第53話 神との対話と不吉な予感
「それでも、共闘する仲間に変わりはありませんわ。これから頼みますよ」
仲間と言われてもかつては戦争をした勢力だ。例え理由が痴情のもつれであっても、簡単に信用はできない。
警戒の目で見ていると、もったいぶった調子でサロメが後ろで立方体をつつむ蛇体に手をかざす。再び虹蛇が蠢きはじめ、中の虹虫竜が行き来を始めた。
「安心なさい。ザハークに気取られないよう、わたくしがいない間も血殻を集め続けるように分身に命じただけですわ……。さて、抜け目がなさそうな貴方ですから、ザハークが不在であるのを確認した上でここに来たのでしょう?」
「……ええ、南に向かったとイリダルより聞きましたので。サロメ様の協力を仰ぎたくこちらに参った次第です」
こちらの言葉を聞きサロメが口の端をつり上げる。
「良い判断ですわ。ザハーク自身はイルヤとの戦争以来戦っておりませんが、いざ戦いとなればそこの血殻を使い戦っていたでしょう」
思わず目の前の絶壁を見上げると首筋に冷たいものを当てられた錯覚を覚えた。
「ザハークは元は人であったのでしょう。ブレスとは別に魔法は使えるのでしょうか」
「ザハークは器として優秀だったため神種を複数取り込ませました。そのため強化された肉体は戦神にもせまるものがありますが、代償として魔力操作の能力を失いました。ザハークが使えるのは竜種が本能として使えるブレスのみですわ」
対策も立てているけど、ほぼ無尽蔵に魔法を撃つ相手だったら正直勝ち目は薄かっただろう。
思わず胸をなで下ろしているとサロメがだまってこちらを見ていた。
その何を思っているかわからない縦に裂けた紫の瞳に言い様のない不吉を覚えていると軽くため息をつかれた。
「まだ若い使徒のザートに期待しても仕方ありませんわね。先ほど貴方は自らザハークが南に向かったとおっしゃったでしょう? なぜ向かったのか気にはならなくて?」
瞬間、不安が一気に膨らんだ。
その内容は言葉に出来ないけれど、ティランジュでこうして立っている事が何か重大なあやまりに思えてくる。
「気にはなります、ですがその話は我々の拠点に帰りながらいたしましょう。サロメ様、一緒に来ていただけますか?」
「もちろん。ザート達についていくために分身に命じたのですもの」
口元が裂けたようなサロメの笑みから目をそむけ、僕は急いで皆にビーコに乗ってもらった。
まずはコリーの待つ前線を経由してから彼らを撤退させつつアンギウムを目指す。
「イリダルさん。ザハークが南に行く理由を狩りだと言った根拠はなんですか?」
イリダルの、ザハークが狩りに出かけているという言葉を鵜呑みにしたけれど、何を狩っているのかは聞いていない。
問いただすと、サロメをイルヤ神と認め、憔悴したイリダルが頼りなげな顔を上げた。
「ハイムアの南の山脈を越えた向こうはナーガヤシャが住む土地が広がっています。イルヤ神は南に食料をかこっている、神の呪いは神の贄の印だとバルド教から聞いていたのです……」
その言葉を聞いたリュオネが隣で地図を広げる。
「それはおかしくないかな。ティランジュの北には少し進めば海があって海竜種をいくらでも狩れるよ。亜竜種が越えられないほど高い山がそびえているけど、魔力で飛ぶ真竜のザハークにとっては障害にならないはず。わざわざハイムア高原を越えて南まで食事にいくかな?」
リュオネの疑問はもっともだ。
でも、食べるのでなければザハークはナーガヤシャの土地でなにをしていたんだ?
ナーガヤシャは沿岸部にいるメドゥーサヘッドと同じく竜の肉を食べ魔物に変異したイルヤ人が種族として固定化したものだ。
蛇身であっても知能は決して低くないだろう。
彼らを殺さないのであれば何をしている?
「軍勢、か?」
ザハークはナーガヤシャの住む土地で自ら率いるための軍勢をつくっていたんじゃないだろうか。
「団長、それは飛躍しすぎではありませんか。ザハークが軍勢をつくったとしても、戦う相手はだれなのですか」
思わず口にでた僕の呟きにスズさんが疑問を投げかけると、それまで最後部で僕達の話を面白そうに聞いていたサロメが顔の前で優雅に揺らしていた扇子を口にあてた。
「いいえ、ザートの勘は間違ってはおりませんわ。あなた方はアルバの大陸からレミア海を渡ってきたのでしょう? なぜ騎士が守る港が北西にしかないのか考えなかったのかしら?」
それはティランジュから一番近い沿岸が十騎士領だから……、いや、当時アルバは戦の趨勢が決しているほどティランジア大陸を制していた。当然シリウス・ノヴァ、ビザーニャ、シドにも港はあったはずだ。
それなのに十騎士のような組織がない。いるのはウジャト教団ではない、後の時代に他の大陸から植民してきた人々だ。
「……ザハークの軍勢がウジャトの勢力を滅ぼしたのか」
正解とばかりにサロメが目を細める。
「ザハークは栄えた順から滅ぼしていきましたわ。自ら赴かずに手下をつくって攻めたのはあの男なりの誇り、かもしませんわね。力を失って自由もなく、ほとんど眠っていた私にはわからない話ですけど」
栄えた順、という言葉が耳に残る。
言葉にならなかった不安が急速に意識の中ではっきりしてくる。
アンギウムが、まさにそれじゃないか。
「オルミナさん、急いで下さい!」
僕の剣幕にオルミナさんが驚き振りかえった瞬間、視界に青い光がともった。
青浄眼の視界に現れた法陣の文を読む。
シャスカの焦りを文面から感じ、ぎりと奥歯をかみしめた。
『疾く戻れ。竜騎兵の斥候より報告があった。アンギウムに隊列を整えた亜竜種の群れが迫っておる』
ナーガヤシャは竜の言葉を操る。
ザハークはナーガヤシャをただの歩兵ではなく、竜騎兵にしたてあげたんだ。
【後書き】
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