第47話 不規則な亜竜の行動
「右からフォクステリウム!」
兵の魔鉱銃から発された火弾が狐に似た獣竜種の素早いステップによりかわされる。
うん、後ろで見ているとわかるけど、銃口を向けられた時点で避けてるな。
あれじゃ当たらない。
「対処法の通りに、水弾二連!」
伍長の指示により、同じ隊伍から発された水弾が着弾と同時に水煙を発する。
次の水弾が水煙に吸い込まれた直後、晴れた霧の中から転がるフォクステリウムが現れた。
砂漠の生き物の足は耐寒性がない。
足の肉と毛を氷に捕らわれた獣は転び、さらに氷塊を身体にまとう。
素早さを奪われた獣竜種は続いてきたロックパイルにより全身を貫かれ息絶えた。
よし、教本通りにすれば一般兵でも対処できるな。
「よし、着剣の上マジックボックスで死骸を収納!」
けれど、軍が貸し与えているマジックボックスを持ち歩く重戦士のハリーが困惑した顔で振りかえってきた。
「伍長、そろそろ空間に余裕が無くなってきた。後方の本部に交換に行ってくる」
そういってハリーが隊伍に一匹いるガロニスに乗ろうと手綱に手をかけようとしたのでそれを制止した。
「お疲れ様、そこまでで良いよ。マジックボックスは僕が交換しておく」
僕の声で同じ隊伍の五名がため息とともに笑みを浮かべた。
一般兵が教本通りに動けているか、教本が上手く機能しているか直接目で確かめていたのだ。
「ありがとうございます団長。それにしてもさっきの峠を越えたあたりから亜竜が増えています。大規模集団のテリトリーに入ったんでしょうか?」
ハリーが少し不安そうな顔をしている。確かに長城壁を作る前の斥候隊に同行してから初めてだ。
「念のため、長城壁を作っている工兵隊の到着までこの場で待機していてくれ。想定外の事が起きたら無理せず長城壁まで撤退。それからハリー、他の隊にも伝令を頼む」
軽く指示をしてから空に駆け上がる。
上空から見るだけで斥候隊の半数が戦っているのがわかるし、青浄眼の視界にはかなりの密度で亜竜種がいるのがわかる。
「確かに、密度も多いけど、それ以前に種類がバラバラだ。テリトリーも何もないな」
気がかりを覚えながらコリー達がいる長城壁の先端、この遠征軍の本部に向かう。
季節は夏から秋へと移りつつある。
夏の間、長城壁を伸ばしながらの内陸部への進出は中断し、軍を挙げてほぼ情報収集に専念した。
リュオネが中心となって竜の洞窟など遺跡にのこされた情報の解析。
いくつか発見があったけど、これにより内陸の平地がハイムアという名の高層湿原という事がわかった。
さらに僕を中心とした初めて遭遇する竜種への対処法の確立。
これを進めた事により多くの竜種が一般兵でも対処できるようになった。
そしてウィールド工廠の技術開発部から独立した軍用生物研究室。
言うまでも無くメリッサさんとエヴァ達元第六小隊が所属している。
彼らが骨化を含む竜種の生態、特徴を研究してくれるお陰で対処法が洗練された。
はやく新しい検体をよこせと詰められるのは勘弁して欲しいけど……
などと考えていると十字街を作っているコリー達と、前線の本部になっている天幕が見えてきた。
「あ、おかえりザート!」
天幕の中で地図を睨んでいたリュオネがぱっと表情を変えてこちらにかけてきた。
尻尾がサラサラと揺れているのを笑顔で眺めていると首筋にチリと走るものがあった。
「団長、視察はいかがでしたか?」
衛士隊数人とともに天幕にスズさんが入ってきた。
最近スズさんの圧が高まっているのはなぜだろう、修行でもしたのかな?
「竜騎兵からも同じ報告が来ていたのか……」
長城壁の向かう先にある重なった尾根を見てつぶやく。
竜騎兵によれば、ちょうどあのふもと辺りに竜種が密集しているらしい。
僕が確認した密集地帯もその北に連なるようにあった。
報告があった場所に竜種をかたどった駒をおいていく。
「明らかにハイムア高層湿原を囲んでいますね……」
スズさんがつぶやくけれど、歯切れは良くない。
この状況に説明がつかないからだ。
「囲んでいる事自体は不思議じゃ無いんだよ。この辺りの基原生物の多くはハイムア高層湿原にいるからね」
リュオネが顎の下に拳を当てて指摘する。
生物が生きるには食料が必要だ。
不毛の地ティランジアにおいて、行き倒れた骨化竜を中心にしたオアシスをのぞけば、この辺りで生き物を養えるだけの緑があるのはハイムア高層湿原だ。
竜種がそのへりに密集しているのは理解できる。
「でも、棲み分けが無い。以前竜騎兵と偵察に来た時はどの亜竜も群れをつくったり決まった地形にいたり定まった生態をとっていた」
僕は手に持った、竜騎兵の調査をもとにした竜種の生態を記した冊子を閉じる。
なぜ生態にそぐわない行動をとっているのか、なぜ互いに争わず人、つまり僕達を狙ってくるのか、わからない事だらけだ。
「私たちが長城壁を伸ばしてきたから、かな?」
リュオネが確信がなさそうな、それでいて核心をついていそうな言葉をつぶやく。
その直後、天幕に十字街を作っていたコリーが走り込んできた。
「団長! 人だ!尾根の向こうから人が歩いてくる!」
場に緊張が走る。
でも、これは可能性が低くても予想していた事だ。
僕は鼻から息を吸い込み、青浄眼の視界の端にある法陣に念じて文字を書き込んだ。
『シャスカ、オルミナさんを連れてきてくれ。イルヤ人らしい人達が長城壁先端に向かってきている』
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
前話より少しだけ時間が経ち、いよいよ内陸へ進出します。
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