第63話 僭神ザハーク(1)


 竜の軍勢が中心にある何かに引き寄せられ、まるで巨大な繭のような半球を形作った。

 しばらく不気味にうごめいたその半球に赤い亀裂が走ると、唐突に崩れていった。


「う、グロ」


 繭に捕らわれた竜達の叫び声の中、クローリスの声が聞こえた直後、繭の底があらわになった。

 中空になっていたらしい半球の中は赤一色。糸をひく血だまりの中でうずくまっていた存在が身を起こす。

 総身をおおう黒い鱗、獣の四肢が支える胴からは伸びるのは翼と尻尾。からみあう角が伸びる巨大な長い頭に獣のような顎門。その下にはまた牙のようなものが並んでいた。


「おおきい……」


 隣でスコープを覗いていたミンシェンのいう通り、その姿はカイサルの記憶のものよりかなり大きくみえる。

 この城壁などものともしないだろう。


 動き出した黒竜が人間の手に似た前肢で、足元の血の池でもがくラピドレイクを掴みかぶりつく。

 二口で竜種を呑み込んだ黒竜はつぎつぎと飲むように竜種を食らっていく。

 さっき山が動いていたのは食事をしていたからか。


 こちらが固唾をのんでスコープの中を覗いていると、生き残っていた竜種を半分ほど食らった黒竜が唐突に食事をやめた。

 手に持った竜種を投げ捨て、身体を震わせている。


「何か吐き出しましたね」


 頭を振っていた黒竜が足元になにか白いものを吐き出した。

 結構な量があるけど、なんだあれは。


「食べ過ぎ?」


「そんなわけないでしょ……たぶん」

 

「あの吐瀉物とは興味深いですね。団長、後で回収してもいいですか?」


 メリッサさんが緊張しながらも目を輝かせてきいてきた。こんな時なのに恐怖より好奇心が勝るらしい。


「ああ、生き残ったらな。ミンシェン、危ないからメリッサさんと一緒に神殿に避難してくれ」


 二人が駆けていくのをみてクローリスも銃を収納し荷物をまとめる。


「それじゃ、私はバシルさんと合流しますね」


「ああ、手はず通りに頼む」


 クローリスも港に向けて駆けていく。スズさんが指揮しているガンナー軍本隊も今は長城の内側、アンギウム地上部に避難し再編成しているだろう。

 誰もいなくなった城壁の上に立ち、ようやく身を起こした二本足で立った黒竜をながめる。

 足こそ獣のようだけど胸板は厚く、がっしりとした肩から伸びる前肢には人と同じく五指がある。

 やはり元が人種なだけあるな。カイサルの記憶にあったのは十五ジィ程度だったけど、今の姿はそれ以上だ。


「大きさは三十ジィってところか」


 まったく、とんでもないな。右浄眼でみると白く見えるほど濃密な魔素が全身に満ちているのがわかった。特にさっき食べた竜種が収まっているだろう腹の魔素は僕達が圧縮したどの血殻より密度が高い。


「法陣『フラクトゥス』!」

 両手の指輪に魔力を流し、紫色の法陣を出現させる。周囲に八枚の法陣を廻らせ、九枚になった法陣の周りに同じセットをさらに廻らせ、自己相似形を描いたその周りにさらに同じ事をする。

 最終的に、僕は紫色をした二十七ジィ四方の法陣の集合体を正面に展開した。

 機能と範囲のバランスを考えれば、今の自分が実戦で使えるほぼ限界の大きさだ。


 法陣の展開と同時に黒竜が動きを止め、こちらを見る。

 奴の狙いがサロメの言った通りアンギウムなのかアルバ神かはわからない。

 それでも、かつて自分が敗れたアルバの使徒がいるとわかれば、まず先に排除しようとするだろう。


——ゴハァァ


 ため息とも叫び声とも付かない大音量を発したザハークは予想通りこちらめがけて四つ足で近づき、身をかがませ顔を近づけてきた。

 大きな眼球は白目も光彩も黒く、縦に裂けた瞳だけがオランジェ色に光っているので目が縦についているように見える。


「……汝の名はなんという、アルバの使徒よ」 


 開いた口から確かに息ははき出されているけど、発音と口の動きが一致していない。

 それに身体の割に声はこの距離でも聞き取りやすい。

 どこか口以外から音をだしているのか。


「ヘルザートだ。サロメ=イルヤの使徒、ザハークだな?」


 相手を神と認めない僕の問いにザハークの瞳はさらに細くなった。

 それでいい。戦いになり僕が囮になればザハークをアンギウムから引き離せる。


「サロメは我の神器……そう、ようやく意識がはっきりとしてきたわ。我はザハーク=イルヤ。アルバの使徒よ、ティランジュにあるサロメを盗み出したのは貴様等であろう。あれを早々に返せ。分身の虹蛇より魔素の供給がなされぬから竜種どもを食らって血殻を調達する羽目になったわ」


 ザハークがいらだたしげに翼をはばたかせる。

 なるほど、さっきまでの食事は魔素不足の解消か。

 先制攻撃をすべきだったかもしれない。


「いささか血殻が足りぬが、まあいい。それよりアルバの使徒よ。仲間が隠れたままでて来ぬが、貴様は我を前にして一人で勝てると思っているのか?」


 黒竜ザハークは首をめぐらせ、長城の下や港に首を廻らせている。どうやら味方の位置は読まれているらしい。


「こちらはお前が来る事を想定して入念な準備をしてきた。試してみるか?」


 ザハークは酷薄な光を放つ瞳を細めた。



【後書き】

お読みいただきありがとうございます!

ティランジュでサロメは魔素の回収はやめなかったけど、ザハークへの供給は最低限にしていたという事です。



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