第59話 最後の盾

 長城壁からなだらかな坂をつくっている眼前の傾斜堡塁には、猿の竜種ディアピテクスが投げた巨岩の破片がいくつも突き刺さっている。

 坂に掘った塹壕にいる兵士達は岩の後ろに手早く拠点を作り、そこから弾道が弧を描く魔鉱砲で反撃をしているけど、硬い皮膚を持つアルマジロの竜種、グリプタムトゥスにほとんど防がれてしまっていた。


「良くないですね」


「ああ」


 長城壁から見る光景につぶやくと、隣で腕を組み立つエンツォさんが頷いた。

 竜騎兵隊を率いたマコラから降りた僕は最外郭につくった軍司令部に入り、陸戦で迎え撃つ事をつげた。

 理由は陸を進むザハーク軍が予想以上に早く防衛ラインに入ったためだ。


 竜騎兵隊には後方待機を言い渡した。

 空爆用の爆弾を含めた魔弾の大半は後方の武器庫に入っているので、今から竜騎兵に積んで飛ばしていては間に合わない。

 何よりできる限り疲労してほしくない。彼らには対ザハーク戦でも出てもらうからだ。


 傾斜堡塁の手前、坂の始まりでアルマジロが止まると同時に石の棍棒を持ったディアピテクスが突進してくる。


「土弾で逆茂木をつくれ! 猿を走らせるな!」


 領軍の兵士の声とともに、開拓者が魔弾で不揃いなロックウォールを作り、さらにロックニードルを生やす。

 足が止まった最も手前のディアピテクスに向けて塹壕に身を隠した開拓者が火弾を主体にした攻撃を加えていく。

 手に持った棍棒で防ぐディアピテクスだけど、露わになった拳に攻撃を受けると悲鳴をあげて棍棒をとり落とした。

 ここまではマニュアル通りだ。


 武器を使えなくなったディアピテクスが次にしてくる事もわかっている。


——対ブレス防御! 


 クローリスが改良した拡声の魔道具を使い僕が号令すると、兵達は一斉に塹壕の壁に作ってあるトンネルに飛び込んでいく。

 胸を大きく膨らませた巨猿が口を開けると同時に傾斜堡塁に向けて絶叫を発した。

 ディアピテクスの口からは炎も氷も出ていない。一見ただ叫んでいるように見える。

 けれど、あれは紛れもなく竜種のブレスだ。

 見えない炎が直撃したのか、堡塁の表面に残っていた枯れ木が一瞬で炎に包まれた。


「熱がこっちまで来たな。ゲイルで上空に巻き上げろ!」


 長城壁に並んでいた開拓者がゼロジィ風弾や自前の魔法で突風を吹かせ、前方から来る熱風の余波を防いでいく。


 ディアピテクスのブレスは射程が長く見えにくいのが厄介だけど、範囲は狭く、予備動作も大きいので避けやすい。

 それにここはすでにガンナー軍の陣地だ。


「毛の薄い腰を狙え!」


 トンネルを使って迂回し、一段下の塹壕から顔を出した兵ががら空きの背中にバトルアクスをたたき込んでいく。

 堡塁を進んだディアピテクスと乗り手が次ぎ次ぎにたおされるのを見て後続のディアピテクスの足が止まった。


「ザート、左翼よりの中央部に剣歯虎に乗った金髪がいるだろう。あいつがたぶん前線を指揮している」


 エンツォさんが指さした方角には墨色の虎に乗ったエルフがさかんに腕を振り回していた。なるほど、やっぱりゲルニキアの人間が指揮していたか。


「あの様子だとまだ突撃してきますね」


 ディアピテクスの横にいたラピドレイクが移動してできた空間からいくつもの巨体が飛び出してきた。

 その速さはディアピテクスの比ではない。

 ディアガロニスだ。


「ディアピテクスが援護してくる! あれじゃ下から刺せんぞ!」


 塹壕にいる兵には対ディアガロニス用に魔弾を備えた楯を渡してある。

 けれど顔を出せないんじゃ狙いも付けられない。

 ディアガロニスは塹壕を易々と突破して一直線にこちらに向かってくる。

 このままだとあの何でも溶かし切る頭に蹂躙されるだろう。


 でも、備えはしてある。


「魔弾楯構え!」


 長柄を着けたテーブルくらいの楯を持った猟兵が後ろで構えた。

 僕の後ろにいるのは目を見開き息をゆっくりはいている。クラン設立時からいる皇国兵だ。

 震える事なく落ち着いているけど、その顔には先ほどから来る熱波では説明できない汗が浮かんでいる。

 あのディアガロニスの頭突きを正面からくらえば一発で生体防壁も抜かれ、即死するのだから。


 ただし、彼らはアンギウムの最後の盾ではあるけれど、最後の盾が使われる可能性は往々にして低いものだ。

 対策をとるというのはそういうものだ。


「総員楯の後ろに後退! コリー、やれ!」


「しゃあ!」


 全面に並んでいた僕達に狙いを定めたディアガロニスの横隊が一段と頭を低くした瞬間をねらい叫ぶ。

 長城壁の際にいた僕達が三ジィほど後退すると、アルバトロスに拾われて帰還していたコリーが足元の黒い石に手を当てて魔力を流した。

 一瞬だけ光った長城壁の胸壁にディアガロニスが足をかけた瞬間、長城壁はなんの抵抗もなく崩れた。

 アンギウム建設の時点でコリーに頼んで置いた偽装長城壁。

 魔力を通せば即座に軟化する石を要石にしたアーチの下には深い空堀が口を開けている。


 ディアガロニスの背に乗った赤い肌の魔物がディアガロニスの首に巻き付けたその身体をあらわにした。

 スネークヘッドとは別種の元イルヤ人の末裔。彼の顔は人と変わらない。

 ここにきてナーガヤシャの顔をまともに見たけど、驚愕の色に染まっているのはよく分かる。

 

「槍隊前へ!」


 ナーガヤシャと目があう。

 が、何を思う間もなく、彼とディアガロニスの落下は途中で止まり、長城壁に偽装した石床の下から現れた鋼糸の網に絡め取られ宙づりになった。

 空堀に落としてもディアガロニスはすぐに登る脚力をもっている。

 でも、そんな強力な脚をもってしても、足場がなければ避ける事はできない。


「突け!」


 オットーと同じく大身槍を得意とする兵を中心とした槍隊が鮮やかに槍をしごきだし凋落したイルヤの民とその騎竜を蹂躙した。



【後書き】

戦闘というか、戦場シーンですね。ナーガヤシャの外見は予定より人間よりになりました。ほぼラミアですね。


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