第48話 イルヤの民との出会い

 オルミナさんがくればイルヤ人と対話ができる、とふんでいたけど、その予想は空堀の向こうから発された言葉によってくつがえされた。


「あなた達はアルバの民か!」


 女性とも男性ともつかない、手足の長い集団の中心にいた髪の長い人物が僕達と同じ言葉を使ってきた。

 竜種やメドゥーサヘッド達と僕達が意思疎通できない、イルヤ人は独自の言葉を使っていて僕達とは言葉が通じない、という前提が崩れた。

 カイサルとサロメの陣営は同じ言葉を使っていたけど、あれは当時それなりに交流していたからだ。

 じっさい戦闘で二つの陣営の一般兵は違う言葉をつかって戦っていた。

 交流がなくなれば相手の言葉を覚えている理由はない。


「ザート、私達より前に、彼らと接触していた勢力がいたみたいだね」


 隣でリュオネが緊張した声でつぶやく。


「そうだな。僕達が調べた限りでは、沿岸部から内陸に向かう商隊はなかった。少なくとも、西部海岸は」


「なら残るのは東部海岸……ゲルニキアがある方角だね」


 相手に答えるために空堀の際に向かいながらリュオネと状況を確認しあう。

 ゲルニキアにはバルド教総本山がある、ハイエルフが住む土地だ。

 バルド教に遅れを取ったか……

 こうなると少し厄介だな。

 僕たちはイルヤの民の事をほとんど知らない。対して彼らはこちらをどれだけ知っているだろうか。


「ええ、そちらはイルヤの民でよろしいでしょうか?」


 僕が一歩前に進み出ると同時に答えると、向こうからもさっき呼びかけてきた長髪の男が前に出てきた。


「はい。話が通じる相手で良かった。このハイムアにはどのような理由で来られたのですか?」


 背後の男達は明らかに警戒している。何千年と交流がなかった民族がいきなり来たのだ。当然の反応だろう。


「はい。我々は西の沿岸から来ましたが、そこで竜の骨をたべる奇妙な虹を見たのでこちらに調査に来ました」


 あらかじめ用意して置いた『無難な理由』を口にする。

 言葉を交わして緊張がゆるんだ所で互いに名乗りながら、注意深く空堀を土で埋めていく。

 その様子を向こうは黙って眺めている。

 アルバの民が遠い昔に自分達の先祖と戦った相手だと知らなくても、ものものしい長城壁をみれば侵略に来たと考えても不思議はないだろう。

 けれど、僕達は強力な竜種がはびこる荒野を抜けて来た。

 その僕達にこの場で刃を向けるほど馬鹿ではないだろう。


「そうですか。遠い昔、われらの先祖は戦争をしたそうですが、今は争う理由もありません。客人として、我らの集落にお越し下さい。そこで虹についてもお話致しますよ」


 イリダルと名乗った男は道をゆずるように身体を横に向ける。

 イルヤの民でも戦争の記憶は継承されているようだ。

 ともあれ、戦いどころか招いて話をしてくれるというのだから多少危険でもいかない手は無い。


「それは願ってもない事です。お邪魔にならないように少人数で伺わせて下さい。ただ、遅れてくる調査員が三名おりますので、彼らも後に合流してもよろしいでしょうか?」


 三人とはもちろんアルバトロスの三人の事だ。

 オルミナさんからは、イルヤ人と出会った時には自分も立ち会わせて欲しいと言われていた。

 もちろん通訳として、という理由もあるけど、それ以上に、会ってみたいという気持ちがオルミナさんにはあるようだった。


「ええ、三名程度であれば支障ありません。この場所に数人残しますので、その者達に案内させます」


 糸のように細くした目の下がぴくりとはねたけど、問題はないようだ。

 イリダルが隣にいる男達に竜の言葉で話すと彼ら三人は頷き、来た道を戻り始める集団から別れていった。

 

「では、少し離れていてください」


 イリダルの仲間達は散開し、それぞれが何かを叫んだ。

 すると、尾根の向こうから現れた影がこちらに向かって坂を駆け下りてきた。

 地を這うトカゲ、長い体に数え切れない足を持つ虫、兜をかぶったような鳥。

 巨大な姿を持つ何頭もの生物は、さっきまで僕達が戦っていた亜竜種だった。


 背後にいるスズさんはともかく、衛士隊の皆はあっけにとられている。


「驚いたね……」


 リュオネも呆れたように口元に笑みを浮かべつつ、油断なく前方で停止した亜竜達を眺めている。

 今正面でやってきた亜竜をなでているイルヤ人達は竜使いなのだろう。

 竜と言葉を交わせれば、仲間にするのは容易だ。

 それはオルミナさんを見ていればわかる。


 そして、イルヤ人の仲間の竜が目の前だけ、とは限らない。


「団長、視界に入るだけでも亜竜の姿が増えてきています」


「うん、囲まれているな」


 距離は遠いけれど、明らかにこちらを囲む形で亜竜達が集まってきている。

 亜竜達と戦っている時に違和感は感じていた。

 本来テリトリーを奪い合う関係、食う食われる関係の亜竜達が隣り合ってこちらに向かってきていた。

 それは同じ目的の下、統率が取れていたからだ。


 わざわざ呼びつけたということは、戦力を見せつけているんだろう。

 統率の取れた亜竜、たしかに強力な戦力だろう。


「お騒がせしてすみません。騎乗する亜竜達の準備ができたのでこちらに来て下さい」


 さきほどまでとは変わらない様子で手を振るイリダルの顔には、挑戦的な笑みが浮かんでいた。

 



    ――◆ 後書き ◆――

いつもお読みいただきありがとうございます。

竜使いオルミナの同族が登場しました。

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