第65話 僭神ザハーク(3)


「出し惜しみしてられないな……『レナトゥスの牢獄』!」


 双眼による紫の視界の中、ザハークを法陣『フラクトゥス』でできた一辺三十ジィの正方形に閉じ込める。

 ザハークが振り切ろうと動くけど、どれだけ速くとも僕の視界が捕らえている限り箱から逃れる事はできない。

 上下左右から亜竜種のブレスを断続的に撃ち出していく。


「そんな小技しかつかえぬのか! シベリウスどころかその部下達にも劣るぞ!」


 飛びながらザハークは嘲弄するけれど、回避はしようとしている所からみるとダメージは入っているだろう。

 けど、こちらも余裕はない。


「グ、うぅ……」


 ザハークからの反撃をかわすたび、調息法で一定に保っていた呼吸と魔力の動きが乱れ、経路に一気に負荷がかかる。

 精緻な魔力操作が乱れるたびにスタミナが削られていく。

 神像の双眼を発動する事で可能になったとはいえ、四千枚を超える法陣を同時展開するのはやはりきつい。

 このまま準備ができるまで『牢獄』でザハークを邪魔するつもりだったけど仕方が無い。


——ポツ


 覚悟を決め、もう一度接近戦をしようと見上げた時、頬を水滴が叩いた。


「……間に合ったか」


 思わず口の端がつりあがる。

 それを見て怪訝に思ったのかザハークが振りかぶった左手を止めた。


「何を笑って——、雨、だと?」


 法陣の消えた上空を見上げたザハークの眼前には、荒れ狂う海を反転させたような墨色に渦巻く雲が広がっていた。

 すでに十分に発達した積乱雲からは不穏な雷鳴がとどろいている。 


「何を隠していたのかと言えば、雷雲とはな……!」


 しばらく空を見上げていたザハークから哄笑がもれ、しだいにそれは海上に響きわたった。


「これを作っているのはサロメであろう。わざわざこんな仕掛けをするからには我に雷を落とす算段があるのだろうが、あまりに浅慮。例え戦神を滅する雷であっても水神の息吹を持つ我には効かぬ!」


 雷が効かない事は天候を司る力を持っている時点で予想していたし、サロメからも聞いている。

 せいぜい笑っていてくれ。その間僕はお前を倒す準備をさせてもらう。

 雲の切れ目から見える青空を見据え、僕は今こうしている時も続けている魔力操作に集中した。


「万策尽き諦めたか? 今代のアルバの使徒は心まで弱いな……さて、サロメを取り戻しに行くか」


 呆れたようにつぶやいたザハークはビーコに乗ったサロメがいる上空めがけて飛び立った。

 悠々と真上へと昇っていくザハークの後ろ姿をながめながら作業を続けていた。

 半眼になり、はるか頭上で行っている作業に意識を向ける。


(法陣展開……B、C射出……格納、状態〝飛翔〟をAに付与……法陣展開……)


 ほぼ自動的に続く作業を繰り返す。

 視界に捕らえられない高みでも、自身の直上であれば法陣は展開できる。

 そこでウィールドさんと一緒に作った〝杭〟を落下させては収納を繰り返している。


 ザハークを貫いたヴァジュラの正体はこれだ。

 上空に展開した法陣から落下させた質量兵器。

 シベリウスのように圧倒的な高さから太い杭を敵めがけて落とす事はできないけど、〝飛翔〟を多重付与した細い杭でも刺されば成功。ザハークを今度こそ倒せるはずだ。


「ザ—ト!」


 下を見ると、岩板の上にそそりたつ巨大な魔鉱砲の隣でクローリスが叫んでいた。

 よし、行くか。


「放ったらバシルと全力で離れるんだぞ!」


 クローリスに言い残してザハークの後を追う。

 杭が神像の右眼の中で暴れているけど、これは後は放つだけでいい。

 それよりも、切り札の魔法を万法詠唱で組み上げるのに集中する。


 ザハークの前に出るために横にずれた数瞬後、巨大な分銅鎖がうなりを上げて横を通り過ぎた。

 発動句以外の詠唱が終わってたから良かったけど一瞬経路がブレる。

 危なかったけど文句は言えない。向こうにしてみればもうすぐ射程圏外。クローリスでも必中はできない距離だったんだろう。


「でも、捕らえた」


 直後、ひしゃげた分銅状の箱から鎖がうなりを上げて跳びだして竜を捕縛した。鎖が張り詰め、甲高い悲鳴をあげる。


「やってくれたな。フィリオ達が操った竜縛鎖にもならぶ強靱さだ。どこから現れた」


 空中で止まる黒竜を追い越し目の前に出ると、ザハークは地上から伸びる鎖に捕まりながらもまだ余裕を見せて手品の種明かしを求めてきた。

 だけど、答える義理はない。余裕もない。


『聖釘』


 身体を上に向けるザハークの背後に法陣を展開し、今まで散々とどめ置いた高速で飛翔する杭に最後の付与を施し、同時に解放。

 ザハークの身体を天に向かって激しく突き上げ、これまでどんな物理攻撃もはじいてきたザハークの上半身を背中から胸にかけて杭で刺し貫いた。



【後書き】

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