第50話 オルミナと両親

 オルミナさん達アルバトロスは僕達とイリダル達の間に割ってはいる形になった。

 背の低いアシの仲間が水面の風に吹かれて音を立てて揺れている。


 言い訳になるけど、イルヤ人がザハークをイルヤ神、サロメをその持ち物の神器と取り違えているとは思わなかった。

 けれどそれは想像力が足りなかったのだ。

 僕達アルバ人の認識なら魔獣の上位種のように考えている竜種を神と考えるなんて考えられないけど、竜種と言葉を交わすことが出来るイルヤ人ならば認識は違う。神と考えても無理からぬ話だったのだ。

 

「ヘルザート殿、彼らが、いや、彼女が一体何者なのか、説明していただけますか」


 ようやく我に返ったイリダルがオルミナさんと後ろに控えているビーコの方を見ながら訊ねてきた。

 オルミナさんが竜の言葉を話したからだろう。表情は最初に出会った時以上に警戒心をむきだしにしている。


「ガンナー軍竜騎兵長のオルミナと仲間、そして彼らの騎竜です」


 たとえゲルニキアと交流のある集団であっても、ここは正直に話した方がいい。そう思い説明したけれど、イルヤ人は予想外の反応をした。


「オルミナ……セルージョの娘がそんな名前じゃなかったか?」


「あの何年か湖に居着いていたバトロシアと仲が良かった家族のか。生きていたのか……」


 後ろにいるイリダルの部下達がささやき合っている。

 オルミナさんを知っているのか? このハイムア地方のどこかの出身だとは思っていたけど、入り口の街で情報を得られるとは思わなかったな。


「なるほど、セルージョさんの子でしたか。それなら納得です」


 イリダルがこちらを睨むのをやめ、ため息をつきながら再び椅子に戻った。

 かすかに口元に笑みさえ浮かべている。


「どういう事ですか?」


 促されるまま僕達も座り直す。オルミナさんにも椅子が用意されたけど、座る様子はなかった。

 その様子にイリダルは苦笑いを浮かべてからこちらに向き直る。


「セルージョさんはここロベツの神官の家の出でしたが、伝承に納得がいかずに古代の文献を解読する歴史家でした。そしてザハーク様は神ではないと言い始めたのです」


 そういってオルミナさんをチラリと見た。なるほど、オルミナさんが父親からそう教えられていると考えたのか。


「そのために周囲から孤立をしていたのですが、彼はあるとき、自説を証明するためにタブーを犯し、家族をつれてティランジュに向かってしまったのです。それ以来帰ってきませんでしたが、こうして娘が無事でいるということはどこかで生きているようですね」


 説明を終え、一人勝手に納得しているイリダルには、拳を握るオルミナさんは挫折した父親の仮説を今でも盲信する娘、という風に見えているのだろう。

 イリダルの言葉が真実なら、セルージョ氏がティランジュに向かうのは相当無謀だ。

 亜竜種の襲撃もあるし、魔素を吸い過ぎてナーガヤシャに変わってしまう可能性もある。

 けれどセルージョ氏は強行し、結果夫婦は死に、残されたオルミナさんはビーコの母に育てられた。


 これはどういうことか。さっき聞こえてきたイルヤ人の言葉も含めて考えてみる。


 両親の死については、オルミナさんが生き残った時点で魔素でナーガヤシャになった筋は消える。

 そして旧知のバトロシア、つまりビーコの母がオルミナさんを連れ帰った事から、バトロシアがセルージョ一家を背に乗せてティランジュに向かっていたと想像できる。

 だから亜竜に襲われて死んだとも考えにくい。

 残っているのはザハークに殺された可能性。これが一番高いのだ。

 オルミナさんは親を黒竜に二度殺された事になる。


 根本的に、オルミナさんの今の状況をつくったのは父であるセルージョさんだ。

 でも死んだ父に怒りはぶつけられない。だからこそ、怒りは彼女の家族を奪った黒竜とその信者で父に証明を強いたロベツの人々に向けられる。

 彼女は拳を握りしめている。心を静めようとしているけど、無遠慮に心の傷をえぐったイリダルの言葉を許せる様子ではない。

 後ろのビーコも興奮したままだ。このままだとまずいな。

 僕は周りに気付かれないように、青浄眼の視界に切り替え法陣を呼びだした。

 

「イリダルさん、実はお伝えしていない事があるのですが」


 確認を終えた僕はイリダルに話を切り出した。


「? なんですか?」


 怪訝な顔をするイリダルに不意打ち気味に真実を告げる。


「僕はブラディア国狩人伯の身分を持っていますが、もう一つ身分があります。アルバ教の使徒なんです」


「なっ⁉」


 突然の告白にイリダル達の表情が驚愕に満ちる。


「イルヤ神は今どこにおられますか?」


「南に狩りに向かわれる姿をおみかけしましたが……」


 そうか、縦に長いハイムア地方の南にいったなら戻るのも遅くなるだろう。ちょうどいい。


「虹の調査、というのも嘘ではありませんが、イルヤ神との交渉がここに来た本来の目的です。それでは、イルヤ神に使徒はいますか? あの黒竜の言葉を解する人は?」


「それは……」


「アルバ神の陣営に降った神々はいますが、使徒は今でもいます。バルド教徒から降った神に使徒はいないと教えられているならば、それは嘘です。結論から言いましょう。黒竜ザハークは神ではありません。神ではないから使徒を持たないのです」


「嘘なものか! バリトール様ほど高潔な方はいない!」


「ザハーク様が神じゃないなら一体誰が神なんだ!」


 一瞬の沈黙の後、集まっていたイルヤ人の集団からつぎつぎに非難の声がわきおこった。冷静にそれらの声に耳を傾け、情報を拾っていく。

 ハイムアの東側ではゲルニキアの信徒が魔獣や亜竜を狩っているらしい。

 なるほど、バルド教のイルヤ人担当はバリトールというのか。


 そんな事を聞き取り、頃合いを見てイリダルに目を向ける。

 ここで押さえられないならリーダーじゃない。


「お前達、静かにしないか! ここで言い合いをしても意味がないだろう! ヘルザート殿。そうまでおっしゃるなら、我らが神は一体どこにおわすというのですか?」


 イリダルは群衆を押さえる一方でこちらを険のある目で見てきた。半端な推測などでは納得しないという顔だ。

 よし、あおったかいがあった。

 これなら自分の目で確かめようとどこにでも、”禁じられた土地”にでもついてきてくれるだろう。


 おもむろに立ち上がりイリダルを見下ろし、微笑みとともに北辺を指さした。


「ティランジュです。黒竜がいない今なら本当の神様と話すことができますよ」




     ――◆ 後書き ◆――


いつもお読みいただきありがとうございます

ちょっとした推理回でした。ここからサロメに会いに行く事になります。


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