第49話 最悪の顔合わせ


 大型の亜竜に乗って峠を越えると、それまでの荒野とはまるで違う、山に囲まれた緑の草原が眼下に広がっていた。

 衛士隊の子達は後ろでため息をついて首を廻らせたりしているけど、無理も無い。

 竜騎兵や偵察に同行する僕やリュオネは上空から見慣れているけど、砂と石ばかりだと思っていたティランジアに湖や草原が広がっていれば驚くのが普通だろう。


「見た目通り、平和そのものの土地です。このハイムアを囲むように亜竜が住んでいるので魔獣や魔物に襲われずに済んでいます」


「囲むように、という事は中には住んでいないのですか?」


「そうですね。小型の者か、外の地の水が涸れた時に飲みに来るくらいでしょうか。だから我々が外の地に井戸を掘って水場を作ってやったりしているのですよ。彼らとは持ちつ持たれつの関係です。神がそのように作られたからと聞いています」


 イルヤ神が? 竜種はサロメが自らの神種を大陸中にばらまいた結果生まれた存在だ。

 わざと人間と仲良くなるように作ったなんていう事があるだろうか。

 疑問に思ったけど、あやつる亜竜と会話しているイリダルを前にすると何も言えなかった。

 

 リュオネがちらりと視線を向けてきたけど、軽く首を振って返した。

 今イルヤ人と論争などしても意味はない。それよりなぜそんな話が伝わっているのかを知る方が重要だ。


 その後は土地や気候など無難な話題を口にしながら斜面をくだり、竜の背から降りてさらに湿地の中をすすむ。

 どれも見た事もない植物ばかりだ。こんな時じゃなければ片っ端から採取したい。

 そんな事を思いつつ歩道を歩くと、湿地に浮かぶ島々の上に建つ板葺きの民家の群れにたどり着いた。


 イリダルに促されるまま、湿地を望むデッキの上で簡単に果物や茶のもてなしを受けた。

 そしてその流れでイリダルは僕達が造ってきた長城壁を使って僕達と交易に来てくれないかと言ってきた。

 どうやら僕達をここにまねいたのはそれが狙いだったらしい。

 東海岸からはゲルニキアの商人が来るけれど、取引相手は多いに越したことはないという事か。


「さて、ティランジアの虹についての話でしたね。竜の骨を食べた、というのは直接みたのですか?」


 簡単な取り決めをすませると、イリダルが傍らに寝そべる大型犬ほどの亜竜種をなでながらきいてきた。

 

「ええ。遠目でしたが、それまであった竜の骨が無くなっていたので食べた、と表現しました」


 僕の答えにイリダルがしきりに頷く。


「近づかなかったのは賢明でしたね。地上に降りる虹に近づけば、呪いで下半身が蛇になり『ナーガヤシャ』という魔物になってしまうと伝承にあります」


 なるほど、『ナーガヤシャ』か。魔素が原因ならブラディアの『魔人』に相当する存在だろう。

 たしかに半透明のイルヤの体内は濃密な魔素で満たされていた。

 あそこに入れば時を置かずに魔人化してしまうだろう。

 しかし呪いか。呪術は魔術、符術などを含めた広義の魔法に含まれるけど、今の口振りだと魔法体系の外、それこそ神の怒りのように認識しているんだろう。


「そうでしたか。安全のためにもきかせて下さい。地上に降りる虹の正体は一体なんですか?」


「自然の虹とは違うあの虹は虹蛇こうだといって、イルヤ神の神器なのです」


「神器、ですか」


 思わず言われた言葉を復唱してしまった。僕がサロメ=イルヤだと思っている存在が神器か。

 本当に、なんでそんな話になっているんだ?


「イルヤ神は大陸中にある竜の墓場に虹蛇を向かわせ竜の魂と凝血石を回収しています」


「回収したそれらはどこにあるのですか?」


「伝承では、虹蛇の根元があるティランジュに貯められていると伝承にあります。人にとっては魔法を使うための資源ですが、神にとっては神界での位階を高めるために必要なものだそうです」


 そこまで言ったイリダルは空中に円を描いていた人差し指を止め、顔をこちらに向けた。

 

「先に言っておきますが、ティランジュに向かう事はおすすめしませんよ。当たり前ですが、神殿に近づけば神の呪いにより姿を『ナーガヤシャ』に変えられてしまいます。神を恐れず、欲に駆られれば身を滅ぼしますよ」


 いかにも忠告をしたとばかりにイリダル達は顎を引きこちらをのぞき見てきた。

 なるほど、虹を追ってきた、という言葉で僕達が竜の骨、つまり凝血石を狙ってきたと思ったのか。

 確かに凝血石があるだろうと予想はしていたし、手に入るなら欲しい。

 でもそれは今は脇に置いておこう。それより訊かなければならないことがある。


「この地に直接イルヤ神と言葉を交わす使徒はおられますか?」


 僕の問いかけに、イリダル達は顔を見合わせた後、首を傾げて苦笑した。


「アルバの神は人の言葉を話されるのですか? それとも使徒が神の言葉を?」


 こちらを嘲るような声に反応した身じろぎの音とともに後ろから殺気が放たれたので、振り向かずに片手で制した。


「同じ事ですよ。僕の知る限り、全ての人は己の属する神の言葉を話します」


 かすかな笑みとともに、目の前のイリダルの姿を写す鏡になるように目を見開く。

 抽象的な言葉を自明の理とばかりに言い切り、それとわかるように相手を観察する。

 自分の言葉の正しさを確認する瞬間、相手はこちらに本音を見せる。


 やっている事はただの商売人のブラフだけど、技術と観察眼はそれなりに必要だ。

 そして身体強化と魔力操作ほどじゃないけど、僕はその両方にそれなりに自信がある。

 イリダルが親指でなでた人差し指の指輪、傍らの竜種に傾けた身体、椅子の後ろに引いた左かかと。

 視線をむけた繊細な意匠のカップ、テーブルクロス、北の尾根。


 そして結果わかった事。イルヤ人には偽物の神と話す偽物の使徒すらいない。

 さらにいえばゲルニキアの商人から使徒の存在は訊いていても詳しい事は教えられていない。

 さらにいえば——伝承という知識はゲルニキアの信徒あたりからの借り物で、イルヤ神はバーバル神の眷族と教えられている。


 居心地が悪そうに座り直すイリダルに追い打ちをかける。


「我らが信仰するアルバ神は人の姿をしていますが、イルヤ神はどのような姿をしていますか?」


 イルヤ人から聞けることはだいたい聞けた。後はここを立ち去り、迂回してティランジュにむかう。

 この会話を終えるため、さりげなく違う話題に水を向けるとイリダルは吸い込まれるように食いついてきた。


「全ての竜の王、漆黒の鱗に身を包んだ堂々たる真竜ですよ。イルヤ神の膝元にあればこそ、このハイムアはこれだけ豊かなのです。黒竜ザハーク様こそ——」


 サロメが神と呼ばれないのなら、どのような存在が『イルヤ神』と呼ばれるか予想できていた。

 さらに、今、ここに誰が向かっているのかわかっていた。

 それなのに、望む通りに事が運んで油断していたのだろう。僕は最後の最後で話題選びを間違えたのだ。


 再び余裕を取り戻したイリダルの言葉を遮る、金属をはじくような絶叫と、その後方から響く真竜の咆哮に、その場にいるイルヤ人全員が凍り付いた。

 木材で出来た歩道を蹴るブーツの音が近づいてくる。


「やっぱり敵になる覚悟をしておいて良かったわ。親の仇を神様とあがめる人達とは仲良くできそうにないもの」


 歩道をわたってやってきたオルミナさんの顔は同胞への失望と怒りに染まっていた。

 


    ――◆ 後書き ◆――

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