第41話 黒い帯、あるいは虹
「遅くなってごめん!」
地面に降り立ったリュオネが逆鉾を構えて隣に立つ。
「大丈夫だ。それより魔素を吸い切るのに少し時間がかかる。リュオネはチャトラの身体を崩すマガエシの準備をしてくれ」
「わかった!」
ようやく届くようになったレナトゥスの刃をチャトラの身体に突き立て、一気に魔素を抜いていく。
が、予想以上に多い。魔人と同じく、骨以外の血殻になっている肉体にもかなり魔素が溜まっている。
突き立てた盾剣を握る手につい力を込めていると、横から鋭い声が聞こえた。
「団長! チャトラに何をしてるんですか!」
少し離れた場所に降り立ったビーコからカレンさんが駆けてきた。
溶けかけたチャトラに刃を突き立てているんだから当然か。
鬼気迫る表情でこちらに詰め寄ろうとするカレンを追ってきたエヴァが抱き留める。
「大丈夫、さっき説明したでしょう? 団長はチャトラをもとに戻そうとしているの。怖いだろうけど、待ってなさい」
カレンが握りしめた拳を胸に押し当てながらもなんとか落ち着いたのを見て、改めて魔素を抜く力を強くする。
チャトラの前で膝をついて何か話しかけていたオルミナさんが振りかえった。
「ザート君、チャトラはまだ意識を保ってるけど、後どれくらいかかる?」
「あと少しで魔素は吸い終わります。その後、仮死状態になったチャトラを一度収納する所までいけば時間がとまりますから、ゆっくり考える時間ができます」
魂魄反転がベストなのか、まだ答えは出ていない。リュオネも交えて考える必要がある。
紫がかった視界にうつるチャトラからはほとんど白い光がでていない。
後少し……よし。
「今から収納します!」
動かなくなったチャトラの下に法陣を展開する。
これで時間的な余裕ができる。
そう考えていたのに、法陣を操作した瞬間、予想した中で最悪の事が起きた。
収納、できない。
なぜ、と心の中でつぶやきながら再び法陣を操作して収納を試すけど、上下に動く法陣はチャトラの身体をすり抜けていく。
仮死状態の魔獣や竜種の収納はこれまで散々実験で成功していた。反転している骨化竜だけ収納できない理由なんて……
「ザート、落ち着いて」
一人頭の中で問いを繰り返していると、いつの間にかリュオネが隣にいた。
リナルグリーンの瞳に見つめられているうちに乱れた呼吸がととのってきた。
「見て、さっきまでチャトラの周りに散らばっていた鱗がないでしょ? さっきザートが法陣で収納していたんだよ」
落ち着いて見れば、確かに鱗や溶け落ちた肉片が無くなっている。
「という事は魔素が満ちて血殻になった身体が収納できなくなったわけじゃないのか」
冷静になった頭が答えを導き出す。魄が収納できるなら、収納できない理由は、魂か。
改めてチャトラの身体を見つめると、ほとんど消えた白い光に重なるように、黒い影が見えた。
右眼だけ使い青い浄眼で見ると黒い影は見えない。
「左眼でも浄眼は使える……のか?」
目を閉じ、右眼と同じ要領で左手の指輪、神像の左眼に通る魔力を操作し、まぶたを開く。そこには赤い世界が広がっていた。
赤い視界の中心のチャトラの身体から黒いもやが天に向かって伸びている。
その先を追っていく。黒い線は不思議な事にかなり遠くなっても消える事なく続いて、空の黒い帯に吸い込まれていた。
あんなもの、さっきまであったか?
「リュオネ、あの黒い帯って何だと思う?」
空を指さして隣のリュオネに訊ねると、困惑した声が返ってきた。
「黒い帯? 私には虹に見えるけど……」
虹?
もう一度目を閉じ、左眼の浄眼を止めてまぶたを開く。確かにそこには虹があった……でも。
「あの虹は西の、レミア海に向かって伸びている」
そういえばシリウス・ノヴァを出発してしばらくたった頃、クローリスが妙な事をいっていた。
虹がでる方向がおかしいとか……
よく考えれば土地が違うだけで虹の出る方向が変わるはずがない。
そう疑った時、あれが虹ではないと悟った。
「シャスカ、あれに見覚えがないか?」
振り向いて、後ろにいるシャスカに訊ねると、まぶしそうに西の空を見ていたシャスカが息を呑んだ。
「あの緑がかった虹色、サロメか!」
――◆ 後書き ◆――
いつもお読みいただきありがとうございます。
シャスカのいうサロメ、とはアルバ神の記憶の終盤で変身したイルヤ神の事ですね。
虹蛇(にじのへび)はアボリジニなどの神話でみられます。
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