第62話 混乱する敵陣と共犯者達



「予想以上にいますね、アルマジロ……」


 クローリスが目を険しくして睨んでいる。

 グリプタムトゥスなんだけど、まあアルマジロいいか。


「そもそも全滅させる必要は無いんだ、ジャンヌなら上手くやるさ」


 眼下の左右に分かれた味方を見て、改めてスコープを構えると、クローリスも慌てて構えた。

 岩砂漠を一頭のディアガロニスが矢のように疾駆し、その少し後ろを様々な色をした小型のディアガロニスが続く。

 先頭を走る鮮やかな朱色のディアガロニスに乗るのは兜の下から暗紫色の長髪をなびかせるジャンヌだ。


 一直線に向かう先はグリプタムトゥスの横隊だ。

 相手は陣形を変える様子もない。自分達の防御力に絶対の自信があるのだろう。

 確かに、衝撃にも熱にも強いあの厚い鱗には厄介だった。ワイバーンのブレスも余裕でしのぐのだ。

 もしこのままディアガロニスが頭突きをするならば返り討ちにされるだろう。


 そんな事を考えながら見ているとジャンヌが背中に担いでいたジャベリンを抜いた。

 それにならい後続の部下達も同様にジャベリンを準備する。

 その穂先の根元にはには普通の投げ槍の何倍も大きい重りの様なものがついている。


『散開!』


 魔道具で拾ったジャンヌの声と同時に縦隊をとっていた走竜隊が左右に分かれていく。

 そしてちょうど敵の横隊と平行に並んだ瞬間、一斉にジャベリンをグリプタムトゥスに放った。

 つぎつぎと固いはずの鱗に投げ槍の柄が突き立つ。

 が、実はあれは重りの周囲の粘着物質が鱗に張り付いただけだ。


 ジャベリンを投げ終わった走竜隊は反転してこちらに戻ってくる。

 その足は突進した時よりも速い。

 理由は、じきにわかる。


『ケイル! 何が起きている!』


『奴等が投げつけたものから大量の魔素がグリプタムトゥスに流れ込んでいます!』


『くそ、なんだそれは! そいつらを敵陣に突っ込ませろ! このままではー』


 続けて聞こえてくるのは阿鼻叫喚ばかりだったので集音器を上に向けた。

 音の消えたスコープの視界には骨化を始めたグリプタムトゥスの暴走する姿が映っている。


「上手くいきましたね」


 左隣を見ると、そこにはミンシェンと、スコープを片手にすごい速さでメモを取っているメリッサさんの姿があった。


「チャトラの件の反省を踏まえ、ワイバーンを骨化させないためにつくった魔素制御装置を、逆に骨化させるために使う事になるとは思いませんでした」


 ミンシェンがため息をつきながらつぶやいた通り、ジャンヌ達が投げたジャベリンの正体は、長柄の先端に触れた竜種に急激に魔素を送り込み骨化させる装置だ。


「周囲の竜種が興奮しています。実験より組織の溶解が早いようですね」


 スコープを覗くメリッサさんの口元が徐々につり上がっていく。

 あまり人には見せられない顔だ。

 それに敵陣の中の惨劇も、出来れば見ない方が良い。

 

 食欲を刺激された他の亜竜種が骨化した亜竜種につぎつぎ飛びかかっていく。

 グリプタムトゥスは本来なら無双の硬さを誇るはずの鱗ではじき返す所だ。

 けれど、根元の組織が崩壊していくため、鱗は攻撃されるたびに剥がれ落ちていく。

 凶暴化した骨化竜は残った鱗を逆立てて応戦するも、多勢に無勢だ。

 骨化により形勢されていく鎧はただの血殻で、本来の鱗とは比較にならないほどもろい。

 鈍重なグリプタムトゥスは逃げることも出来ずにラピドレイクにたかられ、姿が見えなくなっていった。


「カレンさんには見せられない光景ですね」


 ミンシェンが感情を見せずにただつぶやく。

 光景というのは戦場の有様だろうか、それとも高所から眺めている僕達の姿だろうか。


 骨化竜の性質を利用して同士討ちさせるという案を出した指揮官。

 淡々と案を実行し、漏れがあれば追加で装置を打ち込もうと銃を構えている狙撃者。

 本来竜種を延命するために作った装置を殺すために調整した技術者。

 竜種を深く知るために陵辱の光景すら嬉々として観察する研究者。


 共犯者達を一人一人確認して、改めてため息をつく。


「見せられないな。でもエヴァがついているから大丈夫だろう」


 エヴァの嗜虐的な欲望は相手の苦痛への理解がなければ成り立たない。欲望は理解しがたくとも、論理的に考えればエヴァは〝他人の痛みがわかる〟のだ。

 だから、研究者として日常的に凄惨な光景を見ていても感覚が一般人とズレない。

「そうですね。観察者は彼女にして賢明でした」


 ミンシェンがチラリと未だ速記を続けている研究者を見る。

 とはいえ、ミンシェンの彼女を見る目に嫌悪の色は見られない。

 それは僕も同じだ。研究の成果だけ受け取って軽蔑するような恩知らずになりたくない、という以前に、メリッサの欲望は悪徳ではない。


 どんな人にもクセはある。相容れない人は必ずいる。組織の人間はみんな仲良く、なんて僕は望むつもりはない。ふさわしい人をふさわしい場所に。それが僕の役割だ。


——チリッ


 なんだ?

 今、一瞬紫の視界が波紋が広がったように歪んだ。

 視界を青浄眼に変えてもう一度戦場を見るけどなにもない。


「クローリス、敵陣に何か異常が起こっていないか?」


 僕の漠然とした質問にも、切迫した声に反応したクローリスが素早く答える。


「中央の竜達が外に逃げようとしています!」


 青浄眼で中央を改めて見る。今使えるだけの経路を使い精度を上げると、記憶にあるものが見えてきた。


「中心に向かって魔素が吸い上げられている……?」


 視界にうつる白い霧は、渦を巻き中央へと集まっている。

 神は自らの影響を神種をもつ使徒に及ぼすことが出来る。

 例えば使徒を戦わせる時に自らの魔力を与える。与える事ができれば奪うことも出来る。

 でもあそこにいるのはイルヤじゃない、神種を全て放出し衰弱したイルヤから力を奪った存在だ。


 逃げようとする竜種達がそれに絡め取られるように中央に引き寄せられ、団子状になり始めた。

 竜種達の悲鳴がここまで聞こえてくる。


「皆、出るぞ」


 空に向けて撤退の信号弾を放ってしばらくした後、黒い真竜が現れた。





【後書き】

現在カレンはチャトラの神種が入った卵をかかえて神殿に避難しています。

エヴァは衛士隊と彼女の護衛兼監視をしています。


ザハークがとうとう姿を現しました。ここから終盤戦です。



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