第51話 病んでる女神との顔合わせ
ビーコの背に乗りロベツを出発してしばらく谷間を進む。
オルミナさんは、僕が黒竜の話をしている間に、ショーンがあの場から離していてくれたお陰で今は落ち着きを取り戻している。
谷間が途切れたと同時に視界が開け、人工的に山の間を埋めてつくった平地と、その平地の半分ほどを埋め尽くす半壊したドームが現れた。
「着いた。ここが滅びたティランジア王国の都、ティランジュだ」
半壊したドームはカイサルの記憶にあった通りだ。
その上には緑がかった虹が空に向かって伸びている。やはりイルヤ神はあの場にいるみたいだ。
「ヘルザート殿、この鎧で本当に神の呪いは防げるのでしょうね」
イルヤ神がいるのはティランジュだとつげても行く意思を変えなかったイリダルだけど、タブーを犯す事に不安は隠せないようだ。
着込んだリッカ=レプリカをしきりになでている。
「ええ。呪いの正体は虹蛇ではなく大量の竜の骨と溶けた肉が発する魔素です。この鎧は体内の魔素の量をコントロールしますのでナーガヤシャにはなりません」
ビーコに乗っているのはイリダルとアルバトロス、それに僕とリュオネとスズさんだ。ザハークに遭遇した時を考え、衛士隊の皆にはコリーが待つ長城壁上の陣地に戻ってもらった。
ドームに入ると、中央には記憶にない巨大な立方体が見えた。
数デジィは離れているこの場所からでもその迫力に圧倒される。
「ザート、あれって、血殻だよね?」
「ああ、カイサルが去った時はあそこは神殿だった。ティランジア中の竜の墓場から集めた凝血骨を固めたものだろう」
リュオネに答えつつ違和感を覚える。
サロメは本来神が己の力を使徒に分け与えるのに使う神種である竜の実を大陸全土にばらまいた。
その結果、生物は竜種や魔獣に変わり、血殻を吸い上げられた大陸は草木が生えない不毛の土地に変わった。
けれど何千年の成果の割には血殻の量が少ない、気がする。
「ザート君、この辺りで降りて良いかしら?」
「あ、はい。降りて下さい。ここからは徒歩で近づきます」
慌ててオルミナさんに答えると、ビーコは一つ羽ばたきをすると建物のがれきがない広場に降りたった。
ウジャト教国軍とティランジア王国軍の決戦の記憶を思い出す。
あの後ここに来たバーバル軍が処理したのか、それとも年月による風化か、地面を埋め尽くすほどの死体があったとは思えないほど広場には何もなかった。
立方体に向かいながら青浄眼に視界を切り替えシャスカと通心をする。
『シャスカ、ティランジュに着いた。血殻の塊らしい巨大な立方体がサロメの身体らしい半透明の光に包まれている』
『うむ。そのまま近づいて手がかりを探すのじゃ。カイサルとの戦いの最後、サロメは全ての力を神種に込めて放った。そのため今は攻撃などはできぬはずじゃ。イルヤの顔などをみつけたら会話をするために神種を一つ与えよ』
「皆、どこかにイルヤ神の痕跡があるはずだ。周辺を注意して探してくれ」
皆が散開する中、イリダルが一人残っていぶかしげに立方体の壁を見ていた。
「この光は確かに虹蛇のようですが……イルヤ神はどこにいるのですか」
本当はサロメ自身から言葉を聞かせたかったけど、じきに聞けるから話してもいいか。
「目の前の、その虹蛇がイルヤ神、サロメ=イルヤの変化した姿です。今は力を使い果たしてまともに話せませんが、すぐに話せるようにしますのでもう少し待っていて下さい」
口を開けたイリダルが何か言おうとしたけど、ちょうどスズさんがこちらに手を振ってきたのでそちらへ向かう。
「団長、壁面に変わった所は見当たりませんでしたが、代わりにこれを見つけました」
スズさんが指さしたがれきの上にあったのは異形の目玉だった。
一つの玉の表面に三つの瞳がある。瞳の色はくすんだ金、銀、銅で、縦長の黒い瞳は竜種の目を思わせる。
玉の大きさは僕が片手でぎりぎりつかめるくらいだからかなり大きい。
「こんな場所にあるくらいだからイルヤ神に関係するもんだよな」
「かなり気持ち悪いわね」
正直僕も気持ち悪いけど手がかりである以上は調べなきゃならない。
「……鑑定してみるか」
集まってきた皆の前で法陣に目玉をくぐらせて収納する。
目玉を収納し、鑑定——
==
・竜玉の識眼:イルヤ神転生における*(排出***推**汚染)
==
直後視界がゆがみ思わず膝をついた。鑑定結果の文字は大量で、揺らぎ前後し、正確な文章の体をなしていない。
神像の右眼の中に入った時に少し似ている。視界が明滅して安定しない。
悪夢の中にいるような、奔流にもまれ自分が消えるような不安が襲うなか、首筋になにか異物が入ってきたような悪寒を感じ、反射的に目玉を排出した。
「ザート、大丈夫⁉」
「づ……ああ、大丈夫。でも少しこの玉から離れてくれ」
リュオネの声がする方に笑いかけるとリュオネがほっと胸をなで下ろした。
痛む頭をおさえて指示を出してからようやく一息ついた。
うん、段々意識がはっきりしてきた。鑑定で得た情報も意味がわかってきた。
「この目玉は竜玉の識眼といって神器の一種だ。イルヤ神が転生して記憶を引き継ぐ時に一時的に体外に出しているものらしい」
僕の言葉に一同が息を呑む。
人格を持つ神は長い時を人格を保ち過ごすため、色々な形で”転生”をする。
その時に記憶を引き継ぐために様々な方法をとるんだけど、蛇神であるイルヤ神はこの玉を使うようだ。
「神器とはな……そんな重要なものをイルヤ神はなぜ放置したんだ?」
ショーンの疑問ももっともだ。
僕は龍玉の識眼を拾い、イルヤの身体に向けて歩いていく。
「確かに重要なものだけど、なぜ放置したかというなら前提が間違っている。放置したんじゃない。排出したんだ。転生したかったから」
イルヤ神は本体とも言える識眼を生き物に食べさせてその生き物を乗っとり、卵を生ませてそこから神として生まれる。
さっき鑑定とは別に、識眼の方が送り込んできた知識の一つだ。神像の右眼の警告があったのだから、あのまま排出していなかったら恐らく精神を乗っ取られていただろう。そのことを思うとあらためてぞっとする。
「けどここに来る生き物はいない。残念だったなサロメ」
竜玉を緑の光の中に放り込むと、浮かび上がった竜玉の瞳がキョロキョロと動き始めた。
「話を聞きたいんだ。少し眠りから覚めてもらう」
収納していた竜の実、イルヤ神の神種を一粒だけ取り出してそれも放り込む。
すると竜玉の三つの瞳がほどけ、周囲にミルク色のもやが広がっていった。
もやの向こうで何かがうごめいている様子を皆で見守る。
もやの動きが静まった時、鈴の転がるような、高く澄んだ金属音を思わせる声が聞こえてきた。
「やはりあの方の使徒でしたのね、残念、神器の中で溶け落ちてしまいたかったのに」
白いもやの中から現れたのは暗赤色の艶やかな長髪をなびかせた艶やかな美女。
カイサル=アルバの記憶の通りの姿をしたサロメ=イルヤだった。
【後書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
魔素でも物理でも強力なものなど、神像の右眼に収納し続けるのが難しいものがあります。
今回の竜玉もそういうものでした。
【書籍版『法陣遣いの流離譚』①②巻刊行情報!】
書籍版の特徴は大幅な改稿とSSです。
特に巻末書き下ろしSSは物語の背景が描かれていたりしてストーリーをより一層楽しめるものとなっております。
レーベル「いずみノベルズ」の特設サイトで試し読みができますので是非お読み下さい!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます