第54話 ティランジア総督の不満(敵方視点)


 ハイムアの南から伸びる山脈の東側に走る海岸線の環境は、アルバ人やリンフィス人が思うティランジアとは全く違う。

 唐突にそびえる石柱が広がる点は共通するが、それ以外は森もあれば林も草原もある。

 豊かな植生のなかで、様々な動物が息づいている。

 しかしここはティランジア。かつてサロメが己の神種をひろげた大陸に変わりはないのだ。

 神種は長い時の中であらゆる動物の体内に潜み、動物を竜種に変える時を待っている。


「その長い時をもってしても、イルヤ人が量産に成功したのが数種、か」


 小さな石柱がつらなり作った不規則な石段の上で、ゲルニキア教国ティランジア総督であるバリトール・ヴリトラは部下達と共に、眼下の平野に集結しつつあるナーガヤシャの氏族達を乗せた亜竜の群れを眺めながら平坦な声でつぶやいた。

 彫像のように整いすぎた美貌と長身、プラチナブロンドはバリトールが高位のエルフである事を示している。


「地竜種はリザード族のラピドレイクが多数を占めます。ラピドレイクは基原竜種のレッサードレイクと同じくブレスによる急加速を得意としています」


「次いで多いのがダイア族のディアガロニス、ディアピテクスです。ディアガロニスは加速したラピドレイクほどではないにせよ高速で旋回し、高熱の刃を備えた頭部で攻撃します。ディアピテクスは基原動物のギガントエイプと同じく膂力に優れ、原始的な武器を使う事ができます。加えて咆哮を伴う熱ブレスを吐く事ができます」


 普段本国にいるバリトールに代わりこの地で実務を行い、今は自らが管理する勢力の説明をしている部下達は肌の色こそバリトールと変わらないほどに白いが、髪色、外貌、体型にばらつきがある。

 若干額が平らで鼻筋が直線的である事を除けば、その外見はアルバの上級貴族であるエルフ達と変わりはなかった。


「ブラディアのガンナー伯軍には去年サイモンから奪った銃をもとに開発された兵器群、それに雇い入れたティランジア南部の竜使いがいる。それらへの対策は?」


「竜使いが乗る飛竜種はワイバーンやバトロシアです。数は多いでしょうが、プテル族が乗る鳥竜フェダタイルの翼長はワイバーンの二倍近くあります。空中戦では各個撃破が可能でしょう。生体障壁も強いので仮にブレスを放ってきたとしても耐えられます。いくら銃が強力とはいえ、ブレスより強くはないでしょう」


 ザハーク軍の飛竜にのる氏族をまとめるエルフが楽観的に笑う姿をバリトールは高位のエルフらしいとぼしい表情で眺めていた。

 上から情報統制されているため最新の銃の能力について現場のエルフが知る事はない。

 ブレスほどの威力が無くても強力で多様な攻撃ができる銃は危険な存在だ。


 けれどバリトールはそれを指摘しない。

 千年ぶりに行われるザハーク軍の都市蹂躙の目的は、今回に限って言えば囮にすぎない。

 量産した竜種にしても、氏族の里にノウハウが残っていれば現地の指揮官などいくらでも代えがきくのだ。


 本当の目的はのアルバの使徒、ヘルザート・ガンナー・シルバーウルフの殺害。

 現状のウジャト教団の戦力がよく言えば少数精鋭、悪く言えば幹部数人を殺せば崩壊する組織である事はゲルニキア側も把握している。アンギウムを攻めれば高い確率で本人が出てくるだろう。

 それを自分とその直属の戦闘に長けたエルフが殺すのだ。


 バリトールはこの地の総督になってから、強力な戦力を保持しているにも関わらず、その多くをアルドヴィンやレムジアといった前線に渡さなければならない事が不満だった。

 ここで対立するウジャト教団を再度壊滅に追い込み、アルバ神を確保すれば、アルドヴィン派に代わり自分達ティランジュ派がゲルニキアの主流派になれる。


「陸においても銃などおそるるに足りません。私が率いる鱗甲族のグリプタムトゥスの巨体と分厚い装甲は正面であれば真竜のブレスにも耐えます……さすがにザハーク様のブレスは耐えられないでしょうけれど」


 エルフのなかでは見劣りのする太ったエルフが上を見上げておどけてみせると、他のエルフ達も自らの神であるザハークの前ではどの亜竜も同じと言いはじめる。

 しかしエルフ達が上をみて笑い合い、剣呑になりつつあった雰囲気が再び和やかになる中、バリトールの顔はかすかに苦々しいものになっていた。


 ゲルニキア教国ティランジュ派はイルヤ神とアルバ神が戦う戦場の中に異界門を通り飛び込んだ、かつてのバーバル軍が元になっている。

 先祖が知略によって使徒ザハークをザハーク=イルヤという偽神に仕立て上げ、イルヤ人とナーガヤシャ達を勢力に組み込めたのはよいが、イルヤ人エルフが未だに偽神の力を絶対視している事にいらだちを覚えざるを得ない。


 ティランジュ派がこの地に降り立ち、どれだけ時間がたったか。

 その間ザハークは本物のイルヤ神に血殻を集めさせていただけではないか。

 莫大な血殻を持ち、複数の神種をやどす使徒とはいえ、体内の経路を通る魔力には限界がある。

 肉体も魔法も鍛え、法具を解析し使いこなしてきた自分達の方がもはや戦力は上であるはずだ。


 バリトールの不満はゲルニキア本土の派閥幹部にも向けられる。

 ウジャト教団の抵抗が激しい場合には、無理をせずザハークに倒させる。

 幹部の方針は堅実で、派閥としては正しくともバリトールのプライドを傷付けた。

 彼らも、ザハークの能力を認めているという点ではイルヤ人エルフと変わらないのだ。


 しかしそんな不満をこの場で出すわけにはいかない。


「バリトール様? 何かお加減でもよろしくないのですか?」


「いや、ソニヤ殿、そのような事はありません」


 自分のすぐ隣には教国軍直属の軍監がいるのだ。

 彼女にザハークとの不仲を知られたくない。


「初陣とはいえ気にすることはありませんわ。バリトール様の軍にはザハーク様がいらっしゃるのですもの」


 しかし、バリトールの願いはもろくも崩れ去る。

 ハイエルフの薄い笑みと平坦な口調で、バリトールは己の内心がとっくに見透されていると悟った。

 若くして軍監にまで出世した才媛に舌を巻くと同時に、その内心にたいした関心が払われていないという事にプライドを傷付けられた。


「そうですね……ザハーク様、我々の力及ばぬ時にはなにとぞお力をお貸し下さい」


 バリトールはそれでも体裁をつくろい、上を見上げ、一際大きく高い石柱の上に鎮座する黒竜に声をかけた。

 自らの身体に流れるイルヤ人の血を忌まわしく感じながら。


「……ザひもナし」


 圧倒的強者の言葉に沸き立つエルフ達の声に隠れるように、正真正銘のハイエルフであるソニヤにわからぬようにイルヤの言葉でバリトールはつぶやく。


「長く生きすぎて頭が壊れたんだろ? 法具と同じように使ってやるよ」


 言い返してこないザハークを見て、バリトールは少しだけ気が晴れる思いがした。




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