第40話 骨化竜の溶解
メリッサさんの言葉を聞いた瞬間、右手に神像の右眼の本体である盾剣を取り出した。
事態は一刻をあらそうようだ。
ジョアン叔父とバシルが驚いているけど説明はメリッサさんがしてくれるだろう。
『レナトゥスの、刃!』
青く光る刃が骨化竜の身体に振るう。
けれど刃は膜を切り裂く事はできずにはじかれてしまった。
浄眼の視界にはさっき魔法を防いだ膜がうつっている。
「くっ、ここでも魔力の膜か、もう一度!」
今度は切っ先に体重をかけるようにゆっくりと刃を沈み込ませる。
今度ははじかれずに刺さったけれど、血殻に吸い込まれる魔力の流れが遅い。
「ザート、左眼にも魔力が巡るように集中させろ。それだけでも違うはずだ」
ジョアン叔父に言われた通りにすると浄眼の視界が紫色になるのと同時に、かなり吸い込むのが速くなった。
これが双眼を使うということか。たしかに経路を通る魔力の質も量も変わった。
これなら経路にかかる負担のせいで限界があった高威力の魔法の保存もできるだろう。
魔力操作の能力はあがったけど、魔力の膜はチャトラを厚く覆っている。これを吸い込みきれるのか。
チャトラはまだ動けるみたいだけど、表皮だけが柔らかくなっているみたいだ。鎖や鋼糸に触れている場所の鱗が剥がれ始めている。
「ヒール・レスロ」
……だめか。
回復魔法で溶解の進行をとめられないか試したけど無理みたいだ。
唇を噛み、改めて身体、神像の双眼、法陣内の血殻に経路を通わせ体内魔力を巡らせ続ける。
今できる事は他にないか考えるけど、結局魂魄反転の方法しか考えつかない。
いたずらに時だけが過ぎていき、焦燥感を感じながら終わりの見えない魔力の膜の吸収を続けていると、浄眼の視界の隅に青く明滅する小さな法陣が現れた。シャスカだ。
『アルバトロスを見つけた、これより戻るぞ!』
『どれくらいで戻れる?』
『……オルミナの話では三十分ほどで着けるらしい」
三十分か、早いな。
『わかった。リュオネに伝えてほしい。チャトラの周囲に魔力操作を受け付けない魔力の膜がある。マガエシで崩せるか試して欲しい』
『あいわかった。ビーコにかなり無理をさせておる。我も革紐にしがみついておらねば厳しい』
通心を止めて空を見上げる。
日はだいぶ傾いている。色あせた空に浮かぶ雲にはすでに朱がさしていた。
改めて周囲を見回すと、長城と同じ高さの街区の建物はかなりのダメージを受けている。
得に東部にある神殿前から今いる南方面にかけてはほぼがれきの山になっている。ここからだと南東の山脈まで綺麗に見渡せる。
僕がシャスカと話している間、ジョアン叔父に守られながらチャトラの状態を確かめていたメリッサさんに向き直る。
「メリッサさん、後三十分でリュオネ達が到着します。チャトラの具合はどうですか」
「魚竜種をつかった実験と同じです。筋肉の溶解も始まっています」
メリッサさんはチャトラの表面の鱗やくずれた組織を取り出した道具で容器に入れ、何事かを手元のボードに書き付けている。
淡々としたその様子を少し離れた所からバシルが顔をしかめながら見ている。
やはり竜使いのバシルとしては友人として接してきたチャトラを実験動物と同じ様に扱うメリッサさんが冷徹に見えるのだろう。
「バシル、キビラを連れてここから離れていてくれ」
バシルはここにいない方が良いだろう。
それに竜種は同じ竜種の死体を好んで食べる。キビラが仲間を食べるとは考えたくないけど念のためだ。
すぐに思い当たったのか、バシルは短く返事をするとキビラの方へ走っていった。
『ザート!』
浄眼の視界の端に再びシャスカの言葉が現れた。
『すでにアンギウムは見えておる! 着き次第リュオネがマガエシを使うから準備するのじゃ!』
東を見るとぐんぐん近づいてくる青白く光る姿がみえた。
『わかった。今から場所を知らせる』
法陣から魔鉱拳銃を取り出し、信号用の火弾を装填し、上空に向かって放つと、三度破裂音とともに炎がきらめく。
がれきの上の僕達を見つけたのか、わずかに右にずれていたビーコがまっすぐにこちらに向かってくる。
ほとんど羽ばたかない、魔力をつかった飛行で間近まできたビーコが首をもたげ、急制動しながら上に向かう。
その姿を目で追って見上げると、翠色の渦がこちらに向かって降りてくる。
「セ、アァァァ!」
翠色の渦が魔力の膜を包んだ後、銀髪をなびかせながら落ちてきたリュオネが逆鉾を魔力の膜の真ん中に突き立てた。
「ゲイル!」
魔力の膜がはじけ、足場を失ったリュオネが落ちるのをかろうじて風魔法で防ぐと本人も風魔法で体勢を整えて着地した。
「ただいまザート。今破ったのが魔力の膜で良いよね?」
一つ深呼吸して乱れた銀髪をかき上げたリュオネに無言で頷く。
本当に無茶をするな。僕もきっと同じ事をするだろうけど。
――◆ 後書き ◆――
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