しみいただけたら是非フォローや★評価をお願いします!



【★法陣遣いの流離譚 ③巻 12/17発売!★】

最新刊③巻が予約可能になりました!

③巻の新規書き下ろしは六割超え!


kindleストア、BookWalker、その他電子書籍ストアで予約できますのでぜひぜひご予約下さい! そして感想などいただければ深甚です<(_ _)>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る