第60話 海からの襲来

 ここから見る限り、敵軍にディアガロニスは残っていない。

 敵の被害はかなりのものだけど、突撃を援護していたディアピテクスは残っているし、後続にまだ残っている。

 それに主力のラピドレイクの軍勢がほぼ無傷で残っている。

 こちらは魔弾を使えば遠方から安全に魔法を発現できるけれど、相手は竜種。かなりの消耗戦を強いられるだろう。

 

「ここからどうする? ザート」


「そうですね、とりあえず前線指揮官の話を聞いてみます」


 僕は手にもった拡声の魔道具の前後をひっくり返して剣歯虎に乗った指揮官とディアガロニスに乗った副官に向けた。

 こうすれば遠方の敵の声が聞こえる、風魔法を応用した集音器というものになるらしい。


『チッ……ディーノが功を焦った——大損害だ。あの空堀が街を全て囲んでいるなら……ケイル、——と残ったディアピテクスを合流させ——。我々は沿岸の壁を伝って攻め込む』


 ところどころが聞こえない。ディアピテクスはおそらくどこかで空堀を埋めるのに使われるのだろう。

 とにかくわかった事をエンツォさんに伝える。


「司令官は南の長城壁から攻め込むようです」


 戦いが始まる前から南の長城壁にはラピドレイクの大集団が列をなしていた。

 今ようやく出番が来た事で猛っているのか騒がしい。


「あれか……じゃあこちらも準備をしないとな」


 エンツォさんが頷いて右手を上げると開拓者の一隊が迎え撃つべく向かった。


「コリーも頼んだぞ」


 さっき偽装長城壁を破壊したコリーに声をかける。


「おう、籠城戦ならまかせてくれよ」


 かなり大規模に魔道具を使ったせいで疲れているだろうに、誇らしげに犬歯を剥いて笑ったコリーは数名の工兵と開拓者の後に続いていった。


「敵左翼は長城壁から瞬発力のあるラピドレイクによる正面突破。数で強引に罠を突破するつもりだろう」


 捨て駒かよ、とエンツォさんは苦い表情で吐き捨てる。

 けれど都市の正門を攻めるのは城攻めの定石ではある。

 味方が使う出入り口には空堀のような決定的な罠は仕掛けられないからだ。

 決死隊があえて罠にはまることで潰していき、味方が攻め込む道をこじ開ける。


 アンギウムにとっての正門は北、南、東の長城壁と港だ。

 南東から攻めてきたザハーク軍は南か東の長城壁を攻略しようとしている。


「そういやお前の代わりに、東の軍勢は誰が指揮しているんだ? フィオが一隊を率いて参加しているんだが」


「スズさんだね」


「ん? 殿——リュオネが指揮しているもんだと思っていたが」


「リュオネ達には別の仕事があるからね」


 アルバトロスとリュオネには、シャスカとサロメを避難させるためもあって、空へと向かってもらった。


「そうか。それじゃ右翼は任せてくれ。塹壕の味方を回収し終わったら休ませ——、おいザート、港が騒がしいぞ」


 鋭い目でエンツォさんが振りかえった。広い城塞が視界を塞いでいるけれど、確かに戦闘音がする。


「エンツォさんは予定通り右翼の指揮をお願いします!」


 それだけ言い残して港に急行する。

 さっき上空から見た時は船や竜種の群れは確認できなかったけど、海から攻めてくる伏兵がいる可能性は考えていた。

 シーサーペントなどはしばらくは海岸の砂の中に隠れる事ができる。後からナーガヤシャが合流すれば時間もかけず港を襲えるだろう。

 だから、バスコが指揮する海軍をあらかじめ避難民も乗せた軍艦に乗艦させておいた。

 今の艦上魔鉱砲ならシーサーペントを十分に撃退できる。



 なのに、眼下に現れたのは、海に棲む竜種により港が蹂躙される姿だった。

 蛇体のシーサーペント、ワニのようなディアダイル。

 そして大小のエンジェルドリスや八つの頭を持つオクトカプトまでが、今まさに上陸しようとしていた。


 ディアダイルはともかく、海に潜るしかないエンジェルドリスやオクトカプトがなぜいるのかわからないまま、旗艦の甲板上でよってくる竜種を魔鉱砲で退けているバスコの前に降り立った。

 五体満足だけど装備が破損している、ポーションかヒールを使う事態になっているのか。


「バスコ! 大丈夫か、何が起きている⁉」


 副官に指揮を任せたバスコが切迫した表情をしつつも冷静な声で答えた。


「待機していたら何の前触れも無く目の前の海の中から奴等が現れやがった。奴等の背中を見てくれ」


 指さす先にはまだ無傷のディアダイルが身をくねらせて泳いでいる。ワニを基原動物にしているだけあって、背面が全て水面から出ている。そこにはいるはずのナーガヤシャがいなかった。


「乗り手がいない? 一体もいないのか?」


 あらかじめ竜の言葉で命令を受けていた可能性もあるけど……


「竜種達の動きは統率が取れていません。ごく一般的な獲物をさがす動きです。命令している者はいないとみていいです」


 いぶかしんでいると視界に避難していたはずのメリッサさんが現れた。

 何で、とこの状況で訊くのは愚問だ。とにかく専門家が言うんだ。あれらは軍事行動ではないのだろう。


「じゃあ何が目的であいつらは港に来たんだ……?」


 バスコの言葉にあらためて海面をみた。

 確かに、竜達はただやみくもに陸を目指し、つぎつぎ上陸していく。

 まずいな。港の防衛はバスコ達で十分と考えていたから港に戦力は置いていない。


「……考えている時間はないな。城塞の上から竜騎兵隊のブレスでなぎ払う。バスコ達は船を守るために一度沖に出てくれ。大型海竜種に襲われそうになった時はミンシェンが新しく付けた推進魔道具を使ってくれ」


 港湾部の建物に被害がでるけど、竜種に蹂躙されればどのみち同じ事だ。

 

「わかった。かたづけたら合図をくれ。港に戻る」


「私は竜種を監視するために竜騎兵隊に合流します」


 頷いたバスコと別れ、メリッサさんを抱えて竜騎兵隊が戦闘を終えて休息を取っている広場へと向かった。

 ボリジオ達に事情を話し、時を置かず港を囲むように城壁の上に並ばせる。

 準備をしつつも、竜騎兵達は眼下で蠢く大量の海竜種に言葉をなくしている。


「竜達の目的はわからないが、このまま進ませれば城塞を登られてしまう。地形的有利がある内にブレスや魔鉱砲を使いせん滅してほしい! 酸液をはきだすエンジェルドリスを優先する事、倒し方はマニュアルの通りだ!」


 勇ましい竜使い達の返事と共にワイバーンが一斉にブレスを放つ体勢になる。姿勢を制御する翼以外動かさない今のワイバーンは隙だらけだ。


「正面、ブレス放て!」


 ボリジオの号令のもと、渦巻く火球がつぎつぎに着弾し、炎が港の石畳をなめるようにすべり激しく燃えさかる。

 けれどエンジェルドリスに火はきかない。表皮の耐火性が異常に高いのだ。


「対エンジェルドリス! メタルニードル土榴弾第一射用意! 放て!」


 再び発された号令と共に魔鉱砲が榴弾を射出し、エンジェルドリスの眼前でメタルニードルを発現させる。

 榴弾により一度に大量に発現したニードルが軟竜種の身体を縫い止める。

 直後はとくにダメージをくらった様子もなかったエンジェルドリスが一拍後、唐突に身をよじり始めた。

 先に放って置いたワイバーンのブレスの炎によりあぶられた鉄の針の熱が竜の身を内側から灼いているのだ。

 これは僕が使う『イーロン・スリザス』の再現だ。


「アマンダ隊、カーネル隊は近づく竜種を適宜狙撃、他の者は第二射用意……放て!」


 ボリジオの指揮のもと、火の海になった港で竜種の掃討は続けられた。




 

【後書き】

アマンダ、カーネルは元ボリジオの随伴兵です。それぞれ相棒のワイバーンを得て独立しています。


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