第61話 戦場を駆ける宿屋の女将
海から上がってきた竜種についてはボリジオに任せ、港から離れた。
イレギュラーはあったけど、ここまでは大きな被害を出さずにやっている。
後は今回の戦いの主戦場、スズさんが率いる左翼だ。
「こっちの戦況はどうなってる?」
城壁の上からスコープで戦場を眺めている鎧姿のクローリスを見つけて声をかけた。
足元には黒く光る長大な魔鉱銃が据え付けられている。
大型の魔弾で敵を狙撃するクローリス専用銃の一つだ。
「順調です。軍と開拓者の皆さんがうまく敵を動かしてくれています」
下を眺めると、軍の皆が城門から見て左にじりじりと移動しながら攻撃を続けている。
ラピドレイクがつぎつぎブレスを使い突進してくるけど、ガンナー兵が魔弾でブレスを邪魔し、そこに開拓者が切り込むという連携で一匹ずつ仕留めている。
けれど大量の竜種とそれに乗った魔物を相手に無傷という訳にはいかない。攻撃している最中の開拓者に新たなラピドレイクが突進し、さらに操っているナーガヤシャが魔法や槍で追い打ちをかけてくる。
「少し分が悪いな……」
特に左翼を押し込まれると困る。今の敵戦列の角度では次の策を実行できない。
何とかガンナー兵が作るロックウォールでしのいでいるけど、前線の開拓者の動きがどんどん鈍くなっている。
あのまま抑えきれなくなれば、ラピドレイクがなだれをうって後衛まで押し寄せるだろう。
そうなれば次に来るのは敵主力のディアピテクスだ。堡塁なしで戦えばかなりの損害を覚悟しなければならなくなる。
「クローリス、僕もいって戦線を押し上げてくる。ここから援護してくれ」
ザハークと戦う前に経路に負担をかけるべきではないけれど仕方が無い。
などと考えていたのに、クローリスがきょとんとした顔をしてこちらを見ていた。
「ザート、スコープ持ってますよね。よく見て下さい」
今すぐにでも跳ぼうとしていたのに……納得しないまま、僕も使えるようになったスコープを取り出し覗いてみる。
すると、ちょうど後衛から二つの影が飛び出したのが見えた。
「……黒い方は、スズさんだよな」
あっという間に戦う敵味方のそばをすり抜け、最前線まで飛び出した。
そのまま味方に突進しようとするラピドレイクを蹴り飛ばしむき出しになった腹に魔鉱拳銃を放ち倒してしまった。
スズさん、それ前線指揮官の仕事じゃなくない?
「じゃあもう一つの白い影は……?」
スズさんと同じくらいの速さで前線に入ったはずだけど、激しく移動しているのか、その姿を見つけることができない。
と思ったら魔法の発現光が戦塵の中で光った。あれは回復魔法の光だ。
「え、フィオさん⁉」
爆炎で吹き飛んだ戦塵の中から現れたのは深いスリットの入ったスカートをはためかせたフィオさんだった。
しなやかな身のこなしで敵の突進を交わし様にその口にファイアランスを三連、鮮やかに突き込んでいく。
竜種を屠るほどの攻撃力はないけれど、目的は足止めだろう。
すぐ近くの傷ついた開拓者に手をかざし、先ほど見た回復魔法を使った。
回復した開拓者が離脱した事を確認すると、また次の場所へと向かう。
あの魔法をメインにした近接格闘の動きが銀級?
異界門事変以前の等級っておかしくないか?
「他にも手練れの開拓者さんがカバーに入るので大丈夫です。だいたい私がこれを使っていない時点で気付いて下さいよ」
隣ではすねたような口調でクローリスが足元の専用魔鉱銃を指していた。
確かに、味方が危ないのにクローリスが助けないはずがない。
「悪い、慌ててたみたいだ」
一つ深呼吸して改めて戦場を見ると、味方は再び敵を押し返し始めた。
あれなら確かに問題無い。
「あ、そろそろ予定の場所まで敵が移動したんじゃないです?」
見れば確かに、敵の戦列がこちらに向いていた。
「よし、じゃあ合図ですね……!」
クローリスが腰に吊していた魔鉱拳銃を空に向けて放つ。
スズさんが現場にいるのだから合図するのは上から見ているクローリスだ。
信号弾を見た最前線が一斉に撤退に入る。
「よしよしよし、まだですよぉ」
次の信号弾を込めながらクローリスが城壁の縁に足をかけて戦場を俯瞰する。
その姿は上空から獲物が走り回る様子を眺める猛禽の如くだ。
そうして待つうちに、スズさんとフィオさんが連携してしんがりを務め、味方と敵の間に空白の帯が生まれた。
「今です!」
二発目の信号弾が発した破裂音の残響が消えると同時に、後衛が魔鉱砲の斉射を開始した。
全てが上級魔法を発現する魔弾。それまでの援護射撃とは違う、敵を一掃するための飽和攻撃だ。
爆轟が響き、破壊された大地の破片が空に舞う。
降り注ぐ石の雨に覆われたザハーク軍の被害は壊滅的——ではなかった。
ガンナー兵の風魔法により敵を包む砂塵が吹き払われると、現れたのは逃げ遅れたであろう亜竜種の死骸。ついでその後ろで一列に並ぶ、傷一つ無い鱗竜、グリプタムトゥスの群れだった。
【後書き】
以前書いた通り、異界門事変で金級冒険者のほとんどが死ぬ前は、ブラディアの冒険者のレベルは非常に高い水準でした。
生き残った銀級冒険者がそのままスライドして金級になっているので、事変収束を機に引退したフィオやエンツォは実質現在の金級冒険者に相当する腕を持っている、というわけです。
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