第36話 ガロニスの生態とシャスカの手紙

 野生のガロニスに魔獣の肉を与えるとトコトコとついて回るようになった。

 土魔法で囲いをつくって長城壁まで移動させ、スロープをつくり登らせる。


「餌を与えたら付いてくるって、こいつらチョロくない?」


 コリーが乗っているガロニスの後頭部を見ながら首を傾げる。

 チョロいって言うな、と言いたいけれど、なぜここまで従順なのか首を傾げたくなる気持ちはわかる。

 前を向くと、ガロニスに騎乗した工兵に囲まれ、数十単位の大規模な群れが細長くなって長城壁の上を歩いている。

 行き先は内陸ではなく、ガロニス用に区画を用意してあるアンギウムだ。

 

「団長、こいつら結構な数だけど、どうやって運用するんだ?」


「今の所ティランジアで大規模な野戦は起きないだろうから、しばらくは竜騎兵隊の補助として近距離の伝令か斥候の騎獣にするつもりだよ」


「うちも数羽欲しいからよろしくな。あ、でも狩りをする必要があるのか。食う分は勝手に狩ってきてくれればいいのにな」


 コリーの言葉にふと違和感を覚える。

 肉食動物が群れる事は基本的に無い。

 群れるのは自分より大きな生き物を餌にしなければならない場合だ。

 けれどガロニスの場合、ディアガロニスを群れのリーダーにしている。

 あれだけ強力な亜竜ならレッサードレイクでもなんでも狩れるだろう。


「こいつら、もしかして頭の中がひよこなんじゃないだろうか」


 僕のつぶやきをきいたコリーが何言ってんだコイツという顔をしてきた。


「鳥の雛は肉食だけど親が餌を運んでくるのを待っているだろう? それと一緒でこいつらはリーダーから餌をもらって生きているんじゃないか?」


「それ、ディアガロニスに何のメリットがあるんだよ」


 あきれ顔のコリーに、証拠になるものを見せなくちゃな。


「そうだな……」


 浄眼に移った青く光る板に表示された【ディアガロニス】の文字を何度か叩く。


「こういう事だな」


 僕はディアガロニスの中に入っていた一抱えほどもある卵を取り出して見せた。


「こいつら、みんなディアガロニスの子供って事なのか」


 そういうことだ。

 竜種は生殖しない、と考えていたけどまだまだ奥が深いらしい。


「従順なのは、餌を与える奴はみんな従うべき親、っていう認識だからかもしれない。詳しくはメリッサ達に確認してもらおう」


 アンギウムも完成間近だし、そろそろ呼んでも良いだろう。

 そんな事を考えながら卵をしまうと、浄眼の視界のすみが点滅していた。


「なんだこれ?」


 とりあえず指を置いてみると、光る板が急に現れた。


『はよう返事をせぬか』


 なんか既視感があるな。

 これは、あれだ。シャスカがまだ神像の右眼に入っていた時と一緒だ。

 しかし返事と言ったってどうしたらいいんだよ……


『シャスカだろ? これは一体何だ?』


 光る板に書き付けるつもりで目を向けたらシャスカの文字の下に言いたい言葉が現れた。


『以前アルバの記憶を探っていた時に見つけた我の力じゃ。先ほど使えるようになってのう。神器をもつ使徒の浄眼に我の言葉を伝える事ができる。通心というらしいぞ』


 よほど嬉しいのだろう。文字がまくし立てるような速さで現れた。長い。できれば三十文字程度にして欲しい。


『なるほど。で、これは考えている事がシャスカにばれるとかろくでもないものじゃないだろうな』


『なっ⁉ 不敬者め! 我がそんな事をするわけがなかろう! そもそもやろうにもできんかったぞ! あ、』


 それきり青く光る板に文字が現れなくなった。


『試したんだな』


『うむ……許せ』


 どうしようもないなこの神さま。

 どこにもぶつけようのない感情がため息となってもれた。


「団長、なんかさっきから怖いんだけどどうしたんだ?」


 隣を進むコリーが若干ひきつった顔でこっちを見ている。

 ですよね、無言で色々な表情をしたりため息をついたら怖いよね。


「悪い、神像の右眼の新しい能力で、シャスカと文通できるようになったんだ」


 コリーが今度はあからさまに嫌そうな顔をした。

 多分シャスカの書く手紙、量の割に内容が無さそうとか考えているんだろう。

 さすがだコリー、多分その予想は当たっている。


『それで? 何か伝える事があって通心をしたんだろう?』


 まあただ試したかっただけかも知れないけど、一応訊いてみよう。

 そう気軽に文字を書くと、意外な返事が返ってきた。


『うむ。困った事がおきてな。長城壁を伸ばすのをやめて一度戻ってきてほしいのじゃ。今ボリジオもそちらに向かっておる』


 文面から、なんとなく焦りが感じられる。

 なんだろう、後二日もすれば戻る予定だったのに、そんなに急ぎなのか?


「団長! マコラだ!」


 顔を上げると、マコラがこちらに向かって降りてくる所だった。いつもより急角度だ。

 

「コリー、ガロニスを閉じ込めてくれ」


 事情を理解したコリーが即座にストーンコフィンを発現し、ガロニスの四方を石の壁で取り囲んだ。

 これでパニックになるのは避けられるな。

 胸をなで下ろすと同時にマコラが僕達の後ろに着地した。

 ボルジオが乱暴に竜騎兵のバイザーをあげて告げた言葉に、僕もコリーも表情を凍らせた。


「団長、急いでアンギウムに戻って下さい。チャトラの魔素があふれました!」


 

    ――◆ 後書き ◆――


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