第38話 竜種をつかった実験の結果

 バシルに足止めを続けるよう頼み、僕は戦場から離れ、兵達が避難しているという西の要塞に向かった。

 ここは陸の戦いの拠点であるため、兵を多く収容する事ができる。

 上空で別れた後、ここの物見台で休んでいたマコラに向かって手を振ってから地上に降り立つ。

 広場を見渡しながら座っている兵の中を歩いていると、視界に青い光がともった。


『こっちじゃ』


 文字が青い板に浮かぶ。

 シャスカ、通心は音じゃないから方向がわからないって。

 浄眼でシャスカを探すと、広場の出口にある門の上の窓から手を振っている姿が見えた。


 ふたたび跳んで楼門に入ると、一団の中から白衣に眼鏡をかけたメリッサさんが三つ編みを揺らして駆けてきた。


「ザート様おひさしぶりです」


「久し振りです。経緯はボリジオから聞いて状況もみてきました。早速ですが竜種の骨化について新しい情報はありますか?」


 敬礼をした後、すぐに要件にはいる。

 今は少しでもチャトラの骨化を解くヒントを得たい。

 メリッサさんも状況を承知しているので頷くと最新の実験結果について話してくれた。


「ええと、預かった竜の種を使って行った適合実験の結果、既存の生物の適合率は〇・一%ほどでした」


 思わず唸ってしまう。

 かなり低い確率だな。ワイバーンを量産する、というのは思った以上に難しいかもしれない。


「ザート、そんな事より、今はカレンを慰める方が先であろう?」


 考え込んでいると隣に来たシャスカが視線を後ろに向けた。

 骨化の情報は必要だけど、確かにもっともだ。

 急いでミンシェンに慰められているカレンの元に向かう。


 竜の墓場で活動するために着ていた竜騎兵用のリッカ=レプリカも脱がずに冷たい石の床に座り込んでいるカレンが振りかえって僕を見上げる。頬には幾筋もの涙が伝っていた。


「ごめんなさい団長、いつも随伴兵の代わりをしてくれる子の都合が悪くて、一人でも良いと思って竜の墓場に行ってしまったんです。そうしたら、少し目を離した隙にチャトラが……」


 嗚咽をもらすカレンの姿が痛ましい。気分を落ち着かせるため、急いで膝をついてクリーンとキュアをかけた。


「確かに、チャトラは前から大食いだったからな……」


「違うんです!」


 場を和ませるために口にした言葉に予想外の反論をされ、思わず魔法をかけた手が止まった。


「チャトラは強くなろうとしていたんです。若い竜だから自分の力が弱いのを自覚していて、強くなろうと無理して食べていたんです……」


 驚きに顔をこわばらせたまま、再び溢れ出した涙が流れるのを目で追った。


「そんなの、オルミナから聞くまで知らなかった……」


 落ちた涙が床の石の色を変えるのを見て、とっさに口が動く。


「竜の骨化は人間でいう魔人化だ。僕とリュオネは魔人になったフリージアさんを人間に戻している。同じ手段をチャトラに試してみよう」


 魔素を極限まで吸って仮死状態にすればチャトラを神像の右眼に収納することができる。

 肉体である魄を分解、再構築して魂魄の反転を戻せば骨化が解ける可能性は高い。

 でもそのためにはマガエシ、天魔返矛を使えるリュオネがいなくてはならない。


「それならリュオネを乗せたアルバトロスが戻ってくるまでチャトラを足止め、拘束すれば良いのね?」


 カレンの背をさすっていたミンシェンがこちらに目を向け頷いた。

 この様子なら僕の言いたいこともわかっているのだろう。


「そうだ。頼んだものは出来てるよな?」


「ええ。今出すからまって」


 立ち上がったミンシェンの前に、カイサル=アルバの記憶でフィリオという怪力の女の子が使っていたのに似た巨大な魔鉱砲と先端が四つに分かれた長い魔弾が現れた。


「預かっていた魔鉱銃のオリジナルを解析してみたけど、言われていた通り、魔法制御転換装置らしき基幹部は複製できなかったわ。封印が施されていて解析すらできなかった」


 悔しそうな顔でミンシェンが説明する。

 やっぱりそうか。銃の法具を持ってアルバ神の記憶にもぐったけど、ある場所で封印がされて先に進めなかった。

 記憶も法具自体も封印されているからには何かはあるんだろうけど、今の所手がかりはない。


「それでも、何とか代わりの方法を見つけたわ。この魔弾は相手を傷付けないし、魔鉱を外せばチャトラの防御も抜けるはずよ」


 こちらを見据える眼光に自信のほどがうかがえる。


「よし。この魔鉱砲でチャトラを足止めして、魔素を抜いてリュオネを待とう」


「あ、それならあたし達はマコラに乗ってアルバトロスを探しに行かせてもらうわぁ」


 すっと右手をあげたエヴァが唐突に申し出てきた。予想外の事にみんな目を丸くして固まってしまった。

 けれど、すぐに我に返ったカレンがエヴァに食ってかかる。


「そんな! エヴァさん、私はチャトラの側にいます!」


「カレンは竜使いなんだから目が良いでしょう? それだけアルバトロスを発見するのが早まるわぁ。ミンシェンは高性能の遠見の魔道具をもっているし、神さまは団長との連絡役ね。チャトラを助けたいならこれが最善策よぉ」


 カレンの剣幕にも動じず、エヴァが淡々と理由を説明すると、カレンは力なく肩を落として同意した。


「わかった。エヴァ達はボリジオと合流してアルバトロスを探索。リュオネを急いで連れ帰ってきてくれ。そうすればチャトラを救えるはずだ」


 皆をマコラがいる物見台にいかせてから神殿前に行こうとすると、先にいったはずのエヴァが立っていた。


「どうした?」


 エヴァはいつものふざけた様な雰囲気ではなく、感情を押し殺したような無表情だった。


「さっき伝えられなかったけど、実はここに来る直前に竜種を人工的に骨化させる事には成功しているの」


「何だって⁉」


 驚く僕の目の前に、エヴァは取り出した灰色の液体が入った透明な瓶を揺らした。


「メリッサが作った魚竜種に魔素を極力ゆっくり注入すると、一部の竜種に骨化がみられたの。でも一日ともたず骨だけを残して自壊してしまったわ」


 予想はつく。けれどそうじゃない可能性を求めて静かに続きを促す。


「それで、何が言いたい」


エヴァははっきり僕を見据え、甘い期待を裏切る言葉を口にした。


「おそらくチャトラの骨化状態もながく持たないわ。骨化した飛竜種は即座に竜の墓場に向かう。それができなかった飛竜種や竜種はこうなって、他の竜種に食べられるの。多分ね、そういう生き物なのよ」


 無表情のまま、エヴァは瓶を揺らす。

 なるほど、それでカレンをこの場から離れるようにしたのか。

 身体が崩れゆっくりと死んでいくチャトラを見せないために。

 それがカレンのためになるかはわからないけど、エヴァはそれが最善と思ったのか。

 後で自分が責められるかも知れないのに。


「そんな目をしないでくださいな。赫髪はどこでもこういう役目なんです」


 そういってエヴァは自分の髪を耳にかける。その髪の色にどんな意味があるのか、聞きたくても訊ねる時間はない。

 すべてが曖昧な、絵の具の全てを混ぜたような濁った灰色の中で、白い骨が揺れていた。




    ――◆ 後書き ◆――


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