第37話 暴走する竜

 アンギウムに戻る途中、ボリジオから事の経緯をきく。

 カレンの話では、竜の墓場で凝血骨をマジックボックスに回収している最中にチャトラが土から凝血骨を掘り出して食べていたらしい。

 その場では何も起こらなかったけれど、アンギウムに戻って様子を見ていると急に暴れ出したという。


「アンギウムに戻ってから寿命が来たっていう事か」


 魔素が溢れると人が魔人になるように、骨に魔素が限界まで溜まった竜も姿を変える。そのことを竜使いの里では寿命が来たという。


「はい。アルバトロスは調査から戻っていないので、俺とマコラが取り押さえようとしたんですが『骨化』が始まってからは手がつけられなくなりました。兵は避難させ、ジョンさんと途中から来たバシルがチャトラを抑えています」


 骨化は寿命を迎えた竜の外見的特徴だ。限界まで魔素をためた骨が皮膚を破り、変形するらしい。

 僕は竜騎兵の騎竜達が寿命を迎えないよう、弱体化しない程度に神像の右眼を使い魔素を抜いていたけど、チャトラは相当量の凝血骨を食べてしまったようだ。


「里では去るにまかせていたので、寿命がきた竜種があんなに強力になるなんて知りませんでした」


 ボリジオが押し殺した声でつぶやく。

 見ればマコラの首には爪で削られたような傷がある。


「無理を言ってすまないな」


 傷ついたマコラにも、ボリジオにも頭を下げる。


 騎竜に寿命が来て骨化しても、できるだけ逃がさず取り押さえるように、と竜騎兵隊に指示したのは僕だ。


「いいえ、チャトラも大切な仲間です。何もしないまま死なせてしまうわけにはいきません。もし竜種の骨化がとけるなら、竜種を確実に延命できる証明になります。だからお願いします。チャトラを元に戻してやって下さい」


 ボリジオは手綱を強く握りしめながら、淡々と願いを口にした。

 理性的でも冷淡ではない。ボリジオは他の竜使いと同じく、マコラを、竜を愛している。


 けれど、その願いを気軽にわかったという事はできない。今まで骨化を解くなんてした事が無いからだ。

 野生の竜種で実験しようとしたけど、骨化した野生の竜種なんて都合良く見つからない。

 捕まえた個体に魔力操作で魔素を注いで人工的に骨化させようとしたけど、骨化せず死んでしまった。


「ああ、やってみる」


 今回チャトラにする骨化を解けるかは成功するか全くの未知数だ。

 だから、前を向くボリジオの背中に向けて臆病な僕は約束の言葉をかけられなかった。


 やわらいだ夏の日差しを浴びるアンギウムの街にはいくつもの戦闘の跡が刻まれていた。

 砕かれた家々、穿たれた地面。

 上空から眺めている今も街は破壊されつつある。


「ボリジオ、カレンは今どこにいる?」


「シャスカ様と一緒に避難しています。俺は近くで控えた方がいいですね」


 言おうとした事を先に言われてしまい僕はだまってうなずくしかなかった。

 傷ついたマコラにこれ以上戦わせるわけにはいかない。

 ニヤリと笑ってうなずき返すボリジオを残し、マコラの背から空中へと身を躍らせる。

 空を蹴り急降下しながら地上を見下ろすと、広場でキビラの巨体と赤く光る人影が見慣れないワイバーンと戦っているのが見えた。


「今戦っている場所は神殿前か」


 一気に空を駆けて向かう。

 近づくにつれてチャトラの身体がはっきり見えてきた。

 一瞬スケルトンのように骨だけになったのかと思ったけど、よく見れば骨の内側に緑色の皮膚が見える。

 骨の他にも亀の甲羅のような板が所どころにあり、人間の鎧じみている。骨化竜とでも呼ぶべきか。


「バシル!」


 キビラの下で爆風を起こし、骨化竜となったチャトラの牙から逃れたバシルの横に並ぶ。


「やっと来たか団長!」


 チャトラとぶつかっているジョアン叔父を援護するため、バシルが叫びながら魔鉱銃を放った。

 魔鉱の代わりにヒュプレシードを付けた特殊魔弾がチャトラの足元に着弾したのか、爆風でチャトラがわずかによろめく。


「待たせた。骨化したチャトラにはどんな攻撃が通じる?」


 見ててくれ、と言ったバシルが苦い顔で次弾を装填して放つ。

 火弾から発現した炎がチャトラの手前でかき消えた。


「理屈はわからねぇが、身体に届く前に魔法が消えちまうんだ。後ろから撃っても無駄だからブレス以外の何かではじいてんだ」


「キビラのブレスでもだめか?」


「全力だせばいけるかもしれねぇがこっちが無防備になっちまう」


 悔しそうに歯をむき出して新たな魔弾を取り出した。

 あの骨がリッカ=レプリカのように魔法を吸収しているのか?

 いや、凝血骨が魔素を吸う余地はないはずだ。どうやって魔法を消しているのか。


「もう一度やってみよう」


 視界を浄眼に切り替え、自分の魔鉱銃を構える。

 発射された上位土弾が途中で白い光をまとうロックパイルになってチャトラにせまった瞬間、四散した。


「魔力の、膜だ。骨から全方位に魔力の膜が広がって魔法を相殺した」


 生体防壁に似た白く光る膜にぶつかって魔法が消える。

 その間チャトラは振りかえっていないので無意識にしているのか。


「ハッ、力業かよ。さすが魔素がありあまってるだけあるな」


 バシルの弾を受けたチャトラが再びヒュプレシードの爆風にあおられて動きを止める。

 ヒュプレシードは圧縮された空気で魔法ではないため、チャトラが放出する魔力の膜をすり抜けるのだろう。


 次の瞬間にがれきの中から白い炎をまとった人影が飛び出してきた。

 魔力の膜を超えてチャトラに肉薄し、殴るのに特化したガントレットでチャトラの右足を覆う骨を砕いた。

 神像の左眼で魔人化したジョアン叔父だ。


「ジョンさんが何度も骨を砕いたが追い打ちをする前に再生しやがる。どうするよ?」


「ストーンコフィンで閉じ込めてから魔素を抜く予定だったけど、どうするかな」


 魔法を無力化される以上違う手段を考えなくちゃいけない。


「……そうだバシル、ミンシェンはもうこっちに到着したのか?」


 魔鉱銃で狙いをつけていたバシルが片眉をあげてちらりとこちらを見た。


「ああ? 俺はあいつを迎えにブラディアまで言ってたんだぜ? 今はカレンと一緒に避難してる。ああ、それからシリウス・ノヴァにいたメリッサとエヴァが無理矢理付いてきたからそっちの面倒もたのむぜ」


 言い残すとバシルはこちらに狙いを変えたチャトラに対抗するためにマコラを起こして飛び出していった。

 そうか、ミンシェンが来ているなら例のものが使える。本来はザハークに使うものだったけど、ちょうど良い機会だから試してみよう。それにしても、


「あの二人を連れてきたのか……」


 竜種の研究をしていた二人ならなにか新しい発見をしているかもしれない。

 けれど骨化を解くという貴重な場面で二人が見逃すはずがない。


 二人とも軍人だから自制するとわかっている。わかっているんだけどな。

 不安しかない。


    ――◆ 後書き ◆――


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